04/10 存在自体が罠
「改造の必要がない、か。それはそうかもしれないな。」
私は大きなため息をつき、アリ怪人は何も候補が見つからなかった時のために保留しておこうと決めた。最高のアイデアだった人間怪人の構想が、技術的な理由、そして、私が既に人間であるという単純な事実によって却下されたのは、少しばかり悔しかった。自分自身の存在そのものが完成された悪であると認められたような誇らしさと、新しいおもちゃを取り上げられた子供のような不満が混ざり合い、私は指先でトントンとデスクの縁を叩いた。
「仕方ないなあ。じゃあ、次に行こう。私の引き出しはまだ空っぽになったわけじゃないから。」
私はパイプ椅子に深くもたれかかり、古びた金属が悲鳴を上げるのを構わずにガタガタと椅子を揺らしながら、天井を走る錆びついたパイプを眺めて独り言のように呟いた。
「私はやりたくないけど、直接の攻撃に特化するなら、ギンピギンピか、スナイパーなスナバコノキかなあ? 地味だけど、効率の良さで言えばこれ以上のものはないと思うんだけど。」
私の言葉を聞くや否や、デスクに落ち着いていたドクター・フリーズドライのゴツゴツとした体が、テーブルを挟んでぐいっと前に乗り出した。その動きは、まるで深海で獲物を捉えようとする深海魚か、あるいは巨大な捕食者のようだった。彼の無機質な眼差しには、純粋な知的好奇心による強い光が宿り、岩のような肌が微かに興奮で波打っている。
「ほう。それは興味深いご提案です。特にギンピギンピは、細胞レベルでの猛毒と物理的な防御を兼ね備えた、極めて注目に値するモチーフです。あの自殺植物と呼ばれるほどの痛みを、怪人という器に流し込むとは。田中さん、あなたという人は本当に底が知れない。」
私はパイプ椅子を揺らし続け、そのリズムに合わせて足をぶらつかせながら、脳裏に描いた地獄の光景を口にした。
「でしょ? 触れるだけでもアウト。しかも、怪人自身が攻撃の瞬間に、あるいは防御のためにバッサバッサと自身の毒毛を風に乗せてばら撒こうとする等身大の動くギンピギンピとか、ヤバいよね? 相手が近づけば近づくほど、その繊細な毒針の餌食になる。触れられもしないし、近づけもしない。無敵だと思わない?」
私の脳内では、銀色の光を反射する微細な毒の針が、冬の雪のように美しく、しかし死を運ぶ霧となって街全体を包み込み、人々がパニックに陥る光景が再生されていた。ヒーローが正義の心で攻撃を仕掛けるために一歩でも近づけば、その瞬間から、火傷と電撃が同時に襲うような数ヶ月続く激痛に苦しめられることになるのだ。
「もう一つは、スナバコノキ。音速を超えて種子を弾き飛ばす、生きた散弾銃。遠くから狙撃できるスナイパー。近接戦が得意なヒーローへのアンチテーゼとして最適。ギンピギンピと組ませましょう。近寄れば毒、離れれば狙撃。正義の味方に選択の余地を与えない、完璧な詰みの状態を作るの。」
ドクター・フリーズドライは、私の提案にすっかり魅了された様子だった。彼は即座に目の前のタブレットを震える指先で操作し始めた。画面の明かりが彼のゴツゴツとした顔を不気味に照らし出し、データの羅列が猛烈な勢いで流れていく。
「素晴らしい。ギンピギンピは防御と広範囲制圧を、スナバコノキは長距離からの正確な狙撃を担う。これまでのどの怪人よりも、ヒーローを効率的に、そして無残に追い詰めることが可能です。これは芸術的なまでの殺戮の連鎖だ。」
科学者としての血が騒いだのだろう。彼は、即座に二つの植物の生息場所や、その細胞組織の特性、そしてそれらを人間の肉体に融合させるための複雑な技術的検討を開始した。
