魔人の塔 中編
轟くシャイン・ガイザーの声はカリメギスの鎧を揺らし、暗闇が人々の足を止めバラバラに隠れさせ、カリメギスの計算を狂わせた。闘気を立ち上らせたカリメギスは緑青の鎧を跳ね上げて上階へ走る。脳裏に行きがけに確認した地図を思い浮かべ、止まったエスカレーターを駆け上がり、すれ違う人間を二本の鉞を振るい瞬く間に斬殺する。血の滴る一階、黒い鎧を纏うシャイン・ガイザーは駆けるカリメギスの重い音を追い、重い蹴り足によって砕け緩んだエスカレーターを軽々と飛び越し上階を目指す。魔人達の立てる破壊音にビルの人間は怯え、高い天井へこびり付く血痕の下で足をすくませた。一方、ファオウルはビルへの行きがけに隠れ家から持ち出したフロセスの盾を腕へ嵌め、エスカレーター口で首を傾け耳を澄ませる。離れた二つの轟音が同時に止まった。優れた聴力により階層の目算が付いたファオウルはビルの外壁を優美な盾で障子を破るように容易く打ち壊すと、両足を揃え階下へ飛び降りた。暗闇に困惑する人間を一方的に殺戮するカリメギスは階段を上りに上り、遂に八階までたどり着いた。
八階はひときわ大きく一階層に他層三階分の高さをほこり、スキップフロアとは呼べないが階段やテラス等で三層構造を構築する。この階層には週末のディナーを過ごす家族向けレストラン、今期は子供向けのショーや宇宙食等の食に関するイベント開催が目白押しの大広場があり、更には休憩所を兼ねた軽食店や大型書店が設営されている。賑やかなで楽しいはずの階層は突然の停電と夏の日差しにより茹だっていた。勿論、三人の子供へ秘密のプレゼントを選んでいた赤尾の母や鈴木の両親もそこにはいた。彼らは暑さを紛らわせるため、休憩所の椅子へ座り冷たい茶を飲みながら職員の案内を待つ。迅速に動いた職員へ誘導され、ぞろぞろと人だかりが列を作り非常階段口に並ぶ、職員からは停電の復旧作業や電車の運行状況についての説明がしどろもどろにされる。
「変だな。全然進んでないじゃないか。」
鈴木父は氷が揺れる緑茶のカップ片手に訝しんだ。赤尾、鈴木母も同意しお揃いのアイスコーヒーから口離し、首を伸ばして緑のランプ下の様子を窺う。
すると、突然悲鳴が立ちあがる。緑のランプが赤く染まり、瞬く間に両断された人体が飛び散り、平穏な空間は死屍累々とした空間になる。鈴木夫妻と赤尾母は泡を食い訳も解らず中層へ走る。重機のような音を立てる緑色の風は竜巻となって並んだ人々を平らげた。塵が舞うとたちどころに風へ吸い込まれる。
「この階層を狙っていた。」
両手に鋭い鉞を握りしめたカリメギスは兜の中で笑みを浮かべ、棚氷上のペンギンのように中層、上層でぎゅうぎゅう詰めに立ち竦む人間を見据え鉞を交差させる。カリメギスの両手に一本の大斧が握られる。鏡面のように磨き上げられた大斧はビルの窓ガラスから差し込む光を反射し、鈍い鋼色を揺らす。
「足が遅いな。シャイン・ガイザーよ。」
カリメギスは非常階段口血の海に立つシャイン・ガイザーへ振り返ると、右手を逆手に左手を順手に大斧の柄を広く持ち、両刃の間から伸びる刃先を黒い鎧へ向けた。シャイン・ガイザーは刀身の無い剣を握り半身に見えない切っ先をカリメギスへ向ける。傷だらけのシャイン・ガイザーの纏う鬼気により、向けられた剣の刀身をカリメギスは幻視し思わず斧を振り上げ、刃先を黒い鎧から遠ざけ胴を晒し上段に構え直す。両者を人々が見下ろす中、黒い脛当てが血を跳ね上げる。黒い風がカリメギスへ駆けた。カリメギスは構える斧と緑青色の鎧を一際輝かせ、うなり声を上げて黒い風へ剛斧を叩きつける。斧は銀光を半月に描き即死の一撃を解放する。シャイン・ガイザーは銀光手前へ立ち止まり一撃を回避すると魔剣のガードを唸らせて緑青の兜へ振り下ろす。カリメギスは大斧を二本の鉞へ変形させ魔剣を撥ね除け、黒い胴鎧へもう一本の鉞を薙ぐ。鉞は胴鎧を深く削る。