9:焼き鳥
翌日、サーシャとの約束の日。
ニュイも誘おうとしたが、さっきから剣が抜けない。どうやら拒否ってるようだ。最後の可能性……サーシャが忘れてくれてるパターンとか無いかなと思ったけど。午後5時半には部屋に来たよね。
「さあ、日本に行きましょう。半殺しパンを買ってください」
なんか完全に勘違いしてるよなあ。
時間もあるし、(最後の足掻きと知りつつも)改めてシュトーレンとガランドの件を詳細に話す。つまりアレはきっとオマエには効かないよ、と。
「なるほど。ですが、未知なる世界。ワタクシに大ダメージを与えてくれる料理も、きっとあるハズです」
どういう動機なんだよ……
しかしやっぱり説得は不可能か。仕方ない、腹括ろう。
「さあ、行きましょう。墓標の準備は出来ていますか?」
「……俺は死ぬ気はないから」
ていうかオマエも死なせはしないけどな。
俺は魔法陣の中へと入る。サーシャも続いたところで、魔法を発動。現れたゲートに飛び込んだ。
すぐに見慣れたビジネス街(夜)へと繋がった。サーシャはキョロキョロと周りを見回す。
「ここが……魔王様が居た世界」
「うん」
「人間の営みがここまで……なんとも圧倒されます」
まあナーロッパの街に比べるとね。ハッキリとは言えないけど、400~600年くらいは文明が進んでると思うから。
「ワタクシの田舎とは比べ物になりませんね」
魔王城も辺鄙なところではあるけど、一応は城下町みたいなのも存在する。それに比べてバンパイアの城は、どこも僻地に隠れるように建ってるらしいからな。
「こんなに発展しているのなら、さぞ……」
「さぞ?」
「苦痛アイテムも豊富にあるのでしょうね」
あるけど、買うには特別な資格とかが必要なんだよな。
軽く嘆息して、俺は歩きだす。
「取り敢えず駅前の方に行こう」
「駅……馬車でしょうか?」
「いや」
まだ汽車すら無いからな、あっちの世界は。ガランドですら、乗せたら本当に驚いてたモンな。
「先程から走っている鉄らしき塊は……アレも乗り物ですか?」
「ああ。自動車な。自ら動く車。馬車みたいに馬の力ではなく」
――ドン!
は?
忽然と姿を消したサーシャと、何かの衝突音。
慌てて彼女の姿を探すと、近くの植え込みに頭から突っ込んでいるのを発見した。
そしてその手前3メートルくらいの所に止まっている車。バンパーが大きく凹んでいる。
「これは……?」
状況を整理すると……瞬間転移魔法で車の前に飛び出したサーシャと、それを撥ねた車という図式だろうな。
件の車から人が下りてくる。そして周りの車も次々に止まった。玉突きが起こらなかったのは不幸中の幸いだけど。
「あわ……あ……俺、人を撥ねて……」
唇を震わせながら運転手の男が呟く。
俺はすぐさま広域の結界魔法を張った。そしてその中で催眠魔法を発動。忘却魔法ではダメだ。恐らく漏れがあって、カバーしきれない。
なので、ここに居る(つまり事故現場付近)人たちだけに催眠魔法を掛けることにしたのだ。そしてその内容は、
『アレはマネキンだ。人じゃない。イタズラで誰かが置いた物だ』
というもの。念じ、脳に刷り込ませるように繰り返す。我ながら、奇跡的な機転だったと思う。
結界内の全員に弛緩した空気が流れる。俺はサーシャの傍まで行って、
「動くなよ」
短い言葉で、脅すように言った。マネキンが動いたら催眠魔法も台無しだからな。
結界を解くと、
「やっぱりマネキンだー! メッチャ吹っ飛んでたもんなー!」
わざとらしく声をあげる。更に弛緩した空気。遠巻きの野次馬たちも興味を失ったように散っていく。
「警察が来ると面倒ですね」
と、運転手にもさりげなく言うと。彼は器物損壊とか色々思い浮かんだらしく、逃げることにしたようだ。本当は残らないとダメだろうけど、まあ人身事故じゃなくてマネキン轢いただけなら、そこまで本腰入れて捜査もされないだろうからな。もちろん、実態はマネキンでも人でもないワケだが。
車が全て走り去った後、俺はゆっくりとアホを回収しに向かう。もう1回、茂みの周りに小さな結界を張ってから。足を持って、引きずり出した。
「あん……♪」
乱暴な扱いが心地良いらしい。とっくに知ってるけど……終わっとるな、コイツ。
