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二人の戦士 前編

 鈴木くんの家を後にした僕は早足で真っ直ぐに家に帰った。両親は仕事のため、家には誰もいなかった。僕は台所の煎餅を幾つか包んでナイロン製のリュックへ詰め、家を飛び出しシャイン・ガイザーのもとへペダルを漕ぐ。あちらこちらでまだまだ黄色いテープやカラーコーンが張り巡らされいつもの自転車のルートが幾つも潰されていた。何度も迂回を続けてやっと僕はシャイン・ガイザーの居る公園にたどり着いた。すっかり疲れ果てた僕はだらだらとリュックを背負い直し、公園で立ちすくみ空を見つめているシャイン・ガイザーの背を見つけて駆け寄った。

「ササキ・セイヤ、こんにちは。」

軋み音を立てて振り返ったシャイン・ガイザーは朗らかに声をかけてきた。それを聞いた僕はシャイン・ガイザーへ小走りで近寄る。リュックの袋詰めされた煎餅が乾いた音を立てて中の財布と擦れる。

「こんにちは。シャイン・ガイザー。今日は煎餅を持ってきたよ。」

僕は背負ったリュックをベンチに下ろし中の袋を取り出した。袋の中には煎餅が詰まっており袋の形が変わっていた。僕はこぼさないように封を開けシャイン・ガイザーへ渡すと、彼は汚れた小手が袋の煎餅を掴み面の前に持ち上げた。僕も一枚手に取り、心地良い煎餅が割れる音を立てて噛み砕き咀嚼する。醤油の香りが鼻を抜け僕はもう一枚手に取る。僕を見ていたシャイン・ガイザーはなるほどと煎餅を手のひらで割り塵にする。

「こぎ見よい音だ。面白い。」

シャイン・ガイザーは煎餅の音が気に入って、楽しげに手のひらで丸い煎餅を指でつついて割っている。ふと、僕はシャイン・ガイザーと目が合う。

「君には助けられている。既に関節の引きつりが減り、次の満月には完全に回復できるだろう。」

照れくさくなり、思わず街の方を向く。視界の外でシャイン・ガイザーが身動ぎをして、彼も街を見ていることが解った。シャイン・ガイザーはずっとこの光景を見ているのだろうか。僕がいない間もずっとこのここに留まり戦いを待っているのだろうか。変わらない景観を眺めていた僕はそのような疑問を持った。

「シャイン・ガイザーはどこか行きたいところは無いの?」

しばし沈黙が流れる。シャイン・ガイザーは考え込んでいるのだろうか。

「・・・。」

「次は旅行誌を持ってくるよ。」

僕はシャイン・ガイザーに向き直り彼の目を見上げた。灰色の面が僕を見返す。彼は空に目をやり、辺りをぐるりと見回すと視線は僕へ戻ってくる。

「楽しみにしている。またセンベイを持ってきて欲しい。気に入った。無理せず体を大事にな。」

日は既に傾いており、僕たちは残った煎餅を平らげて別れた。


 次の日、学校では鈴木くんが机に突っ伏し落ち込んでいるようだった。彼の机の端には眼鏡折りたたまれた眼鏡がきちっと置かれ、側には赤尾くん、名前を忘れた彼が隣の机に座って足を振り子のように揺らしていた。突っ伏す鈴木くんの隣に僕は座ると、向こうの赤尾くんが目の下を手でこすり泣いているような仕草をした後鈴木くんを指差す。訳を聞きたい僕は席を立ち黒板前まで歩くと意図をくみ取った赤尾くんもこちらに来た。

「おはよう。えー赤尾君。鈴木君には何があったの?」

「おはよう佐々木。えーとね、ネット?で今回の事故について力説したんだ。つまりは、まあそういうこと。佐々木も聞いただろ?あんなこと外で言うことじゃないよ。正気を疑われるね、あいつは。」

耳たぶを弄る赤尾くんは片目を瞑って横目を鈴木くんへ向けた。

「多分事故だぜ?人が死んでいるし滅多なことを言うものじゃないよ。そっとして置こう。きっとまた元気になるさ。」


確かに。昨日のような事故に対する喧騒は無く面白いTV番組やアニメや漫画の話しばかりだ。シャイン・ガイザーのことばかりを考えていた僕は、そんなことにも気が付いていなかった。鈴木くんに関しても僕が現実的な意見をぶつけていればここまで落ち込むことは無かったのかもしれない。彼は否定意見を取り入れられる人だから。

「僕は馬鹿だな。」

「なんだよ?昨日のアニメじゃそんな台詞無かったよな?」

「アニメじゃ無くて僕のことだよ。僕自身にがっかりしたわけだ。」

赤尾くんはふーんと胡散臭そうに僕を見つめ、

「わかったよ。今日はそういうことで鈴木のことはそっとしておいてやってくれよ。」

と言い残し奥の席へ歩いて行った。いつも鈴木くんの方から絡んでくるのだが。

そんな気を取り直して僕も席に戻り授業の準備を始める。今日からは通常スケジュールに戻り、学校は6限に戻り長く退屈な時間が始まった。教室移動で目を覚ましつつ何とか乗り切り、僕は机にうつ伏す鈴木くんへ話しかける先生を尻目にランドセルを背負い帰路についた。家に着いた僕はあしげくシャイン・ガイザーの居る公園に通った。


