魔界、最期の時 前編
黄金の魔人、ザラガスに勝利したシャイン・ガイザーは僕を連れ家々を飛び越え再び展望台へ戻っていた。僕の目の前が回り、視界に展望台の広場が映るとシャイン・ガイザーは雑草を蹴散らして着地した。僕がゆっくりと草むした広場へ下ろされるとシャイン・ガイザーが胸から紙の包みを取り出して広げると。しおれたファオウルにあげた写真が現れる。黒い小手が写真を軽く撫でて端を摘まみ僕へ差し出すと、
「写真をどのようにするのかは君が決めてくれ。」
とシャイン・ガイザーは語った。写真を受け取った僕はこの写真をファオウルが見たのか、それが気になったが最早誰にもわからないだろう。
「僕の部屋に飾っておくよ。」
頷くシャイン・ガイザーはデッキへ上りあぐらをかく。僕も彼の隣で同じようにあぐらをかいた。魔界の光が消え、にわかに騒がしくなってきた街をボーッと眺めていると、シャイン・ガイザーが問いかけた。
「ファオウルへ最後に何と声をかけた?」
「『良い写りだよ。』って言った。」
僕の返事へ「そうか。」と言ったシャイン・ガイザーは押し黙る。沈黙する僕たちへ生暖かい風が流れ込んだ。
「・・・。」
沈黙に耐えかねて僕は黒い兜を見上げて、シャイン・ガイザーへ声をかけた。
「もし、ファオウルが胸に鍵を入れていればあの魔人に勝ったのかな。」
「魔人の戦いに絶対は無く、結果は解らない。しかしながら、依然として厳しい戦いになるだろう。勝敗の行く末を左右する要因ではないどころか、むしろ鍵を君が持っていた方が勝利の可能性は高いだろう。」
シャイン・ガイザーの青い瞳が兜を襟元にこすり僕を見下ろした。視線は強く僕は思わず視線をそらし、街へ目を向けた。
「ササキ・セイヤよ、私は死者へかける言葉を持っていない。だが、生者へかける言葉は持っている。」
僕はシャイン・ガイザーの青い目を見返した。瞬きも無くシャイン・ガイザーは僕を見つめている。
「気張れよ、ササキ・セイヤ。後は一人で魔界との戦いは終わる。」
平坦なシャイン・ガイザーが僕へ励ますように語りかけた。
「ファオウルの死は悲しくないの?」
「残念ではあるが悲しさは無い。ファオウルは死力を尽くして戦い、私は仇を討った。私にはそれで良いのだ。」
「やっぱり君は魔人であり人間だよ。」
やっぱり、シャイン・ガイザーは・・・。見上げる僕から視線を外し、あぐらを解いたシャイン・ガイザーは膝を立て、身体を軋ませて立ち上がった。
「もう帰ると良い。外は暑い、体調を崩すなよ。」
そう言い残したシャイン・ガイザーはデッキから飛び降り何処かへ去って行った。
一人になったデッキの上で僕の口が震えて歯が鳴る、
「ファオウルありがとう。戦ってくれて、ありがとう。でもさ・・・。」
手のひらの折り目がり、僅かに赤い血がこびり付く写真へ目を落とす。ファオウルは何を考えてこの写真を撮ったのだろうか。自分の死を受け入れていたのだろうか。
「策があったんじゃ無かったのかよ!僕を、俺を何だと思っている、あいつらは!」
目の前が赤くなり手のひらから汗が噴き出す。
「こんなもの!」
両手で写真をビリビリに破き、腕を振り回す。ひらひらと力無く写真の欠片が散らばる。何度も写真を踏みつけていると脚のだるさが火照った頭を僅かに冷やす。猛烈な虚しさが僕を襲い、夏でもあるにも関わらず鳥肌が立った。頭を落ち着かせるため、目を閉じて深呼吸すると、ファオウルの写真を破った後悔が僕を襲う。目を開けた僕の目に映る写真の欠片を直すことは出来ない。写真を集めようと身を屈めたが、デッキに吹いた風が欠片を吹き飛ばし伸ばした手が空を弄る。
「全く、暑さがこたえるね。」
やるせなさに思わずその言葉が口をついて出た。僕は肩を落として展望台を後にした。だらだらと木の茂る坂を下ると、古ぼけた駐輪場にステッカーだらけの青い自転車のストッパーが下ろされてピタリと止められていた。シャイン・ガイザーの気遣いだろう。悔しくなった僕は自転車のストッパー蹴り上げてまたがる。尻に当たるサドルはまだ熱く、先程置かれたばかりだったことが解った。僕は逃げるようにペダルを漕ぎ、無心に自転車を走らせた。コンビニを抜け、河川敷を通り、橋を渡った。気がつくと家の門に着いており、何故かいつも大きく見えていた門はやたらと小さく感じた。
