魔界が月を照らすとき 中編
サブナールは棍棒を引きずって街を逃走する。シャイン・ガイザーはその背にピタリと追従する。右腕は力なく後方へたなびきバタバタと音を立て、その音は徐々に黒い背に近づきつつあった。サブナールはふと逃走するための良案を思いつく。棍棒を振り猛毒の分泌物をシャイン・ガイザーが守れる後方に居る人間、外回りで電話通話するビジネスマン、へ飛ばしたのだ。飛ぶ分泌物を白い風が遮る。分泌物を浴びたシャイン・ガイザーの赤い皮膚は爛れる。眼前に現れた白い怪人に目を泳がせて驚き、ビジネスマンは腰を抜かし座り込むが通話を続ける。サブナールは咳き込みながら大声で笑いアスファルトを踏み砕き速度を上げ車道を駆ける。
「もっと殺してやるぞ。シャイン・ガイザー。」
シャイン・ガイザーは困惑していた。白い左手が震えており、彼は何故人間を助けたのかわからなかった。燃え盛る林からササキ・セイヤを助けた時のような、何かに突き動かされていた。だが、黒い風シャイン・ガイザーの心中など知ったことかと更に猛毒の分泌物を撒き散らす。シャイン・ガイザーは分泌物を遮るためシャトルランのように街道を走る。シャイン・ガイザーの白磁の鎧が黒ずみ、赤い皮膚はくまなく爛れ異臭が漂う。そのため両者の距離は見る見るうちに開く。どんどん遠くなる黒い背は遂に見えなくなった。それでもシャイン・ガイザーは走る、最悪を避けるために。
僕たちが机を寄せ合い給食を食べていると、前に座る確か前田くんは変顔で牛乳を飲み始めた。ここで彼に何か言うと彼は勝手に笑い僕に牛乳がかかる。なので、誰も何も言わなかったが。教室へ先生が入って来る。所作が荒く、何か動揺しているようだ。あ、前田くんが吹き出した。牛乳に僕はびっちょりと濡れてしまった。もっと速く飲み終わって欲しかった。呆れて小首をかしげた僕へ鈴木くんがロールペーパーをズイと差し出してきた。君は準備していたな。
「有難う。こんなことにならなければ良かったんだけどね。」
「全くだね。前田は良い加減にしろよ、迷惑だよそれ。」
僕のつぶやきへ鈴木くんがやたらと同意する。掛けられたことあるのかな?前田くんは肩をすくめ「ごめん苦手なんだよ、牛乳」と言う。無言でロールペーパーの半分を前田くんへ渡しせっせと牛乳を拭く。
「今日はコンビニの有る大きな道路で大きな崩落があり、毒素が出ているそうです。なので避難訓練対応で午後の授業は無くなりました。午後の掃除が終わったら校庭へ集合しますので、皆さんは午後の掃除後着席して先生を待っていてください。」
そんな僕たちを尻目に先生がそう言うとサッサと教室を出て行った。教室内がざわつき前田くんも興奮して立ち歩き始めた。
食事を終えた僕たちは清掃を大急ぎでやらされ着席していた。ランドセルを前に皆そわそわしている。当然だろう、今日先生はちょっとおかしい。急に走ったり、怒ったり。廊下からは時折先生がパタパタと走る。何分経ったのかガラリと教室へ先生が入って来ると、僕たちは引率され校庭へ移動を開始した。追い立てられるように靴を履き替え校庭へ出る既にいくつかのクラスは集合しており、空からは救急車やパトカーのサイレン音が降ってくる。火事みたいで現実味が無い。
「大事故みたいだね。すごい数の救急車だ。」
鈴木くんが僕の隣を歩く。彼は僕に話しているのだろう、こちらを見て反応を伺っている。
「先生も尋常でなかったし。家に帰ったらネット見ようかな。」
「確かに、俺はブログ中心に漁ってみる。お前は?」
