友よ 中編
ファオウルを見送った僕はリュックを背負い直し、バスケットを抱え自転車まで丘を下った。写真の現像のためコンビニへ自転車を走らせる。無人の道路を自転車が駆け抜け一息にガラガラのコンビニへたどり着いた。年配の店員へフィルムを渡しイチゴアイスを買った僕は。店外の木陰に位置する意味のわからない所に立つガードレールへ座って蝉の声の中、冷たいアイスを頬張る。アイスが口に溶け、甘さと想像を超えた冷たさに思わず片目つぶる。暫くくつろいでいるとフィルムを渡した店員がドアを押して外へ出ると、
「おーい、坊ちゃん。でけたよ。」
「はい。ありがとうございます。」
アイスの袋をゴミ箱へ入れ店員へ着いて行くと三枚の写真が並べられていた。
「一応確認して。良ければ包むから。」
「ありがとうございます。これでお願いします。」
「よっしゃ。」
店員は親指を舐め茶封筒へ三枚の写真を紙に包んで入れると、濡れた指で糊をふやかしピッタリと封を閉じた。写真をリュックへしまった僕は自転車へまたがり家に帰った。
家に帰るとテレビは今朝のままついていた。画面には箱を抱えた自衛隊員やレスキュー隊が崩れたビルやショッピングモールからひっきりなしに出入りしている。拠点には夏休みで空っぽになった学校の校庭を利用しているようだ。インタビューは昨日の使い回しが流され、作業が実際どれ程進んだのかよくわからない。地下鉄を含めた全ての路線が未だ止まり、近隣の駅までも機能不全に陥っている。また、特殊未確認危険生物として魔人達の写真が警察から発表された。渋谷の巨大モニターにも彼らの写真が公開され全国的に警戒が呼びかけられ、自衛隊と警察が地下の安全確認を未だ行っているそうだ。携帯で調べる限り、テレビの番組表には警察の武装やUMAに関する特番が組まれる他、黙祷や遺族の言葉を伝える追悼番組も企画されている。テレビを止めた僕は暖かいほうじ茶を持って二階へ上がり、パソコンを立ち上げ鈴木くんからのメッセージを遅ればせながら確認した。スクロールするメールボックスには鈴木くんや同級生達のメッセージが幾つかの来ており、全て返すまで昼まで時間を要した。特に気になったものは、従兄弟が殺された友人へ最近になって突然警察が護衛に付いてくれているそうだ。
「さて、全部見たかな?」
新着メールはゼロになったメールボックスを更にたぐっていると、マンションでの一件を受け狼狽した赤尾くんからのメールまで戻っていた。あの一件は一家、親族皆殺しが起きていた。その点を考慮すると、情報不足の中での友人への警護も納得がいく。次の魔人もきっと人間が多い場所を狙うはずだが、一ヶ月はゆうに道路整備などで自衛隊も釘付けであり、まだまだオフィス街においても人口密集地は残る。何処でも標的になり得るのだ。疲れた目をほぐすように目頭を眉間へ二本の指でグイと押して、湯気の立つほうじ茶を二口飲む。
「一体次は何人犠牲になるのか。」
ほうじ茶を更に三口飲み、一息ついてWebサイトを巡っていると『特殊未確認危険生物』を銘打った特設サイトが幾つも立っていた。サイトの大半はUMAや神話等の伝説とこじつけて考察する物が大半だった。中には魔人を神聖視するサイトもある。
「白い鎧は神様の使いで、ファオウルが須佐之男命だって?確かに剣は青いけどこじつけが凄いな。」
他にもこじつけのような話でネットは大盛り上がりだった。僕はほうじ茶の湯気を吹き飛ばすように息を吹き付け一口飲む。
「アチッ。」
