13:そうめん
翌日。俺とニュイ、ガランドの3人でマチルダの封印を解くことになった。魔王城から南へ5キロの場所。岩で四方を囲った魔法陣、その中に彼女は居る。芋虫のような体躯は5メートル程度か。封印する前は敵の死体やら食わせに食わせたから、100メートルくらいになってたと記憶してるけど。
「随分……縮んだ……」
ニュイの記憶でもそうなんだな。
「その代わリ、尻かラ糸が出ていマす」
そうなんだよな。蚕のように糸を出す習性があるみたいで、お尻の辺りに大量の糸束が落ちている。白く輝く見た目通り、超上質なんだよね。
「ていうか、食った分が糸になるって良いよな。人間だと排泄物だからな」
「そレを言ったラ、ワタクシも排泄はしませンが」
「……ニュイも」
そうだったな。そこら辺の魔族の体の作りは考えすぎると迷宮入りだ。置いておこう。
俺は軽く咳払いをして。
「……さて。それじゃあ、封印解除しますか」
その場に胡坐をかいて座る。座禅のように、両手指を緩く組んだ。集中できるなら、なんでも良いんだけど。元日本人の俺には、このスタイルが合ってる。
瞑目して、意識を四方の岩へと集中させる。アレらが浮き上がるイメージだ。
「……」
やがてフワリと岩が浮いた手応え。と、同時。
「んおおおぉ!」
トドのような声があがる。マチルダが目を覚ましたみたいだな。
俺はゆっくりと岩を遠くへ置いた。あれらは実は結構貴重品だからな。食われたら堪らない。
「マチルダ。暴食マチルダ。俺だ。分かるか?」
「んおおおぉ……しんまいまおう」
「もう新米じゃないけどな」
「くいたいいぃ」
話が通じない。芋虫の体を器用にうねらせ、飛び掛かってくる。メッチャ速い。アレに潰されたら、骨くらいは簡単に逝くだろうな。
だが俺の体に届く前に、
――ごしゅ!
見えない壁にぶつかった。ガランドが張った障壁魔法だ。マチルダはそちらを向いた。目は小さすぎて分からないけど睨んだような雰囲気。だが、
「ほね、くいでがないいぃ」
興味を引かれなかった様子。暴食雑食のクセに選り好みもするんだよな。骨は優先順位としては低めか。
「ふっ!」
宙を浮いている魔剣が、マチルダの尻を切りつける。正確には、尻から出ている糸だけど。
俺はその自由になった糸を魔法で飛ばし、マチルダの体に被せた。
「ううううぅ、じゃまだああぁ」
少し足止めが出来そうだ。
「マチルダ! 話を聞いてくれ!」
「むりぃ。おなかへったああぁ」
止まらないか。ならば。
俺はガランドに合図を送って障壁を解除させる。そして秘密兵器を取り出した。チューイングガムの箱買いセットだ。放り投げる。マチルダが反射的に顔を上げた。芋虫なのに、ウツボみたいに顔の大部分がガバッと開き、その中へ吸い込まれていく。
「噛んデみろ!」
噛まずに飲み込まれたりしたらアウトなので、ガランドが声を張り上げた。
マチルダは言われた通り、口を閉じて、そのまま咀嚼した。歯は無いハズだけど、硬い物なんかは蛇のように喉ですり潰す動きをする。
「……!」
味が染み出してきたようだ。マチルダは執拗に喉を動かし、咀嚼をしている。そして、体の動きの方はピタリと止まった。
「賭けは……成功……」
実際、上手くいくかは未知数だったけど。とにかく、この好機を逃す手はない。
「ガランド!」
「起動しテおりまス!」
マチルダの腹の下に、転送ゲートが発動する。彼女は未だ咀嚼に夢中。よし、いける。その体が消えるのを確認して、俺たちも同じゲートへと飛び込んだ。
数瞬の後、目的地へと降り立つ。
マチルダは……まだガムを噛んでいた。
少しだけ緊張が緩む。周囲を見渡すと、白い砂浜と、どこまでも続く海原。だけどその水面には茶色がかった油膜がいくつも浮いていた。海岸から見える範囲がこれなら、難破した箇所はもっと酷い状態か。
と。転送ゲートが近くに開く。一瞬、ニュイが警戒して身構えるけど。
「いや、これはリヴァイア殿だな」
俺たちの気配を察知したか。
ゲートから青髪青目の美青年が出てくる。やっぱり彼だったみたいだ。ていうか、何故に人型? あんなに化けるの嫌がってたのに。