あの日から僕は外へ出ていない。自室のくずかごに2枚の写真を叩き込み、僕は何となくベッドに横たわり、タオルケットを腹までかけて天井を見つめていた。もう時間は日が上り昼頃になるだろう。
「それなら君たちが報われないだろ。」
戦う者としてならシャイン・ガイザーの言葉は正しいのかもしれない。でも、友達の死を悲しめなくはなりたくない。冷徹なシャイン・ガイザーのことがまた怖くなった。きっと彼は僕が殺されても悲しまず、淡々と仇を討つだろう。暫く天井を眺めていると枕元に置いた携帯電話が震えた。誰かからメールが来たようだ。寝癖が着いた重い身体をなんとか起こして携帯電話のメッセージボックスを開いた。新着メッセージは鈴木くんからだった。
「毎日来るな。心配性が過ぎるよ、あいつは。」
メールの内容は魔人、いわゆる危険生物に気をつけてくれとのことだった。僕はため息をついた。そうか、彼は何も知らないのだった。僕が説明していたら彼は安心して、前田くんも生き残っていたのだろうか。
「死者にはどんな言葉も意味は無いか・・・。僕は愚かだった。」
何も言わなかったのは僕も同じなのだ。僕は理由を付けて彼らに一切シャイン・ガイザーのことを話さなかった。信じて貰えるのか心配だった、怖かったと今なら認められる。
「全く、僕はどうかしているな。」
寝癖を直しながら僕は自室を出た。
某県にて空が暗くなり星々が見え始める頃、シャイン・ガイザーは無人の浜辺を歩んでいた。シャイン・ガイザーは兜を外し、海を眺めた。黒い海が永遠と続き、夜の空に混ざる。青い目玉がなめるように僅かに見える水平線を端から見渡し、光の無い右目は遙か彼方を眺めている。シャイン・ガイザーは抱えた兜を回し、兜の面を見る。黒い兜の縁に黄銅色の飾りが走り、
「成る程、私はこのように見えていたのか。」
呟くシャイン・ガイザーは兜をかぶり直し、身体を反らして空を見上げた。シャイン・ガイザーは満天の星々の合間に故郷が見えたように感じた。光を失った瞳は星々に死んだ同胞達を見出すが、青い瞳は冷たく輝く寒々しい現実の空を映すばかりである。
「・・・星々が輝いている。」
ゆっくりとシャイン・ガイザーはその場を歩き、視界を星々が流れる。星を眺め終えたシャイン・ガイザーは黒い胸鎧が開き、首を倒して中から四つ折りの写真を取り出した。写真は拾い集められ修復されている。
「確かに良い写りだ。」
シャイン・ガイザーはうっすらと笑い、胸へしまい込んだ。
朝、僕は展望台ではなくあの人気の無い公園へ来ていた。公園に張られていたテープは取り去られており、僕は自転車を入り口へ止め、砂利を踏みしめて中へ入る。まだ暖かく無いベンチの砂を払い座った。相変わらず重要施設には機動隊が警備しているが、ようやく街は落ち着き、電車も通り始めた。夏休みも終わりかけているが、その後も自宅待機となりいつ学校が再会するのかもわからない状態だ。僕は指を組んで、朝日へあくびをしながら街を眺めていると、
「おはよう、ササキ・セイヤ。これが落ちていたぞ。」
後ろから、シャイン・ガイザーが声をかけてきた。振り向く僕へ彼は四つ折りの写真を差し出してくる。
「ありがとう。シャイン・ガイザー。」
黒い鎧のシャイン・ガイザーは引きつったような音を立てて、写真を受け取った僕の前まで来ると再び語りかけてきた。
「ササキ・セイヤよ、私は君に言わなければならないことがある。私は魔界を破壊するために魔界へ戻らなくてはならない。私がこの地へ戻ってくることは困難だろう。」
「シャイン・ガイザー、生きることにも戦ってくれよ。やりたいことがあるんだろ。」
シャイン・ガイザーは腰へ手を当て、上を見て考え込んだ。きっと戦いの算段を立てているのだろう。僕はベンチから立ち上がりほのかに光る青い目のシャイン・ガイザーを見上げた。僕はファオウルへ言えなかったことを今、彼へ言わなければいけない。
「君は魔界を破壊して、必ず地球に帰って来てくれ。此処は君の故郷じゃないけれど、君を知る人間がいて居場所もある。」
「全力で破壊した魔界から脱出しよう。」
シャイン・ガイザーは頷き朗らかに了承すると、僕に並んで街を眺めた。