 頻繁にやって来る僕を心配したシャイン・ガイザーは僕のお母さんに連絡を取り、シャイン・ガイザーの元には金、土、日曜に行くことがきまった。その中で、やはり彼は煎餅を気に入っており三日の内二日は煎餅が欲しいと言う。そうこうして過ごす内に満月の日が遂に来た。空気や天気はいつもと変わらず、魔人が来るなんて事情を知らなければ誰も信じないだろう。そのため、今日は彼の元に行く日ではない。放課後、ちょっと暗くなった空に照らされ引き伸ばされた影を追うように僕は早く家に帰るために駆け出していた。商店街についたシャイン・ガイザーの足跡をイメージし、固いタイルを踏んで一歩一歩身体を跳ね上げる。だけれど、比べてしまう。シャイン・ガイザーはこの床を一踏みするだけで叩き割り、歩幅は僕の何倍もあって。

「僕は役に立っているのかな。戦えず、ちょこっとしたご飯しか渡せなくて。」

僕は気づいていた。シャイン・ガイザーの鎧はずっと灰色のままだし、肌の斑に溶けている。本当に僕は戦えているのだろうか。気が付くと僕はシャイン・ガイザーの居る公園に来ていた。いつものようにシャイン・ガイザーは立っており、手には雑誌が握られている。

だが、いつもなら既に僕を見つける距離まで僕が近づいてもシャイン・ガイザーはぼーっと雑誌を眺めている。砂利を鳴らして僕が歩み寄るとようやく彼は僕を見た。

「こんにちは。シャイン・ガイザー。」

いつものように挨拶をする

「ササキ・セイヤ、こんにちは。今日は満月の日だ、外出は危ないぞ。」

「うん・・・そうなんだけど。」

言い淀む。真剣な彼を見ると、自分の今までの行動に意味があるのか等と聞くことが出来なかった。シャイン・ガイザーは既に僕から目を離し、空を見上げている。その仕草はもう彼にとって僕は対等な存在なんだということを示している。胸が苦しくなった僕は所々欠けた彼の鎧につい視線が寄ってしまう。

突然、北から光の流れ星が僕の背後を照らした。シャイン・ガイザーは僕に雑誌を押しつけ、デモン・セイバーと短く呟く。弾かれるように黒鞘が開き、僕が瞬きする間に艶の無い黒鉄色の刀身が灰色の小手によって滑らかに引き抜かれた。

「ササキ・セイヤよ、ここを動くな。魔剣士サオロスが来た。」

冷え切った鉄の声が僕の足を止めると、シャイン・ガイザーは公園の入口を見据えた。僕もなんとか振り返ると、沈みかけた太陽に照らされオレンジ色に輝く魔人が既に公園に入っており土を踏みしめていた。抜き身の剣は太陽の光で輝くが刀身には青く光る流紋が走り空気が切れているような錯覚すら覚えた。


雲が流れ太陽を覆うと陽光の光が遮られ、銀色の魔人の姿に僕は思わず喘ぐ。

「あの魔人からあの月の光が立ち上っている。」

立ち上るエネルギーは空を貫いていた。魔人は縁の厚い丸盾を顎と臍の辺りを覆い白銀の刀身をその縁へ滑らせシャイン・ガイザーの目玉へ切っ先を向けた。対するシャイン・ガイザーは剣を正眼に構えた後少し刀身を寝かせる。

魔剣士サオロスが羽のような声色でシャイン・ガイザーへ語りかけた。

「これはヴァザーゴ殿に感謝すべきだ。ここまで近くに降ろされるとは。シャイン・ガイザーよ、裏切り者の見窄らしい頭部を切り落とし、お前のような狂人の手に余るデモン・セイバーをバロムへの餞としよう。」

シャイン・ガイザーはサオロスを見据え慎重な足運びで砂利を鳴らし、僕を守るように間合いを詰める。対するサオロスは足場を確かめながら太陽を背に移動する。縁の厚い丸盾を魔剣が滑り、剣は弓のように引かれ剣のガードと手元は盾の裏側に隠れた。

「ササキ・セイヤ。」

シャイン・ガイザーが背後で立ちすくむ僕へ声をかけてきた。魔人から目をシャイン・ガイザーへ向けると、

「ここからは私の戦いだ。君の戦いは無駄では無いことを、君と私の力を見ていてくれ。」

振り向かずシャイン・ガイザーは力強く僕へそう言うと、背が僕から離れていく。

僕の不安や焦りにシャイン・ガイザーは気づいていたんだ。

「僕と君の力。」

僕は拳を握り締め目を見開き、距離が縮まる二人を見据えた。日は沈みかけ公園には長い影が差し、電灯がつき始め、太陽の替わりに月が顔を覗かせた。

魔界が月を照らす時は近い。

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