勇者の剣 後編
前田くんの訃報を聞いたあの日から既に2週間が過ぎていた。お母さんにはファオウルとの事情を話し納得してもらった。久し振りに登校した僕たちのクラスは誰もが暗い顔をしていたがお互いの顔を見ることができ安堵していた。結局クラスでは前田くんを含めて七人が亡くなっていた。他クラスは悲惨で十人亡くなっている所もあったそうだ。その子達は皆、一家皆殺しか行方不明となっており、親戚が遺された頭部を焼きに出したそうだ。僕は鈴木くんと赤尾くん、それから他クラスの友人と抱擁を交わし席へ着く。クラスの席は半分以上が空いており、教鞭は居なくなった担任の代わりに教頭先生が取りに来た。平坦な声で展開される退屈な授業もやたら目が冴え内容にも集中できた。ふと窓を見るとビルの上に赤胴色の光がうろついているのが目に入る。ファオウルは何をしているんだよ。ビルの上を跳ねファオウルは徐々にこちらへ近づいてくる。遠くから見る彼は小さくてまるでバッタのようだ。
「おい。もう終わってるぞ。俺を見てどうしたよ。」
鈴木くんに小突かれる。鬱陶しい彼にどうしても頼もしく、懐かしく感じる。
「何でも無いよ。今日から暫くは早帰りだったよね、もう帰りか。」
最前席の赤尾くん立ち上がり真っ直ぐ寄ってくる。
「実はさ、俺おじいちゃんの家に暫く帰ることになった。今週の日曜日には此処を出る予定。」
今すぐにでも出て行った方が良いが、なにはともあれ良いことだ。
「それはまあ当然か。ここのところ街はずっとおかしかったし。駅だよね、君の見送りに行かせてほしい。」
僕の言葉に赤尾くんは頷きありがとうと呟いた。
「俺も行くよ。佐々木の言う通りだ。ホントに街がどうかしちまってる。佐々木、絶対親と来いよ。お前、一人で来そうだからな。」
何と言われようと僕は一人で行くつもりだ。適当に相槌を打つと、鈴木くんが急に僕の両肩を鷲づかみし、彼のレンズ奥の瞳が僕の目を覗く。
「俺は本気だ。もう死んで欲しくないから頼んでるんだよ。」
彼は肩からパッと手を放すと不機嫌に帰って行った。
登下校路には警察官が等間隔に警備し通り過ぎる僕たちの中には面白可笑しく敬礼をする奴もいた。不足する警察官の配置は僕の家の並びまで来ると途切れ、僕は一人で車一台分の狭い路地へ差し掛かると、
「学校だったか。ああいった場所は時間帯や文化の違いで確実性が無い故、以外とエネルギー回収効率が悪い。私も祝日だったのだろうか、無人の学び舎へ入ったことがある。学校に居るときに満月が来たら急いで図書室の用具入れに隠れろ。先程人が入れるか確認しておいた。我々なら先ず狙わない安全地帯だ。行くとしても警報が鳴った状態で緊急避難所として設定される体育館くらいだろうからな。」
ファオウルが僕の隣へ降り立ち報告をしてくる。
「それでこっちに来ていたのか。わざわざありがとう。」
僕の言葉へ肩をすくめて戯けるファオウルは、昼の太陽に照らされた小手が光を反射させ空を指差す。
「空模様が可笑しい。ヴァザーゴの仕業だろうが、これでは何時満月になってもおかしくない。友達の見送りは止めておけよ。駅周りは間違いなく狙われる。」
それにしても何で僕から食べ物を貰うのだろう。あんなに早く動けるのであれば盗むことだって簡単だろうに。
「高速で盗めば良いのに。」
うっかり声が漏れた。
「何を言っている。姿を隠して盗むなどという行為をするくらいなら死んだ方がましだ。実に愚かだ。獲物は手ずから殺すか奪い取り、お前からは交渉によってエネルギーを得ている。つまり、我々はエネルギーの獲得に関して正当性を持っており、これは魔人の誇りなのだ。」
怒り肩でファオウルは騒がしく身振りをして憤慨する。この人たち、何だかヴァイキングみたいだな。そう思うと隣の騒がしい魔人にも親しみが少しわく。
「そうだね。君たちは皆そうだ。」
魔人を理解していく自分が怖い。一線を越えた彼らの中には恨みなど無いのかもしれない。そのような相手は殺せば良いのだから。
