友よ 前編
月曜日から学校は今回の大量虐殺事件への対応として夏休みを繰り上げ、僕たちは落ち着かない連休へ入った。虐殺から翌々日の朝、僕は早起きしパリッとしたポロシャツにジーパンを履き、お母さんが作り置きしていたお弁当をひっつかむとサンダルをつっかけて展望台へ向かった。街は相変わらず慌ただしく、登下校路の警察は出払っていた。恐らく現場検証や駅、ショッピングモール付近のパトロールだろう。両地点を繋ぐ道路には嵐にように切り裂かれ無数の生首が転がっていたそうだ。自転車を漕ぐ僕のポケットに入る携帯電話が震えた。自転車を路脇へ止めて携帯を開くと赤尾くんからだった。
「赤尾君、佐々木だよ。すごい渋滞らしいけど、もう着いた?」
『お蔭様でなんとか。こっちはそっちよりも3℃ 高い蒸し暑くてもっと熱いように感じるけどな。』
「元気そうな声で良かったよ。これから夏本番、体調は崩さないようにね。」
耳元から呆れたような溜息が聞こえる。
『お前はのんきだな。まあ、だからこそあの店から飛び出せたのかも知れない。』
「かもね。」
『俺は、お前のことを見くびっていたよ。今年初めてお前を見たとき、此処を見ていないようで、何だかぼやけた奴だったから。』
赤尾くんは僕のことをよく見ていたのか。僕はきっと不屈のシャイン・ガイザーへ憧れて、強い二人の魔人を見上げて、友達の死を受け止めて、皆の様々な愛を感じたから強くなった。だから、
「強くなれる場所を知っているよ。」
『興味深いね。何処?』
「生きて、また会ったら教える。だから、僕は生き残るよ。」
『本当にお前は変わったよ。楽しみにしてるし、勿論その時は鈴木もな。』
全てが終わったら彼らを連れてこよう。
うんとつぶやいた僕は電話を切る。再び自転車のペダルを蹴って展望台へ向かい、朝の少し冷たい風が顔に当たって気持ちが良い。自転車の籠へ納められたバスケットが揺れ、蝉の声が電信柱から聞こえて来る。僕は展望台までの坂を、息を切らせて上りきると広場には黄金色にも銅色にも見えるファオウルが背を向けてあぐらをかいていた。彼の魔剣は地面へ突き立ち、左腕は青白の盾が絡み付き大きな小手へ変形していた。僕が広場の草地へ足を踏み入れると、ファオウルの巨体が立ち上がりこちらを向く。日は曇り空へ隠れ、柔らかい光が広場を照らす。心ここにあらずと言った彼は僕を見据えるが力が無く、更には彼の纏う空気が少し違う気がした。何か深く沈むような、それでいて燃え上がるような何かさっぱりとした恐ろしさを感じた。
「来たか。ササキよ、お前に協力を頼みたいことがあったのだ。」
ファオウルは脛当てを鳴らし、大きな身体を僕へ進めた。胸を張り、堂々と歩く彼の姿が僕の目にはシャイン・ガイザーと重なった。鋭い目が光を放ち僕を見下ろすと、
「今の状態では最早シャイン・ガイザーは戦えない。休眠状態によって辛うじて生存している状態だ。しかし、再び魔界の光が月を満たし、空から残る二人の魔人の一人が降下する。その時には必ず此処へ向かって欲しい。お前には此処でやって貰わなければならないことがある。だが何かは今、話す事が出来ない。魔界がこの地を見張っているからな。」
ファオウルは言葉を切るとプレハブを指さす。
「先日雨が降っただろう。シャイン・ガイザーが少し濡れてしまったのだ。ここままでは不憫だろう。雨よけが欲しいのだが用立て出来るか?」
僕はふと倉庫にある二年前に皆で使ったブルーシートを思い出す。「家にあると」頷くとファオウルは僕を抱え上げた。一気に視線が高くなり膝裏と背中を硬い小手が支える。
「ではお前の家まで行くぞ。口を開けるなよ。」
僕が驚いて口を開く前に景色が流れる凄まじい速さに体が押され身動きがとれないまま、あっという間に川を越え家に着いた。家の倉庫からほこりまみれのブルーシートを引っ張り出した僕は軽くホコリを払っていると、ファオウルは更にシートを固定するためだろうビニール紐を取り出していた。僕は再びファオウルに抱えられて風と共に展望台へ戻る。目を回す中、草地へ下ろされた僕はシートの端を持ってフラフラと歩きながら、
「人生で切り立った丘を一飛びに上るなんて考えたことが無かったし、体験するとは思ってなかったよ。」