ブログは言い着眼点だ。もし、事故現場に掲載者がいればリアルタイムで事情を知ることが出来る。だったら。
「僕はテレビと掲示板サイトを見てみる。」
鈴木くんは「俺も見る局は変えよう。何か解ったらメッセージを送るよ。」と言って僕から離れた。嘘だ、僕はあの公園に行くつもりだ。僕たちダラダラとしゃべりながら歩き校庭で並び始めると、校門からは既にみんなの親がゾロゾロとこちらへ向かっていた。きっと、あの中に僕のお母さんも居るのだろう。
校庭に座る僕たちは順番に名前が呼ばれる。ヌボーと空を眺めていた僕の肩がトントンと叩かれる。何とかさんが中腰で僕を覗いていた。
「またね、佐々木君。」
「ああ、はい。さようなら。」
ひらひらと手を振られる。声に脊髄反射をした僕もひらひら手を振った。あの子のお父さん大きい、プロレスラーみたいだ。
「佐々木靖弥君。」
僕は気怠げに立ち上がり、お尻に付いた砂を払い落とした。お母さんが抹茶みたいな色のコートを羽織って、僕を待っている。名前を呼ばれて帰り、がら空きになった前を歩きちょっと優越感を感じた。
僕とお母さんは無言でしばらく歩いていた。
「崩落現場の近くで黒い怪物と白い怪物が暴れてたって。人も死んでるってさ。」
シャイン・ガイザーだ。何かと戦っている。
「化け物なんてウソだろうけど、迷惑だよね。二人して変な格好で走り回って人を殺して。馬鹿みたいだよ。」
ため息をつきお母さんは僕の手を握りしめた。僕の知るシャイン・ガイザー。ほんのちょっとしか話したことがないけれど、彼の心内からは少なくとも積極的に人を殺して回るような人物ではない。
「白い化け物は本当に人を殺していたの?」
携帯とにらめっこをする顔は動かず、ボタンをポチポチ押してページをひたすらにおくる。
「わからない。化け物の詳しい行動は書かれていないね。白と黒ね・・・。」
視線を感じた僕はお母さんを見ると、お母さんは僕を見ていた。直ぐに視線は外れて僕たちは真っ直ぐ帰路へついた。
一方、魔界ではヴァザーゴが白い指を大鏡へ指し驚いていた。
「まさか剣の刃以外にも効果があるとは面白い力だ。しかし残念かな。」
「苦戦しているようだ。」
ヴァザーゴへ金属で出来た人型の怪人のファオウルが風を纏い、口を出す。
「これでは、我々まで番が回ってきそうですな?ヴァザーゴ殿。」
軽口を叩くファオウルをヴァザーゴは睨みつけた。
「ファオウルよ、例えサブナールが死んだとしても、魔界が滅んだとしても、次に地球へ行くのはお前では無い。確実に負けるからな。もう魔界には無駄な時間など無い。」
黄金色の鎧を纏う戦士ザガラスが手に持つ槍の石突きを魔界へ叩きつけ、苛立つく声でピシャリと言った。剣呑な雷撃の戦士へ風を纏う魔人は何も言わずその場であぐらをかく。その中、腰に剣を下げた魔人がヴァザーゴへ歩み寄る。
「やはりあの街しか我らは降りられないのか。シャイン・ガイザーに待ち伏せられるぞ。」
「残念だがその通り、魔剣士サオロスよ。観測調査の結果、地球は未利用エネルギーが多い反面、活用できるエネルギーが驚くほど少ない。そのために月の位置と魔界の角度が合う条件でしかあの地に行く事もままならん。シャイン・ガイザーもこの事実から今回の兇行に及んだのだろう。魔剣デモン・セイバーはよく切れる。複数人を送る方法は目下模索中だ。」
魔剣士サオロスはヴァザーゴの返答へ腕を組み頷くと浮遊する鏡を仰ぎ見、つい呟く。
「強いなあいつは。是非、戦いたい。」
腰に帯びた剣を握り締め、魔剣士サオロスはサブナールの敗北を祈った。