「ギンピギンピの刺毛はシリカ(二酸化ケイ素)を主成分とする、目に見えないほど微細な針です。これを人間の体表に移植し、さらに体内で毒を生成させるバイオリアクターを構築する。毒は神経を永続的に苛むモロシドトキシンでしょうか。一方、スナバコノキは熟した種子を秒速70メートルで射出する能力を、体内の筋肉と骨格の構造を変え、高圧のバネのような構造に作り変えることで再現強化する……。骨を筒に、筋肉を火薬にするのです。」
ドクター・フリーズドライは必要な情報をタブレットに次々と入力し、組織に保管されている膨大な怪人適合者リストを照合し始めた。彼は勢いよく立ち上がり、白衣の裾を激しく翻した。その動作一つ一つに、かつての情熱を取り戻した男の熱量が宿っていた。
「田中さん、この二つの怪人には、すぐにでも改造手術を行う必要があります。このアイデアが冷めないうちに、最高の素材を選び出さねば。あなたには、このラボで少し待機していていただけますか? まだデータの解析にあなたの知恵を借りるかもしれませんので。」
「了解。別に急ぐ用事もないし。ところで、昼ご飯は? 私の胃袋がさっきから抗議活動を始めてるんだけど。」
「ああ、失念しておりました。そこの冷蔵庫に特注のサンドイッチを用意させてあります。では、私は実行に移ります。完成を楽しみにしていてください。」
ドクター・フリーズドライは、失いかけていた研究者としての情熱を完全に燃え上がらせたかのように、弾かれたような足取りでラボの奥、手術室へと続く重厚な扉の向こうへと消えていった。
私は一人、巨大な試験管が整然と並ぶラボの中に残され、冷たい冷蔵庫から取り出したサンドイッチを無造作に頬張りながら、目の前の光景を眺めた。ハムの塩気とレタスの食感を楽しみながら、培養液の中で揺れる肉塊を見つめる。これから生まれる二体の新たな脅威、そしてそれらがヒーローたちにもたらすであろう、阿鼻叫喚の地獄絵図と混乱を想像し、私は心が躍るのを抑えられなかった。
それから数日後。組織の地下施設に寝泊まりし、陽の光を忘れるほど研究に没頭していた私とドクター・フリーズドライのもとに、呼吸を荒くし、興奮で顔を紅潮させた一人の戦闘員が駆け込んできた。彼の持つタブレットには、最前線から送られてきたばかりの、生々しい戦果報告の資料と動画が記録されていた。
ドクター・フリーズドライは、奪い取るようにしてタブレットを受け取り、私の目の前のデスクに置いた。私たちは二人で、その報告書と動画を食い入るように見つめた。画面の揺れが、現場の混乱を如実に物語っていた。
報告は、私たちの想像を遥かに超える、凄惨なまでの成功だった。
北九州地域防衛の要であった戦隊2つ、ヒーロー3人。短期間で、これだけの輝かしい、あるいは絶望的な戦果を挙げたのだ。組織の長い歴史の中でも、これほど効率的に正義の力を削いだ例は珍しい。
動画には、全身を銀色の細い毛に覆われ、ゆらりと水辺に立つギンピギンピ怪人と、遥か遠くの高層ビルの屋上で、その異形な腕を銃身のように構えるスナバコノキ怪人の恐るべき連携が記録されていた。
ギンピギンピ怪人は、その体表を覆う、一見すると柔らかそうな刺毛のせいで、触れることすらできない絶対的な拒絶の壁と化していた。
動画の音声が、ノイズ混じりに、極限状態に置かれたヒーローたちの緊迫した通信無線を拾っていた。
「近づくな! 拳を出すな! スーツの強化繊維が容易く貫通されるぞ!」 「クソッ、攻撃した瞬間に目に見えない毒の毛が飛び散るんだ! 避難ルートを確保しろ、市民を巻き込むな!」
ギンピギンピ怪人は、ヒーローが正義感に駆られて攻撃を仕掛けるたび、あるいは単に重々しい足取りで一歩動くたびに、容赦なく微細な刺毛を周囲の空気にまき散らした。そのシリカ製の針は、並のヒーローの特製スーツを紙のように突き通し、その中に居る人間の神経にまで、モロシドトキシンの毒牙を深く突き立てていた。
そして、さらに致命的なのは、その刺毛が完全に密閉されていないスーツのわずかな隙間や、吸気口から侵入したことだった。
