魔界が月を照らすとき 前編
「魔界の光が月を照らしている。遂に来たか。」
シャイン・ガイザーはあの人気の無い公園から月を見上げていた。昼間の控え目な月が魔界から発射された光線に当てられ、第2の太陽のように怪しく空を光る。光を浴びた白磁の鎧がより白く漂白され、己の力が回復することをシャイン・ガイザーは感じた。月から流れた光は円柱状の建物が幾つも聳える地帯へ落下し、彼はそれを見逃さず地面を蹴って一目散に向かった。
僕、佐々木靖弥の住む盈浜市は海に面した市で江戸時代に宿場町として発展したそうだ。更に山地も北側にあり高地栽培が・・・。南では工業として・・・。・・・。いけない瞼が。
どうやら、僕は寝ていたらしい。授業はもう後半で教科書は細々とした福祉制度まで進んでいた。辺りの机には開かれた地図帳と白黒の資料集が並ぶ。僕は隣を盗み見ながら教科書をはぐる。ページをよく見るために身を乗り出すと、何とページが色ペンで大きく書かれ見やすくなっていた。僕が視線を上げるとめがねをかけた・・・何とか君がサムズアップをする。ばつの悪い笑みを浮かべた僕は大急ぎで資料集のページも開き、机の上で小さく親指を立てる。こうして何とか授業を乗り切った僕は深く息を吐き出し机へ突っ伏す。吐いた息が机を結露させる。
「やっぱりつまんなかったな。あいつの授業。」
快活な声が僕の頭へ降ってくる。僕は頬をペタリと生温かい机へ付け、ちらりと仰ぎ見た。めがねの何とかくんが白い給食当番用の巾着袋を肩に掛けてこちらを見下ろしている。
「ああ、吉田君。さっきは有難う。」
めがねの彼はかぶりを振ると。
「吉田じゃ無くて鈴木だよ。あんまり寝てると、何にもわかんなくなるぜ。」
よけいなお世話だ。テストなんて解答が問題文に転がっているのだから授業なんて聞く必要が無い。
「ごめん、鈴木君。気をつけるよ。」
形だけの謝罪に呆れた鈴木君は「どうも」と言って教室を出て行った。突っ伏した体を起こすと視線は自然と窓の向こうへ走る。汚れた窓からは昼間にも関わらずスーパームーンのようにまん丸く照らされた月が浮かぶ。その月を見た僕は吐息で濡れた頬をハンカチで拭き、シャイン・ガイザーのことを思い出した。一ヶ月前に彼に会った不思議な体験の後、僕は彼に会いに行っていない。僕は彼の纏う信念が怖くなったのだ。彼はまだあの場所に居るのだろうか
ジッと月を見つめていると1本の光が月から下界の街へ走る。僕は教室を見渡すが、誰も気づいていないようだった。そこで僕ははっとした。
「昼間に月が満月になるなんておかしい。」
椅子を引いて立ち上がった僕は窓へ駆け寄る。怪しく鈍い光を放つ月は工業地域を俯瞰し光は枝のような建物から漏れ見え、何度か点滅を繰り返すと光は消え沈黙した。
「ちょっと、机。運ぶの手伝ってくんない?」
背から声がかかり、ぽっかりと口を開け、窓を見る僕は現実へ戻る。「解ったよ」と慌ててガタガタと机を組み合わせる。窓から射し込む光は強く少し眩しい。
「ねえ、外の月が大きくない?」
向かい合って机を運んでいた何とかさんの反応を伺が、怪訝な顔の何とかさんは首をかしげ。
「月ホントだ!よく見えるね。あたしあんなの見たこと無い。」
やっぱりおかしく見えるのか。いよいよもって、シャイン・ガイザーの話が信憑性を帯びてきた。僕は一人身震いした。
「そうかもね。・・・答えてくれて有難う。」
怪しい月は消えない。
シャイン・ガイザーは走る。正に風のように駆けた彼はアスファルトを撓ませて駆けた。グングンと過ぎ去る景色、シャイン・ガイザーはお昼に向かう人々を縫うように軽々すり抜け、人々は風を感じたが気にせず談笑や折りたたみ携帯でブログの確認をしていた。街を駆けるシャイン・ガイザーが大通りを曲がると、正面には黒い甲冑のサブナールがたたずんでいた。サブナールは腹から声を轟かせ、
