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07/10 悪魔の所業

キノコ怪人と竹怪人による、逃げ場のない無限の消耗戦という恐ろしい連携を提案し終えた私は、再び思考の深淵へと潜り込んでいった。地下ラボの冷たいコンクリート壁に反響する自らの呼吸音を聴きながら、私はデスクの端を指先で規則正しく叩いた。これまでの計画は、そのどれもがヒーローという、いわば人類が誇る最も硬い防衛力をいかにして正面から、あるいは搦め手から削り取るかに焦点を当ててきた。しかし、悪の組織が真に到達すべき地平は、単なるヒーローの打倒ではないはずだ。それは、人類社会そのものを、我々が支配しやすい形へと根底から崩壊させることに他ならない。


「ねえ、ドクター。今はターゲットをヒーローに絞っているけれど、人間社会を効率よく崩壊させるなら、ヒーローなんていう硬くて面倒な防衛力を削るよりも、もっと脆くて、もっと致命的な方向から攻めてもいいんじゃないかしら?」


私が独り言のように、しかし確信に満ちた低い声で呟くと、ドクター・フリーズドライは作業の手を止め、興味深そうにその岩のような耳を私の方へと傾けた。彼のクマムシ怪人としての強靭な肉体は、今や私の生み出す底知れない悪意の刺激によって、冬眠から目覚めた捕食者のように完全に活動を再開していた。彼の複眼のような瞳が、暗がりの中で怪しく光る。


「ほう。硬いもの、つまり目に見える武力や正義の象徴を破壊するのではなく、社会を内側から支えている基盤……情報や、目に見えない信頼という糸を直接破壊する、ということですか?」


「その通り! さすが、理解が早くて助かるわ」


私は満足げに頷き、頭の中で今回のテーマとなる生物のイメージを鮮明に描き出した。それは、静かなる水中の暗殺者であり、一瞬で環境に同化する諜報の天才たちだ。


「コウイカとか、あるいはマダコの怪人なんてどうかしら。コウイカは水中での驚異的な推進力も魅力だけど、何よりあの皮膚よ。色、模様、さらには質感までも瞬時に周囲へ擬態させる再現性。背景に溶け込むその能力は、もはや魔法に近いわ。マダコはあの柔軟な軟体を活かして、あらゆる隙間に潜り込み、対象になり切る方向での擬態が恐ろしく上手いのよ」


この唐突で、かつ生物学的な合理性を備えた提案に、ドクター・フリーズドライは即座に反応した。彼はデスクを拳で軽く叩き、感嘆の吐息を漏らす。


「軟体動物ですか! 植物や菌類に目を向けていた私にとって、それは正に盲点でした。彼らの神経系は非常に発達しており、皮膚の細胞一つ一つを制御するその緻密さは、我々の改造技術の新たな扉を開くでしょう」


「そうでしょ?」私は得意げに、足を組んで椅子を揺らした。「同じように体色を変化させるカメレオンと違って、彼らは骨がないことを活かして、数センチの隙間からでも建物に出入りできるわ。カメラの死角を突く必要なんてない。カメラの前で壁になり、警備員の前で空気になればいいのよ。素早く、かつ音もなく体表を変化させるその姿は、潜入工作の極致と言えるわね」


そして、私は彼らが持つもう一つの、現代の科学捜査に対する強力なカウンター特性に言及した。


「何より、彼らは変温動物だという点も重要よ。映らないわけじゃないけれど、哺乳類のように熱を体外に放射し続けないから、高精度のサーモグラフィでも見つけ出すのが困難になる。深夜の静まり返ったビルや、重要施設の潜入にはこれ以上ない特性だと思わない?」


ドクター・フリーズドライは、私の発想が次々と多角的な方向へ広がる様子に、深い敬意と感銘を受けた様子だった。彼のゴツゴツとした広い肩が、抑えきれない笑いによって微かに震える。


「完璧だ! 正に完璧なプランです! マダコやコウイカの持つ究極の擬態能力を人間の知能と融合させれば、これまでの力押しな怪人とは一線を画す、影の支配者が誕生しますね。ヒーローとの無意味な直接戦闘を賢く避け、中枢への破壊工作、機密情報の奪取、あるいは要人暗殺。その使い道は無限だ」


科学者としての彼は、この静かで、かつ冷酷に効率化された悪意の具現化に、少年のような興奮を隠せないようだった。


私が再び口を開いたのは、ドクター・フリーズドライがその昂った感情を鎮めようと、自身の胸に重々しく手を当てた時だった。私はパイプ椅子をデスクに寄せ、身を乗り出して、彼にしか聞こえない秘密を分かち合うように耳打ちをする体勢を取った。ラボを流れる人工的な風が、私たちの間で止まったかのように感じられた。