「ゲホッ、ゴホッ! 目が、鼻が焼ける……! 呼吸をするたびに、喉の奥に針を突き立てられているようだ! 助けてくれ!」
毒の刺毛が粘膜に付着し、想像を絶する激痛を与え、激しい呼吸困難を引き起こす。ヒーローたちは、目の前の敵を倒すどころか、まず自らの肺に吸い込まれた毒の恐怖から身を守るために、無様に後退せざるを得なかった。
そこへ、乾いた破裂音と共に、遠くのビルからスナバコノキ怪人の狙撃が容赦なく飛来する。銃弾に等しい硬度と速度を持った種子が、正確にヒーローの関節部や駆動系を打ち抜き、その動きを完全に封じる。そして、地面に這いつくばり動けなくなったヒーローは、ギンピギンピ怪人が作り出した、逃れられない毒の霧の中に置き去りにされた。
戦隊の誇る連携は見る影もなく崩壊し、ヒーローたちは一人、また一人と、植物の静かなる悪意の前に次々と倒れていった。
「……流石に、悪辣ですね。このコンビネーションは、もはや生物学的な虐殺と言ってもいい。」
ドクター・フリーズドライは、次々と更新されるデータと無残な映像を見ながら、陶酔したように深く頷いた。彼の目は、自らの作品がもたらした破壊に、至上の喜びを感じているようだった。
しかし、報告の結末は、生物の理に照らせば予期されていたものだった。
「最終的に、救援に駆けつけた火炎系のヒーローの登場によって、両怪人は倒されました。その凄まじい熱波によってギンピギンピの刺毛は焼き切られ、スナバコノキの種子も空中で爆散して無力化。本体も、最後は灰になるまで燃やし尽くされた模様です。」
「火か。まあ、植物だからね。乾燥した毒針はよく燃えるだろうし。生物学的な弱点をつかれたわけだ。仕方ないわね。」
私はデスクに散らばったサンドイッチのパン屑を無造作に払いながら、冷徹に敗因を分析した。愛着がないわけではないが、この結果さえも一つのデータとして受け入れていた。しかし、これだけの成果を短期間で上げたことに、私の心に宿る満足感は期待以上に大きかった。
「でも、大戦果じゃん。組織の株も爆上がりでしょ? 次はどうする? 火に対抗する怪人かな? それとも、火さえ利用するような、もっとタチの悪い奴を考えようか?」
私の悪戯っぽい問いに、ドクター・フリーズドライは青白く光るタブレットを見つめ直しながら、ニヤリと不気味な笑みを浮かべた。彼は既に、敗北を糧にして、私の次の悪辣なアイデアをどう形にするか、その狂気に満ちた改造の構想を練り始めているようだった。
topics AIの解説
スナバコノキ:スナバコノキは、トウダイグサ科フラ属の常緑高木です。幹全体に鋭いトゲが多数あり、その特徴から「サルも登れない木」とも呼ばれます。また、乳白色の有毒な樹液を出します。
熟した果実が爆発的に破裂し、硬い種子を周囲にまき散らすのが最大の特徴です。その速度は時速240kmにも達するといわれ、破片が当たると人や動物が怪我をすることもあるため、「ダイナマイトツリー」の別名もあります。
果実は毒性があり、摂取すると嘔吐や下痢、けいれんを引き起こします。カリブ族はかつて、この木の毒を毒矢や魚を捕獲する狩猟に利用していました。
ギンピギンピ:オーストラリア北東部の熱帯雨林などに自生するイラクサ科の低木です。葉や茎に生えた微細な刺毛に触れると、強烈な神経毒が注入されることで知られており、世界で最も危険な植物の一つとされています。
ギンピギンピに触れると、まるで「燃える硫酸を浴びせられ、同時に感電させられているような」激痛が走ると言われています。痛みの感覚は数時間から数日、場合によっては数ヶ月にわたって続くこともあります。
葉はハート形で、全体が産毛のような細かい毛で覆われています。一見、柔らかそうに見えますが、この毛こそが毒の刺毛です。
人間だけでなく、犬や馬といった動物にも激痛を与え、場合によっては死に至ることもあります。