シャイン・ガイザーがカリメギスの握る鉞の柄を握るが、柔い鎧を削った鉞の刃が易々とシャイン・ガイザーの胴を裂き黄色の体液が黒い小手、鉞の柄を伝い床へ零れる。更にカリメギスはもう一本の鉞を握る豪腕を唸らせシャイン・ガイザーの首へ刃を振り下ろす。シャイン・ガイザーは鉞の刃裏へ魔剣のガードを滑り込ませ、すんでのところで死の刃を食い止めた。輝くカリメギスの剛力がシャイン・ガイザーを押し腹の刃が僅かに肉を切り進む。シャイン・ガイザーが後方へ踏ん張るがカリメギスが更に踏ん張り、タイル張りの床が裂け組み合う両者は八階の至る所へ身体を叩きつけ合う。
「シャイン・ガイザーを殺すのはザラガスではない。このカリメギスだ。」
剥離した建材で汚れたカリメギスはそれらを弾くように更に輝き首を狙う刃が押され、押し止めるシャイン・ガイザーの肘から液が垂れ始めた。魔剣が傾く、首を狙う刃がわずかに逸れシャイン・ガイザーの兜へ傷を付ける。シャイン・ガイザーの壊れた胴鎧の隙間から光が漏れ始めた。魔剣の刀身が再生する。再生した刀身は鉞をから離れ光の軌跡を残し、瞠目するカリメギスの首を刎ねた。力を失った鉞はシャイン・ガイザーの黒い兜を浅く切り裂く。
「死ぬのはお前だ。」
頭部を失ったカリメギスが音を立てて倒れ込み、シャイン・ガイザーは割れた兜から光の無い目を覗かせて緑青の剛体を見下ろす。崩れ落ちたカリメギスとそそり立つシャイン・ガイザーの戦いを中層と上層から見守っていた人々は虐殺する怪物の打倒に喜び歓声を上げた。
シャイン・ガイザーは喜ぶ人々へ一瞥もくれず、未だ鉞を握りしめたまま倒れるカリメギスの胴へ魔剣を振り下ろした。魔剣はカリメギスの胴を捉えるが、輝く胴鎧に刀身があっけなく弾かれ、シャイン・ガイザーは後ずさり魔剣を構えた。首の無いカリメギスの鎧が立ちあがり、地を揺らし緑青色の全身が震えると時間を巻き戻したかのように、瞬く間に頭部が再生した。時同じくして、中層テラスの壁を青い残光が走りファオウルが八階へ突入した。中層の人々はフクロウのように身を縮めファオウルの通り道を作り、赤銅のファオウルは盾を構え跳躍しカリメギスの背後へ降り立った。カリメギスはすり足で距離を測るファオウルを尻目に二本の鉞を交差させ大斧の刃先をシャイン・ガイザーの魔剣へ突き向ける。
「くすんだファオウルよ、食い残しは嫌いか?」
カリメギスの軽口へ、盾を構えたファオウルが突撃する。カリメギスの斧が輝き唸る。風を唸らせる斧はファオウルの盾へかち合う。大斧を受け止めたファオウルの足元が加重により粉砕し三人の魔人は七階へ落ちる。シャイン・ガイザーは空中で振り抜かれたカリメギスの斧をかいくぐり輝く魔剣を薙ぎ、魔剣は吸い込まれるようにカリメギスの左足を切断した。床へ倒れ込むカリメギスの胸へファオウル渾身の銀の魔剣が煌めくと猛然と突き出された。カリメギスは斧の平で一撃を打ち反らし、大斧の石突きでシャイン・ガイザーを突く。石突きを魔剣で受け止めたシャイン・ガイザーは踏ん張りが効かず、七階玩具売り場で音の鳴るぬいぐるみコーナーを引き倒し転がり、一帯で騒がしいおもちゃの台詞が鳴る。シャイン・ガイザーは起き上がろうとカウンターへ手をつくが、自重で台が割れ値引きされた入浴剤が兜を転がる。立ち上がったカリメギスの頭部へファオウルの盾腕が輝き、盾を叩きつけた。解放された盾腕の力は盾の縁を伝い緑青の兜を砕き揺らすが、カリメギスは床へヒビを立てて踏みとどまり大斧を振るってファオウルを打ち返し、七階吹き抜けから階下へ突き落とした。全力で大斧を振り抜いたカリメギスの輝きを失った胴へシャイン・ガイザーの魔剣が突き立つ。シャイン・ガイザーはカリメギスの腕ごと胸を貫く魔剣を握りしめ、一点を見据えたシャイン・ガイザーは全身の力を振り絞り吹き抜けへ走る。吹き飛ぶファオウルが崩した雑貨売り場を走り抜け、二人は真っ逆さまに二階へ落ちていった。