シートの対角を持つファオウルへ話しかけた。小股で歩くファオウルは硬い鎧の音を立てて僕を見下ろすと、
「良かったじゃないか、貴重な体験になって。」
小さく笑いプレハブへ向かい直し黙々と二人で歩く。
壊れたプレハブ小屋の壁を跨ぐ前に僕は足を止めた。やっぱり、誰かが欠ける前にこの記憶を残したい。
「ファオウル。シャイン・ガイザーは運んでも大丈夫?」
「構わないがどうするつもりだ。」
僕はシートから手を離し、床に寝かされたリュックからインスタントカメラを取り出す。
「チェキで写真を撮ろう。もうすぐ戦いが終わるなら尚更だよ。」
「それは良い。やってみよう。」
ファオウルでもない力強い声が僕の背から聞こえてくる。振り返るとシャイン・ガイザーが立ち上がっていた。
「カメラのレンズを見るのだったな。ファオウルよ、カメラを持ってくれ。私は手が震えて持てん。ササキ・セイヤはファオウルと私の間に中腰で。」
僕たちは展望デッキで並んだ。シャイン・ガイザーとファオウルはしゃがみ、僕は中腰の姿勢でカメラをファオウルへ渡す。ファオウルは設定を手早く行うと鏡の付いたカメラを僕たちへ向ける。僕は両手を二人の肩へまわす。鉄のような手触りに手のひらに冷たいような暖かいような不思議な感覚を覚えた。僕の肩へ二人の小手が軽く触れる。
「撮るぞ、カメラを見ろ。」
曇り空を背景にファオウルの短い声でフラッシュがたかれる。
「出来栄えが楽しみだ。では、私は一眠りする。ファオウルよ、私が起きるまで頼んだぞ。」
鎧の音を軋ませてシャイン・ガイザーはシートを避け歩き、プレハブで横になると身動き一つしなくなる。ファオウルは軽く拳を握るとシートを拾い上げ、
「さてササキよ、反対を持て。屋根へ被せるぞ。」
ファオウルは器用に飛び跳ねすっぽりと屋根をシートで覆った。僕は適度に切られたビニール紐をシート端とプレハブへ結びつける。完成した青い天蓋はやや傾斜し雨水を逃す構造を取り、急造にしては立派に見える。満足したファオウルはデッキへ上り街を眺めた。僕もバスケットを持ち上げて彼に続く。バスケットにはサンドウィッチが詰められており以外にもファオウルはこれが好きらしい。少しぬれた床へ座ったファオウルへ僕はサンドウィッチをしゃがみ込んで手渡す。
「大勢人間が死んだ。お前の友達は平気か?」
ファオウルの小手でサンドウィッチが塵に変わる。僕は彼の前にバスケット置いて答えた。
「死んだよ。何人もテレビに安否不明者や死者名に載っていたよ。メールでも教えてもらったし。ショッピングモールや駅に居て安否不明者になっている子も居るよ。」
ファオウルはサンドウィッチをもう一つ手に取り塵へ変える。
「成る程、ショッピングモールは服屋以外全滅だったな。もしかすると、余裕を失ったカリメギスは頭部も塵へ変えた可能性がある。そうなれば永遠に見つからないだろう。」
ファオウルの言葉を聞きながら僕はサンドウィッチを齧る。トマトの酸味が口を走る。酸味が走る口内一舐めし、僕はファオウルへ尋ねた。
「後、少し何だよね。シャイン・ガイザーには前聞いたことがあったけど、ファオウルはこの戦いが終わったら何をしたい?」
考え込むように小手が硬い音を立てて僕の視界を彷徨。ファオウルは膝へ盾と一体化した左腕を乗せて考え込む。そして、
「私は自身が何を成したいのか全く解らない。」
「でも、今は戦っている。」
「そうだ。私はこの場所が好きだ。だが魔界が、故郷も好きなのだ。どちらを選べば良いのか決めかねている。だが、私の心ではどちらかが決まっているようにも感じる。」
「そっか・・・。」
僕たちは無言でサンドウィッチを食べあっという間にバスケットは空になった。何も無いバスケットの底をファオウルの小手が撫でる。
「勝てると良いね、心の蓋に。」
ファオウルの兜が僕を見上げる。面には涙のような一本線が目か顎先にかけて刻まれたままである。無言に立ち上がったファオウルは僕の前にそびえ立ちバスケットを僕の胸へ押し付けた。
「勝ってみせる。勇士であり勇者の剣を携えた私なら勝てる。」
そう言い残しファオウルは身を翻し、デッキを蹴飛ばして遙か彼方へ飛び去っていった。デッキの板が割れ下にはコンクリートが覗く。
「写真!現像したら渡すよ!」
僕は遠くのファオウルへ叫んだ。