まあ今は良いや。
「リヴァイア殿。昨日ぶりだな」
「ああ、ルイ殿。まさかもう来てくれるとは」
俺は軽く頷いて返す。そして背後のマチルダを親指でさした。
「彼女が暴食マチルダか。余も初めて見るが……もう既に何か食べているのか?」
「うん。ガムをな」
言いながら、俺はポケットから板ガムの箱を取り出す。
「噛み続ける限り……味が……出る」
食いしん坊ゆえに、噛めば出てくるエキスを逃せない。その間は他の物を頬張ることが出来ないので、こうして衝動を封殺できているんだよね。
「これほど簡単なのであれば、昨日の段階で色よい返事を即答してくれても良かっただろう」
「いや。上手くいく保証は無かったから」
ぶっつけ本番の賭けに勝っただけ。ガム作戦が失敗して、辺り構わず食い散らかすようだと再封印するしかなかったし。
「まあ何にせヨ、これデ油問題は解決デスかな」
「うん。今なら話も聞いてくれそうだし……」
この大人しい間に、マチルダへ事情を説明する。ガムの甘いエキスで多少は腹が膨れたのか、彼女は素直に頷いてくれた。
そして、飛行魔法を使い、空を飛び始めた。
「どこへ行くんだ?」
「じょうきょう、みるううぅ」
咀嚼しながらも器用に答えてくれた。状況を見る、つまり上空から汚染の範囲や程度を偵察するということか。
「空も飛べるのだな」
「ああ、マチルダは簡単な魔法は使える。体長が100メートルとかになった後に飛んで落ちれば、それだけで超絶火力の攻撃になるからな」
むしろ複雑な魔法なんて要らないんだよな。
リヴァイア氏も想像したのか、顔を引きつらせていた。
「もう……あそこから……飲むみたい」
ニュイが指さした先、マチルダの背中から沢山の触覚のような物が生まれる。それはグングンと伸び続け、海面に着水した。その管から、恐らく油を吸い上げてるんだろう。マチルダの体が徐々に大きくなっていく。
「いつ見テも、捕食機能ガ多彩すギる」
どんなに摂取しにくい物でも食べるために、色んな機能が備わってるからな。ある意味では、進化の究極形態なのかも知れない。
「どんどん大きくなるが……支えきれずに落ちたりしないだろうな?」
リヴァイア氏が心配げに言う。
「危なくなったら、ガランド頼むぞ」
「承知しテおりまス」
マチルダの飛行魔法に、彼も重ね掛けをして支えてもらう手筈だ。
膨れていくマチルダを最後に一瞥して、俺はゲート魔法を起動する。
「ルイ殿! ど、どこへ行くのだ!?」
「マチルダに差し入れをな。油だけ飲ませて、ハイ終わりなんて可哀想だからな」
「日本の……ご飯……食べさせてあげるの」
ニュイが小さく笑う。
「お、おお! 日本の飯が食べられるのか! エビ! エビはあるか!?」
一転、興奮しだしたリヴァイア氏。すっかり日本食の虜だな。
「まあエビも買ってあるが……」
「なら、早く行ってくれ。すぐ行ってくれ。いやむしろ余も連れて行ってくれ!」
「いや、今日は材料だけ買ってあるから。こっちに持って来て作る手筈だ」
マチルダを日本に連れて行ってあげるワケにはいかないし、テイクアウトするにしても、10人前オーバーとか急に言っても店が受けてくれない。なので事前に材料を買い込んで、こっちで俺が調理することにしたんだ。
ゲートを越えて、自室へ。大量に置いてある食材類をニュイと一緒に運び込む。大鍋と水、薬味類。つゆは1リットルの業務用を10本くらい買ってある。そして剝きエビと錦糸卵とキュウリ。最後に……大量のそうめん束。
俺でも簡単に作れて、失敗も少ない料理。そして、大量の油を吸い込むマチルダを気遣って、サッパリした物の代表格としてチョイスした。
「お待たせ。マチルダの状況は?」
「そろそろ吸イ終わりまスな」
ちょうど良いタイミングだったみたいだ。
俺は寸胴鍋に水を投入し、炎魔法で温め始める。
「エビは? エビはどこだ?」
「エビは最後だから、ちょっと落ち着け」
煮立ってきたので、そうめんを投入。茹でている間に、器を用意する。俺たちの分だな。残りは全部マチルダの分だ。