「暗殺や爆破もいいんだけどね、ドクター。まず狙うのは、物理的な命よりも重要な情報そのものなのよ。私に、もっといいプランがあるの。聞いてくれる?」


私が彼の耳元で囁いた内容は、非常に具体的で、かつ人間の心理的脆弱性を冷酷なまでに突き刺す、極めて悪辣なものだった。それは、武力による制圧でも物理的な暗殺でもなく、人類社会が数千年の歴史の中で築き上げてきた情報システムの根幹と、人間同士の信頼という二つの柱を、中からドロドロに腐らせ、自壊させる計画だった。


私の長い囁きが終わった瞬間、ドクター・フリーズドライはしばらくの間、呆然と私を見つめていた。やがて、彼は驚きと深い感動に突き動かされるように、勢いよく両手を打ち合わせた。その乾いた音が、静かなラボに銃声のように響き渡る。彼は立ち上がり、腹の底から湧き上がるような声で私を褒め称えた。


「さすが人間怪人! 素晴らしい、正に悪魔の所業だ! 敵の最も硬い防衛力に正面から挑む愚を避け、その足元にある、人々の不確かな信頼という土壌そのものを崩し、互いに疑心暗鬼に陥らせるとは! 私はこれまで数々の組織の首脳や、歴史に名を残す悪党たちと会ってきましたが、その底知れない悪辣さと冷徹さにおいて、あなたの右に出るものは断じて居ません!」


それは、この地下ラボにおいて得られる最高の褒め言葉だった。これまでのすべての試行錯誤と計画が、この悪辣さという一点の頂点に向かって収束していく感覚。しかし、私はわざとらしく少し不満げに頬を膨らませ、口を尖らせて彼を睨んだ。


「もう、ドクターったら。さっきからさすが人間怪人、なんて言っているけれど、心外だわ。私はまだ、あなたにメスを入れられてもいない、ただの改造前の人間なんだからね!」


「おっと、これは失礼しました!」


ドクター・フリーズドライはハッと我に返ったように、頭を掻くような仕草をして苦笑いを浮かべた。その表情には、畏怖と親愛が奇妙に同居していた。


「あなたがまだ改造前であることを、そのあまりの完成された悪意ゆえに失念しておりました。しかし、田中さん。あなたのその知性と、他者の痛みを何とも思わない純粋な探求心は、既に我々が理想とする怪人の称号に、誰よりも相応しいものです」


彼は、私を人間怪人と呼び続けることで、私の存在そのものが、組織にとってどの異形よりも優れた、最高の怪人であることを認めていた。彼の言葉は、もはや肉体的な改造という野蛮なプロセスが、私という存在には蛇足でしかないことを暗示していた。私は、痛みも出血も伴うことなく、ただその思考の鋭さだけで、組織の悪意の幹部として、そして全人類の天敵として認められたのだ。


「フフッ、まあいいわ。その称号、悪くない響きね」


私は、自分に与えられたその見えない称号を、冷たい満足感と共に静かに受け入れた。そして、次の作戦がもたらすであろう、美しい崩壊の景色を幻視しながら、再びパイプ椅子に深くもたれかかった。イカとタコの持つ神秘的な能力と、私の考案した悪辣な策略が現実という歯車に噛み合う時、人類社会はかつて体験したことのない、底なしの混乱と絶望の渦に叩き落とされることになるだろう。その時が来るのを、私は唇を舐めながら、暗闇の中で待ちわびていた。




topics AIの解説



コウイカ:イカの仲間である「コウイカ目」に属する頭足類の一種です。その名の通り、体内に舟のような形をした石灰質の硬い「こう」を持つのが最大の特徴です。



コウイカをはじめとする頭足類の擬態能力は、科学者たちが「カモフラージュの達人」と呼ぶほど驚異的です。単に体色を変化させるだけでなく、体の模様や質感まで瞬時に周囲の環境に合わせることができます。




マダコ:日本だけでなく、大西洋、地中海、オーストラリアなど世界中の熱帯・温帯海域に分布しています。 周囲の環境や気分に応じて、体色や体の質感を素早く変化させるカモフラージュ能力に優れています。

デビルフィッシュ(Devilfish)は、主に英語圏でタコ(特にマダコ)を指す言葉です。



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