「いきなり、何やってんの? オマエ」
「いえ。痛そうだなと思ったら、つい」
車と人間の事故がどれだけ大事になるのか。そして俺たち戸籍すら無い者たちにとって、公的機関の介入がどれだけ厄介なことか。ナーロッパという未発達文明から来た彼女に「分かれ」という方が難しいのかも知れないけど。それにしても、まさかここまで欲望に忠実に動くとは。しかもノータイムで。
「ガランドやニュイは、本当に優秀だったんだなあ」
あるいはコイツがイカレすぎてるだけかも知れんが。
「おい。もう勝手なことをするな」
流石に温厚な俺でもキレ気味にもなる。悪いが、従属魔法の効力を発動させてもらう。以前から彼女に掛けている魔法で、普段は縛りたくないから発動はさせてないが。こんなに酷いと使わざるを得ない。
「そんな! それは……あんまりにも」
口答えする気か。
「……気持ち良い」
気持ち良いのかよ。
コイツ、痛いのも好きだけど、もしかしたら身動きとれない状態や束縛されるのも好きなのかも知れない。アイアンメイデンによく入ってるのは、両方満たせるからか。
うーん、四天王クビにしたい。
「はあ……取り敢えず、今の事故で満足しただろう? もう寝てろ」
「嫌です。アレ、12点くらいでしたもの」
ほとんど痛くなかったのか。まあ、仮にも魔王軍四天王の一角だもんな。車程度じゃダメか。
……装甲硬いドMとか、タチ悪すぎる。
「それに、痛美味しい物を探したいです」
新ジャンルすぎるなあ。さしもの美食大国日本でも……あるかなあ。まあとにかく南の繁華街まで行ってみよう。
「仕方ない。行くぞ」
命令すると、俺の後ろをピタリとついてきた。
しばらく無言で歩くと、繁華街のメインストリートへと出る。今日は大通りから1本、路地へ入ってみるか。
「お」
途端に良いニオイ。炭の香りが鼻腔をくすぐる。
「焼き鳥か」
そういや、食いたい物リストにも入ってたな。
と。サーシャの目が見開いている。クマはあれど、目力も凄い。
「魔王様。ルーマーコンダクターを発動してもよろしいですか?」
「え? ああ」
ルーマーコンダクター。
彼女のような都市伝説的存在は、その曖昧な噂も恐怖を掻き立てるエッセンスとして利用している。つまり人口に膾炙するトピックについて、非常に敏感であり、時に秘密裏に介入したりもしてきた。その先祖代々の努力が、最近の代では生まれついての異能『ルーマーコンダクター』として備わるようになったそうだ。
サーシャは焼き鳥屋の前で小さく呪文を唱える。そうして目を閉じ、両腕を広げた。
数秒経ち、やがて腕をブランと戻し、目も開いた。
「何か引っ掛かったので使ってみましたが……ビンゴでした。この世界での同胞が串刺しにされたという噂を拾いました」
「ああ、まあ」
有名なヤツだね。串刺し公。
「えげつな」
「気持ち良さそう……」
そうなるよなあ、オマエは。
「あ、それに新たな噂の芽が……闇夜に突如現れるマネイ……キン?」
オマエだよ、それ。
SNSで拡散とかされてないだろうな。本当、1億総記者時代だからさ。こちらも魔法はあるけど、日本全体の記憶をコントロールとかは不可能だし。マジで慎重にいかんと。そしてサーシャはもうなるべく連れてこないようにしないと。
「とにかく、ワタクシはここに惹かれます。入りましょう」
「まあ……良いけど。従属魔法は解除しないからな。勝手なことは出来ないぞ」
再度強く言い含めてから、俺たちは入店する。
「いらっしゃいませー!」
「らっしゃっせー!」
元気の良い挨拶。居酒屋みがあるな。
カウンター席に案内してもらう。その途中で気付いたけど、客席に灰皿が備え付けてあった。しまったな。久しぶりすぎて忘れてたけど、こういう店は喫煙可が多い。
幸い、今は店内空いてるし、喫煙客が来ないうちにパッと食べてパッと帰ろう。
「当店、ワンドリンク制になっておりまして」
「ああ、はい」
これも懐かしいな。
俺は酒もタバコも好かないから、相性悪いんだよな、こういう店は。ただまあ、酒の方は全く飲めないということもないので。
「それじゃあレモンチューハイ2つで」
「はい、かしこまりました」
その後、割と大きめの声量でドリンクオーダーを通す店員。別の店員が爆速で持ってきた。
「さてと」