「だから、君たちは滅ぶのかもね。」
「戦いが我々を疲弊させたと?」
ファオウルの問へ頷く。
「まさか、我々は留まりすぎたのだ。お前にも分かりやすく地球の物で例えると、我々はあらゆる世界を行き来する遊牧民或いは羊だ。食い尽くしては移動を重ね、ここ最近は移動距離が短く、気がつけば周囲の世界は消え果てこの世界を食らうしかなくなったのだ。つまり偶々だ。我々の道徳を惰弱な人間らの道徳性に基づき説かれる筋合いは無く、共有も出来ない。ここに議論の余地は無い。」
否定は出来ない。この剽軽な魔人は想像以上に義理堅い事はこれまでの約2週間でわかった。先週、僕も協力したが彼はwebデザインの仕事で稼いだお金で隣の県にある遊園地へ行ったことも聞いた。お礼のチョコの包み紙はまだ机にある。一緒に歩く僕たちは門へ着いていた。
「警告はした。戦いが始まれば命は確約できず、魔人の戦場にお前の居場所は無い。」
「解った。気を付けるよ。日曜は友達を見送ってから何時もの展望台で。」
振り返りもせずひらりと手を振ると。伸びる影も僕へ手を振っており、ファオウルらしさを感じた。
駅に集まる僕と鈴木くんは駅前で向かい合っていた。頬が痛む、やはり一人で来たのが頭に着たのか鈴木くんに殴られてしまった。鈴木くんの両親は赤尾くんのお母さんと近くの大きな時計で談笑を続けている。
「じゃあまた。いつになるか解らないけど。」
赤尾くんはぎこちなく笑い僕たちを見る。僕たちは赤尾くんと握手を交わすと赤尾くんのお母さんたちも来た。ちょっと日用品を買い忘れたようだ。それから、僕たちに小さな財布を渡して。
「私達二人の駅弁を買ってきてくれないかしら。お菓子は皆一つまでならOKよ。武、改札前のロータリーで待ち合わせ、良いね。」
鈴木くんは親を見て確認を取ると、「ありがとうございます」と言い終えるや否や僕と赤尾くんの手をむんずと掴み駅構内の広い売店へ駆け出した。引っ張られる僕らは目を合わせ力なく笑う。
満月が引き上がるように空の頂点へ打ち上がる。魔界からの光が大型モールへ降下する。
「来たか。さて、どっちかな。」
病院のヘリポートに座り込んだファオウルは立ちあがり風となり下界へ飛び降りた。駆ける赤銅の風は青い残光を残して人々を縫い、パトロール中のパトカーを追い抜かし魔人へ向かう。休日の人が戻ったモールのガラス張りの天井下には陽気なピアノの調べが流れ、多くの家族、持て余した学生等々がごった返していた。降り注ぐ光は天井を打ち破り、二本の鉞を掲げた魔人カリメギスが粉々に砕けたガラスと共に和気藹々としたモールの広場へ降る。カリメギスは広場中央のピアノを砕きながら着地する。陽気な広場は水を打ったように静まり返る。
「シャイン・ガイザーが来るまで何人殺せるかな?」
カリメギスの虐殺が始まった。
悲鳴一つ聞こえないモールへたどり着いたファオウルは銀の魔剣を構え、血塗れの生首転がる広場へ足を踏み入れた。視線のみを移動させ床の踏み込みによる床に付いたすり傷の跡を見る。傷はモール上階へ繋がっており鮮血が上階から垂れている。ファオウルは剣で首筋を護りながら首を回し上階を見渡すがカリメギスは見当たらない。血塗れのベビーカーの車輪から血が滴る。ファオウルは耳を澄ませながら血を避け、奇襲を警戒し階段を上る。二階へ着いたファオウルはすすり泣く声に気がついた。衣服店の奥からその泣き声が聞こえる。ファオウルはその声を無視し三階へ上がる。三階はゲームコーナーやCDビデオショップ、トレーディングカードコーナー、おもちゃコーナーが設けられている床一面に鮮血と玩具がばらまかれていた。ファオウルはすかさず対岸を見る。その三階の通り道にも玩具が敷かれていた。ファオウルは再び二階へ降り衣服屋の前で屈むとハンガーラックの裾から横たわる店員であろう女性が4人ほど転がっていた。