舌を火傷した、どうやら冷ましたりなかったようだ。
他県からの野次馬や電車の故障による影響が復旧作業を遅々として進ませず、悶々とした不安な日々が過ぎ、遂にその時が来た。真昼に怪しげな魔界の光を受けた輝く満月が空へ掲げられ、空から金色の光柱が大地へ力強く振り落とされる。ファオウルはテープが張り巡らされたマンションの屋根を飛び移り眼球を回して展望台へ向かう靖弥を探す。川を跨ぐ彼を見つけたファオウルは素早く靖弥を自転車から引っ攫うと全力で走り、展望台のデッキへ勢いのまま飛び乗った。靖弥をプレハブ前に下ろしたファオウルは腰の魔剣を引き抜き、的確に一太刀をビニール紐へ浴びせ風にたなびいたシートはプレハブからずれ落ち太陽と満月の光が身じろぎしないシャイン・ガイザーを照らす。
「ササキよ、時間が惜しい故、詳しいことは言わん。この鍵をお前が持て。鍵が光を失った時、それをシャイン・ガイザーの胸へ刺せ。」
ファオウルは片膝をついて胸鎧開け、中から淡い光を湛える鍵を取り出し靖弥へ渡すと、受け取った靖弥はかがみ込むファオウルの空いた胸へ一枚の写真を入れ替えるように入れ、
「良い写りだよ。」
靖弥へファオウルは頷くと、勇壮に立ち上がり足音を重く打ち鳴らして黄金が落ちた場所へ駆けていった。靖弥はどんどん小さくなるファオウルの背を見つめ続けた。
ファオウルが靖弥の学校へ到着する頃には辺りは血の海だった。流れる血は運動場の砂では捉えきれず泥濘のように溢れ、壊れたテント、虐殺跡が窪地を作り出し轍のように残る。死体の一欠片も無い運動場に佇む黄金へファオウルは魔剣を引き抜き、目を細める。ファオウルへ相対したザラガスは悠々たる佇まいに黄金の穂先を天へ掲げ、血の轍を踏みしめファオウルへゆっくりと歩み寄る。具足の音が二人のみの運動場に響き、徐々に足が速まる。ザラガスは太い両腕で槍を構え、
「さて、お前を殺す。」
黄金を纏うザラガスの送り足が泥を打ち上げ、黄金の穂先がすくい上げるようにファオウルの胴へ走る。ファオウルは魔剣を穂先へ打ち当てるも穂先は逸れず、身をよじったファオウルの肩当てをもぎ取った。続き黄金の石突きが空を切ってファオウルの脇腹へ打ち付けられた。魔剣が青い残光を残し刃区のやや上で槌のような石突きを打ち止める。ザラガスの両足が地へ沈み、ファオウルの両足は空へ流れ銅黄色の鎧が血混じりの泥に塗れ赤銅色に染まる。
半身に構えるザラガスは卓越した送り足で滑らかに距離を測り泥に埋まるファオウルを観察し地を蹴った。ザラガスは大量の泥を後方へ巻き上げ大地を抉り、渾身の力で黄金の穂先をファオウルへ猛然と繰り出した。青い光が泥から漏れ出しファオウルもザラガス目がけ飛び出す。その勢いは凄まじく鎧へこびりついた泥が剥がれ、赤銅の鎧が黄銅へ色変わりし、更には青い光を身に纏った。黄金の逆光を青い光が断ち割り、銀の魔剣がザラガスの胴鎧へ突き出される。ザラガスの槍は吸い込まれるようにファオウルの胸へ魔剣よりも先に突き立ち、次いでファオウルの魔剣はザラガスの鎧へ吸い込まれるように打ち当たる。黄金の胴鎧が一際輝くと魔剣を呆気なく弾き返した。研ぎ澄まされた黄金の刃先は瞠目するファオウルの胴を貫くと、勢いのままに槍を持つザラガスの小手がファオウルへ当たる。ザラガスは唸り、剛力のままに槍を空へ振り上げ満身の力を両腕へ注ぐ。輝く両腕が唸り藻掻くファオウルは槍に貫かれたまま、なすすべも無く大地へ血しぶきを立てて叩きつけられた。