「そろそろ……油は……終わるみたい」
「リヴァイア殿、どうだ?」
「うむ。90%以上、吸い取ってくれたようだ。上々も上々」
100%は難しいだろうから、そうだね。後は海の自浄能力に任せるしかない。
ちょうど麺も茹で上がった頃合い。俺は今度は逆に氷魔法で鍋を急速に冷やす。
「よし。器に盛りつけるよ」
適量を箸で取り分け、器の中へ。そこへ錦糸卵と刻んだキュウリ、剥きエビはサッと茹でて色が変わった物から順番に放り込んでいく。
「美味そうデス。コレはなんトいう料理なのデスか?」
「そうめんだよ」
答えながら、同時に4人前が完成。
折り畳み式のテーブルを広げ、椅子も置いた。みんなその便利さに驚いてて、逆に俺からすると新鮮だったよね。
器をテーブルの上に配置して、マチルダを見上げる。向こうもちょうど終わったみたいだな。
「マチルダー! 一緒に食べよう!」
彼女も腹が膨れたら、ちゃんと理性も利く。みんなで食べれるんじゃないかと。
マチルダはフワフワと浮いて、海岸まで戻ってくる。リヴァイア氏が不安げに見つめる中、無事に着陸した。ドシンと少し揺れたけどね。
「それなにいいぃ?」
「そうめんだ。俺の世界の料理だよ」
「たべたいいぃ」
よしよし。だいぶ穏やかになってるな。サイズも50メートルくらいになってそうだけど。
「近くで見ると……かなり……大きくなってる」
小柄なニュイとの対比は凄いね。
「ちょっと待っててな。鍋に残りのつゆと具材全部ブチ込むから」
「あ! 余のエビは?」
「食べただろう、既に」
おかわりが欲しかったみたいで、リヴァイア氏が恨めしそうな目で見てくる。
「分かったから。今度また日本に連れて行ってやるから」
「本当だな!? 約束だぞ!」
どんだけ気に入ったんだよ、日本の飯。
「とにかく麺が伸びちまう。食おう」
俺も席に着く。マチルダが小さな触角を伸ばしてきて、鍋の取っ手を掴んだ。
「いただきます」
俺が箸で麺を掴むのと同時。
――ジャバ―!
鍋の中身全部いったなあ。モシャモシャと食ってる。
まあ気を取り直して、俺も麺をつゆ鉢に入れる。ネギと生姜も先にブチ込んで混ぜてあるので、もうそのまま。
――ちゅるちゅる
啜った。
麺つゆの濃い味と、歯切れの良い麺のプツプツ感。嚥下する時の喉越しが素晴らしい。
キュウリはポリポリと強い歯応えを返してくれるし、錦糸卵はフンワリと甘い。エビはプリプリと弾け、ネギはシャキシャキだ。
「美味いデス」
「うん……美味しい……」
「エビも然ることながら、この細長い麺とやらが非常に美味い。スープをよく吸っているな」
みんな満足してくれてるみたいだ。
「マチルダはどうだ?」
「おいしいいぃ」
「腹は膨れたか?」
「はちぶめえぇ」
アレだけの油を飲んで、そうめんも10人前以上食って……8分目か。
マチルダは少し眠たくなってきたみたいだ。ドカ食い→昏睡→昏睡中に消化→起きてドカ食いのループだからな。なんというか、本人もどこかで止めて欲しいらしく。つまり封印は彼女の意思でもあるんだよな。特に空腹時の、理性を失って食欲に支配される感覚が怖いらしい。
「なんとかしてやりたいけど……現状はループを止めるには、再封印しか無いんだよな」
ガムが少しだけ糸口になりそうな気はしたけど。
「ごめんねえぇ、みんなぁ」
少し低くなった声。いよいよ眠気が抗えないレベルみたいだ。
「あとはよろしくうぅ。またねえぇ」
「ああ」
「任せて……おやすみ……」
「みんなとごはん、たのしかったあぁ」
そのセリフを最後に、マチルダは眠ってしまった。グウグウと地響きみたいな寝息を立てている。
「なんというか、彼女にも色々あるのだな。我々としては助かったが……」
利用するだけ利用したような感じで、リヴァイア氏は後味が悪いんだろう。ただそれは俺たちも同じ気持ちだ。
その後、改めて謝礼の話(30万フィアー)を確認し、俺たちは浜辺を後にする。最後にマチルダの巨体を元の場所へ戻し、どけておいた岩を使って再封印を施した。
「またね……」
ニュイが労わるような声音で呟いた。