「儂は見た、お前が珍妙な名を名乗り。燃え盛る、バロムへ躍りかかった所を。必要にバロムを追い回しその魔剣で殺害した所を。申し開きはあるか?」
朗々とした声が昼の街道を響く。シャイン・ガイザーは立ち止まらずデモン・セイバーと呟く。黒鞘の扇状に開き魔剣が飛び出す。サブナールは照り射す太陽の光をギラリ鎧へ反射させて、湯気のように力が湧き出た棍棒を振りかぶりシャイン・ガイザーを待ち受ける。そそり立つシャイン・ガイザーは逆手に柄を握り締め全速力でサブナールへ激突する。両者が近づく、サブナールは踏ん張り棍棒を振り下ろし走り込む白磁の鎧を粉砕する機会を伺う。シャイン・ガイザーが闘気滾る棍棒の間合いに入る。漆黒の棍棒がうなり白磁の兜へ当たるが、シャイン・ガイザーは身体を傾け致死の攻撃を避ける。しかし、躱し切れず壮絶な一撃はシャイン・ガイザーの右肩の鎧をひしゃげさせアスファルトへ激突した。アスファルトは砕け両者は落下し、空中でシャイン・ガイザーは魔剣の柄頭をサブナールの黒い胴へ叩きつけた。サブナールへの一撃は霞のように立ち消え、反撃とばかりに放たれた黒曜石のような黒い小手がシャイン・ガイザーの面を殴りつけ、崩壊した水道管へ彼を激突させた。
晴れた日にずぶ濡れになった二人は崩落した穴で向かい合う。崩落した穴へ驚いた人々が穴へ集まり始める。水をはねさせシャイン・ガイザーが剣を納め、棍棒を振りかぶったサブナールへ駆け出す。またも黒く毒液を滴らせる棍棒がシャイン・ガイザーの頭部を狙うが、右腕がひしゃげたため彼のバランスが崩れ足が鈍くなる。目測を誤った一撃は空を切って地面へ吸い込まれた。シャイン・ガイザーの左腕が光る。バイパスを突き破って巻き上がった水柱を輝く拳が突き抜け、分かたれた水柱から拳を繰り出すシャイン・ガイザーが現れた。拳は黒い甲冑を打ち上げた。棍棒を握りしめたままサブナールは引き付く磁石のように崩落した穴の縁へ叩きつけられアスファルトを下から突き破り、地上へ放り出された。シャイン・ガイザーは吹き込みでめり込んだ足をバイパスから引き抜き地上へ飛び上がった。地上へ跳ね上げられたはサブナールはコンビニエンストアへその巨体を飛ばし仰向けに倒れた。彼の胴鎧は拳に捻られ打撃痕の周囲が盛り上がり、黒々とした面貌へヒビが走る。激痛にサブナールはうめき、床に転がるカップ麺を握りしめた。紙で出来たカップ麺の包装容器が破け、破けた隙間から破片になった黄色い麺が子ネギと共にこぼれ落ちる。店内の客や店員が慌てて駆け寄るが、彼らが横たわる巨漢へ恐る恐る声をかける前にスクッと黒い甲冑は大木のように立ち上がり棍棒を店内で振り回す。棍棒からは魔界の猛毒が分泌され店内を汚染する。猛毒は店内の人々を襲い、彼らは呼吸がままならず水中で溺れるように藻掻く。サブナールは目の前の店員を押しのけ、覚束ない足取りで店内から身をかがめながら出る。ザクザクと割れた硝子を踏み割りひさしから身を出したサブナールへ白い風が弱った胴鎧へ叩きつけられた。サブナールは更なる痛みに呻き、割れた黒い面貌から燃える目玉をぎょろつかせた。苦し紛れに棍棒を振り、その一撃はシャイン・ガイザーの胴を捉え雑居ビルへ彼をたたき込んだ。手負いのサブナールは胸を押さえ黒い風となり通りを駆け抜ける。壁を打ち破って吹き飛ばされたシャイン・ガイザーは電卓を叩き割り、金属の棚を引き倒し薄緑の事務所床へ倒れる。オフィスマンが仰向けに倒れた彼へ近寄り、
「あの。大丈夫ですか?」
と問いかけるとシャイン・ガイザーは咳き込みながらむくと起き上がり、オフィスマンへ顔を向ける。
「心配有難う。私はこれで失礼する。」
シャイン・ガイザーは突き破れた壁を跨ぎ、白い風となってサブナールを追う。