耳を澄ませるファオウルは二人の人間が生きていることを教える。立ち並ぶ柱の位置を確認したファオウルは青い残光をカウンターへ叩きつけた。カウンター下から伸びる二本の鉞が銀の魔剣を打ち返し、緑青色のカリメギスが姿を表し二階の手摺際で対岸の三階ゲームコーナーへ飛び込んでいった。ファオウルも魔剣を握り直し、緑青の背を追う。二人が飛び込んだゲームコーナーは着地したカリメギスへセンサーが反応し一斉に起動する。ファオウルは魔剣を構え起動する筐体へ走る。所々でカリメギスが減速し意図的に鳴らされるセンサーにファオウルは攪乱され投擲された鉞が首へ迫る。ファオウルは風切り音へ反応し鉞を打ち返し背後のカリメギスへ斬りかかる。カリメギスは迫る魔剣を残る一本の鉞で打ち逸らし、弾き返された鉞をつかみ取りファオウルの脇目がけ切り上げるが、ファオウルの健脚がカリメギスの面を蹴り飛ばす。緑青の破片をまき散らし、カリメギスは一階のクレープ屋へ受け身も取れず落下する。
ファオウルはすかさず階下を見るが一階には砕けたクレープの屋台しか無く、ファオウルは階段を一段下るように三階から一階へ風を切って落ちる。床のタイルをたたき割って着地したファオウルは剣を構え、クレープ屋へ向かうが辺りには痕跡が無い。そこで、ファオウルはメインエントランスから離れた方のエレベーターホールからもの音を聞きつけた。ファオウルの視界には三階へ跳躍するカリメギスの姿が映る。血みどろの一階を走り抜けファオウルも一跳びで三階エレベーターホールへ着地すると猛然とカリメギスが斬りかかる。振り下ろされる鉞を打ち上げ更に迫る鉞を持つ手首を青い残光は通り抜ける。しかし、切断されたはずのカリメギスの手首は瞬時に接着され鉞を振り抜いた。疲労する様子を見せず凄まじい再生速度を誇るカリメギスに瞠目するファオウルは魔剣のガードを立てて辛うじて鉞を受け止めるが、勢いを殺せずカリメギスの豪腕に押され背中から一階へ床にヒビを走らせて落ちる。
「ファオウル、お前から殺してやろうか。」
再生した手首を確かめながらカリメギスは階下を冷笑と共に見下ろし、立ち上がったファオウルは仁王立ちのカリメギスを睨み上げる。ファオウルの身体がぶれ一階へ止まるエレベーターへ突撃した。エレベーターの扉をこじ開けた中に入ったファオウルは重量過多の警告音聞きながら踏ん張ると天井を開け一気に跳び上がる。シャフトを蹴り飛ばして扉へ飛翔し、厚い扉を魔剣で切り裂いてカリメギスへ突撃する。カリメギスは飛び退き反撃の一撃を振り下ろすが、ファオウルは身をよじって躱す。鉞は僅かにファオウルの胴を削り床へ着撃し、衝撃が二階の天井を崩す。もう一方の腕を唸らせてカリメギスが首を両断する追撃を繰り出した。ファオウル床へ片手を突き、床を切り裂きながら魔剣を切り上げた。カリメギスの腕を青い残光が通り過ぎるが、ファオウルは剣を斜めに走らせカリメギスの胴から腕を切り離す。ファオウルは切り裂いた床が崩れ、白い粉を舞わせて二階へ落ちた。唸るカリメギスは切断された腕を拾い上げ、瞬時に接着と再生し非常階段へ駆ける。建材に汚れたファオウルは追撃を警戒し剣を構えるが、カリメギスの非常階段へ駆ける音を聞きつけ二階の非常階段口を蹴り飛ばし階段を駆け上がる。カリメギスはモール屋上へ着くと、両手の鉞を交差させ柄の長い一本の両刃の大斧を作り出し、更には鎧を輝かせファオウルを待ち受ける。剣を斜に構えたファオウルが非常階段口天井を打ち破り飛び出す。カリメギスはファオウルの足へ大斧を唸らせて大ぶりに降る。ファオウルは足を畳み、銀の魔剣を振り下ろすが、跳ね上げられた石突きが刃を弾く。カリメギスの鎧と斧が一際輝く。輝くカリメギスは唸り、間髪入れず縦回転させるように大斧を振り下ろした。咄嗟に斧を魔剣で受けたファオウルはカリメギスの剛力に身体ごと弾き飛ばされ、重い身体はガラス張りの天井を突き破ってモールの広場へ落ちていった。