叩きつけられた衝撃によりファオウルの右腕はもぎ取れ、ファオウルは重厚な身体を跳ね上げられる。浮かんだその胴をザラガスは送り足速く、素早く距離を詰めて槍の石突きで強かに殴りつけた。厚い胴鎧は石突きに打ち壊され、ファオウルは体育館まで打ち飛ばされた。流血し、跳ね飛ばされるファオウルは窓ガラスを突き破ると木製の床を打ち抜いて倒れる。倒れるファオウルの右腕は無惨に千切れ黄色の血液が流れ左腕には魔剣が握られる。ファオウルは身体を少し修復し流血を止めると片腕のまま立ち上がった。蹌踉めくファオウルは磨かれた床に映る歪んだ自分を見ると、未だかつて無い人ならざる声で雄叫びを上げた。雄叫びは窓、扉、床の全てを震わせ、闘気立ち上るファオウルは体育館の扉を蹴破り運動場を見据えた。ザラガスは運動場中央で槍を構えて佇み、堂々たる姿勢でファオウルを待ち受ける。
僕はファオウルから託された鍵を握りしめシャイン・ガイザーを見つめていた。淡い鍵の光が切れそうな豆電球程度になる。心臓をわしづかみにされたように胸が痛み、手から力が抜ける。
「起きてくれよ。シャイン・ガイザー、起きてくれ!」
思わず叫ぶ。しかし、シャイン・ガイザーは身じろぎ一つしない。見えもしないのに後ろを振り返る。そこで、聞いたことも無い叫び声が聞こえた。目の端から強い光がこぼれてくる。光を見下ろすと、僕手に握られた鍵が先程の弱い光がウソのように眩しい程に輝き始め。思わず鍵を胸へ当てると冷たかったはずのそれは鼓動のように拍動し、風呂湯のように暖かい。僕は鍵をシャイン・ガイザーの手の甲へ当て、輝く鍵をファオウルの勝利を祈って、穴が空くほど見つめた。
ファオウルは再び血塗れの運動場へ降りる。ザラガスが油断なく槍を斜め上へ構え黄金の胴鎧を晒しゆっくりとファオウルへすり足で寄る。ファオウルは魔剣を持ち上げ上段に構える。左腕へ力を込める。魔剣の銀色の刀身が透けるような藍青色へ染まり全身がひび割れる。左腕腕の盾が小手と完全に融合し更に魔剣とも繋がる。ファオウルの両眼に青い光がほとばしる。藍青の魔剣は刀身を伸ばし大剣とも言える様相を呈する。
「これぞ魔人。此処で確実に殺さねば。」
ザラガスはファオウルを賛美し槍をやや斜に傾け駆ける。固まった血や泥が跳ね血の轍へ音を立てて落ちる。黄金の鎧が輝き、加速したザラガスは一本の槍になる。藍青の魔剣がザラガスの脳天へ、黄金の槍がファオウルの顔面へ必殺の一撃を打ち込んだ。交わされる一撃は、双方へ炸裂した。振り下ろされた魔剣は易々とザラガスの脳天を削り槍の柄、左腕、左足を切り削ぎ、黄金の穂先はファオウルの泣いたような面を打ち砕き、頑丈な兜ごと顔面を貫いた。千切れた左腕、削げた左足を修復したザラガスはファオウルの頭部から槍を捻り取ると、ファオウルは仰向けに地響きを立てて倒れた。弱々しく揺れるファオウルの胸の中心へザラガスは半ばから切り落とされた短槍を逆手に振り下ろした。穂先がファオウルの胴を貫き遂にファオウルは塵に変わり血の海へ沈んだ。ザラガスは槍へ刺さる異物に気がついた。黄金の小手が慎重に異物を引き抜くと、人間の子供を中心にシャイン・ガイザーとファオウルが写っていた。ザラガスの手に摘ままれた写真が光ると、写真は貫かれる前に戻る。ザラガスは写真をしげしげと眺めた後、手のひらへ乗せ、
「お前は儂が故郷へ連れて帰る。」
地へこぼれるファオウルのいく粒かの塵をつかみ取り写真でくるむ。黄金の面奥の目を閉じ、胸鎧を開けたザラガスは写真を優しく中へしまい込んだ。