メニューを見る。定食はやってないね、やっぱり。ご飯が単品で大中小あるけど。
「軟骨! 生きたまま剥がれたのでしょうか?」
「生きたままはやらないよ!? ビックリした……」
発想がマジで人間離れ……まあ人間じゃないんだけどさ。
「それが良いのか?」
「はい。軟骨と……あと痛そうなのは……」
変な方向に行く前に、俺の方でテキトーに頼んでしまおう。店員を呼んで、
「ハラミ2、ネギマ2、つくね2、皮2、ヤゲン軟骨2、ぼんじり2で」
まあこんなモンか。
頼んだメニューを店員が復唱し、今度は大声で伝えずに、そのまま自分もカウンター向こうの焼き場に戻った。伝票に走り書きすると、全員に見えるような場所に、マグネットで貼りつけた。そして彼自身も焼きに入る。
流石、こういう店は店員もキビキビしてる。
少し待っていると、まずはネギマが到着した。早速串を持つ。隣のサーシャがキラキラした瞳で見つめてくる。
「いや、オマエも食って良いから」
そっか。俺の指示待ちなのか。これはこれで面倒くさいけど、仕方ない。
まずは1口。モモからだ。噛んで引っ張る。口の中へモモ肉が飛び込んで来た。タレの甘さが広がる。そして肉を噛むと、ホロリと崩れる柔らかさ。控えめな肉汁とタレが絡み、旨味が一層増す。
「ん……美味しいです」
サーシャは口元に手を当てながら咀嚼している。そういう所作は上品なんだけどなあ。
「鶏肉とは、これほど美味な物だったのですね」
まあナーロッパと比べるとね。
「ネギも美味いよ」
言いながら、俺も頬張る。うん、よくタレが染み込んでる。ネギ本来の甘みと、タレの甘み。シャクッとした食感も完璧だ。
レモンチューハイで流し込む。こっちも久しぶりに飲んだが、悪くない。レモンの爽やかな酸味と、アルコールのわずかな苦味。
「エールも酸っぱくて、けど美味しいですね」
エールではないんだけど、まあ細かいことは良いや。
ネギマを食い終わったところで、残りの注文も一気にやってきた。
ハラミのプリプリ食感とジューシーな肉汁を味わい、つくねの肉肉しさを堪能する。プルプルの皮は脂の旨味満点で、ぼんじりは程よい歯応えと甘い脂の競演。美味い。焼き鳥って、こんなに美味かったんだな。
「レモンチューハイ2つ、おかわり」
俺もサーシャもアルコールとの相性の良さに、オーダーが止まらない。
そして最後に軟骨を頂く。
「ん! コリコリしてます」
これまでとは大きく異なる食感に、サーシャが目を丸くする。
俺も久しぶりだったので、歯応えに驚いた。少し強めに噛めば弾ける旨味。骨の周りに少しだけ付いた肉はジューシーで、塩コショウとレモンが効いてる。コリコリとジューシーの二層構造。美味いな、これ。
サーシャも一番のお気に入りになったみたいで、咀嚼しながら頬を緩めている。こういう表情をすると可愛らしい。一応、顔は美人の部類だからな。性癖は汚いが。
全て食い終わると、アルコールと脂で結構腹に溜まっていた。
少しずつ席も埋まってきたし、喫煙客が隣に来る前にサッサと帰ろう。サーシャにもそう告げるが、彼女はもう肉の残っていないただの竹串をジッと見ていた。
「喉に刺したいとか言うなよ?」
「そうしたいのは山々ですが……」
山々なのかよ。
「持って帰って、魔界ならやって良いぞ。ただし1本だけな」
全部持って帰ったら、流石に店員に不審がられる。
「良いんですか!? ありがとうございます」
「そんなに嬉しいモンかね」
「当り前です。異国の、いえ異界の地の先人と同じ体験が出来るんですから」
ご当地の偉人像の前で、その人と同じポーズを取りながら記念撮影するみたいな感じかな。いや、流石に一緒にするのは失礼か。
「……折角ですから」
彼女は自分の皿ではなく、俺の皿から1本取った。そしてそれを自分の懐へ。
「今日はありがとうございました。美味しかったですし、とても貴重な体験でした」
「まあ、楽しんでくれたなら良かったよ」
そうして、俺たちはお会計をして店を出た。
ちなみに。後日訊ねたところ、串を刺してみた評点としては……2点だったらしい。やっぱり体丸ごと貫けるサイズの串が欲しいと駄々をこねられたけど、流石に日本食の多様性をもってしても、そんな料理は無いと突っぱねておいた。




