勇者の剣 中編
朝食の後、僕は携帯を再び開きメールボックスを確認していた。次々と情報が入ってくる。同じ内容を繰り返し報道するニュースへうんざりした僕は、ソファーから立ち上がり二階へ駆け上がってパソコンを立ち上げるとニュースを確認する。監視カメラに映る談笑に興じているような、見たことの無い二人の魔人達の姿がピックアップされており、死者が約300人になっていた。一体何棟の人達が殺されたんだ。目にとまらないシャイン・ガイザーと盾を構えた魔人、確かシャイン・ガイザーはサオロスと呼んでいたか。その戦いを思い出し、彼等なら出来るそう確信して身震いをする。平和ボケした人間があんな自重で床が割れる魔人に敵う訳がない。携帯が震える。災害用伝言ダイヤルだ。
「赤尾君の声だ。」
僕の呟きへ重ねるように音声が再生される。
『佐々木。お前は生きていて良かったよ。電話はパンクするし、これもいつ混線するかわからない。今は外出は親に止められて。他のクラスでも見つかった奴がいるらしくてさ。全くもって、どうなってんだよ!俺は鈴木の言うことを話半分に聞いていたけど、こんなの信じたく無いけれどあいつが正しいじゃないか!あの化け物は何だよ、何でこの街にあんなことをする奴がいるんだよ!』
恐怖に取り乱す声が支離滅裂に情報を伝えて僕の耳をつんざく。
「・・・。」
僕は録音へ何も言えないし、彼の心を落ち着かせる言葉が思いつかない。ただ黙るしか無かった。
『前田と最後に話したの俺だよ。あいつの猫背治しのハーネスを買ったばっかりなんだぜ。俺はどうしたら良いんだよ!・・・畜生、鈴木も含めてお前達に早く会いたいぜ。』
耳元から涙声で微かな声が漏れ出る。僕は目を瞑り、思いを馳せる。赤尾くんはきっとボードゲームの事でも考えているのかもしれない。僕はシャイン・ガイザーへ思いを馳せた。お父さんが言っていたようにきっとシャイン・ガイザーは死力を尽くしたんだ。でも、魔界は一人じゃ勝てないからもっと大勢少なくとも三人以上で攻めてきた。昨日、シャイン・ガイザーが僕の元へ来たのもきっと街の人達を守るためだろう。街へ逃げた魔人による被害を考えてのものに違いない。
くぐもった泣き声が鳴る携帯の再生を終了し、僕は手早く着替え携帯をポケットへ仕舞うと階段を降りる。せめて僕だけでも彼へありがとうって伝えないと。鈴木くんと赤尾くんの声が再び僕を奮い立たせシャイン・ガイザーへ会う決心を付けさせた。彼と話して僕の出来ることを模索しなければ。
決心を固めた僕でもシャイン・ガイザーがもう食べ物をエネルギーへ変換できないことを、一生懸命に料理をしたお母さんには伝えられず、大きなバスケットを手渡された。中には胡椒の効いたサンドウィッチと彼が好きな煎餅がたっぷりと入れられていた。罪悪感を覚えつつ宝物のように胸の前にバスケットを抱える。歯切れ悪くお礼を言う僕の背中をお母さんは軽くさする。照れくさくなり外へ飛び出し青天の空を自転車に乗り駆ける。人っ子一人居ない街を抜け、ふと目線が籠に乗るバスケットへ落ちる。どうすれば良いんだ。この量は一人じゃ食べきれない。そちらの方が僕を陰鬱な気持ちにさせた。きっと、この状況でもシャイン・ガイザーなら笑うだろうな。夏の風が展望台へ僕の背を押し緑生い茂る川縁を青い自転車がチェーンを鳴らして橋の上を走る。シャイン・ガイザーのことを考えると思考が明るくなる。僕が彼のように強くなったみたいで心配事がただの出来事に換わる気がする。
「お前、ご機嫌だな。良いことだ。」
爽快な風を割って走る僕の頭上から昨日の魔人の声が降る。恐怖に足の筋肉が張り、僕は力一杯ペダルを漕いでシャイン・ガイザーの元へ急ぐ。
「ササキよ、無駄だぞ。シャイン・ガイザーは眠っている。次の満月まで目を覚まさないだろう。」
知ったことか。自転車を乗り捨てバスケットも持たず四つん這いになりながら坂をのぼる。僕の背後から呑気な「おーい」と魔人が声をかけてくるが死に物狂いで走る。息が切れ、口が半開きになり咳き込む僕は薄暗い丘道を抜け光に包まれた広場へ飛び出した。青々と茂る草地に倒れるシャイン・ガイザーがいた。心臓が跳ね上がり、胸を打つ鼓動が早まり少し目眩がするが僕は霞む視界を振り払い彼へ駆け寄る。倒れるシャイン・ガイザーの鎧は色を失い、乾いた土に塗れた鎧はうっすらと白く汚れていた。
「まだ死んではいない。まだまだ、こいつは戦えるだろうな。今はエネルギーの節約のため眠りこけている。」
僕の背後に魔人が立ち両手にはバスケットが抱えられ腰には青い鞘の剣が下げられている。魔人の冷淡な視線が僕へ注がれている。不遜な魔人様子は確かに恐ろしいが、今は怒りの方が強い。僕は震える膝を鳥肌の立つ腕を打ち上げて力一杯殴りつけ、大声で怒り奮い立たせて立ち上がる。
「お前はその様に恐怖と戦うのか。あの時、私へ踏み出したように。」
魔人は抱えたバスケットを僕へ差し出す。手を伸ばしバスケットを受け取るとき硬い魔人の小手に触れた。シャイン・ガイザーの物とは異なる角張った攻撃的な手だ。
「シャイン・ガイザーは殺さないこの玉を返しに来たのだ。今の奴ではザラガスとの戦いで足手まといになるからな。」
魔人は僕を通り過ぎシャイン・ガイザーの元で片膝をつくと勢い良く胸の鎧が開き、中から玉を取り出すとシャイン・ガイザーの胸へ入れると、倒れる彼の両肩を掴みプレハブまで引きずっていった。
「ちょっと待ってよ。」
「野晒しに、雨風の自由にするのは忍びない。」
ドア口に引っかかるシャイン・ガイザーの巨体を中へ入れるため、軽く一部の壁を引き剥がし魔人は中にシャイン・ガイザーを押し込んだ。そういえばこの魔人は誰だろう。入口で見守る僕は魔人へ呼びかけようとして、この魔人の名前が気になりだした。
「魔人の剣士さん。お名前は・・・。」
魔人は鎧を赤く照り返しプレハブから出てくると、
「私の名前はファオウル。腰の剣は魔剣コントラ・ブレード。訳あって暫くはシャイン・ガイザーと共闘することになった。少なくとも三度、魔界からの光によって満月が空に浮かぶまでは地球を守ってやろう。」
等と胸を張り朗々と語った。のんびりとした様子が気に食わない。
「何故残酷に人を殺すのかな?部屋一杯に生首を詰め込んでいたそうだけど。」
「生首だろ。胴体はエネルギーへ変換したはずだ。我々魔人は自身で糧を得た証拠を残す。おまえ達も買い物袋を食っていないだろ。私はこの街を事細かに見ているのだぞ。」
ずれているが、訂正することは出来なそうだ。僕はバスケットを開くとファオウルの目が中へ注がれる。
「これをエネルギーに変換して良いから。エネルギーのために人を襲うなよ。」
尖った指先が煎餅の袋を軽く触ってよけるとサンドウィッチを覆うラップを摘まみ上げた。中からは食欲をそそる香りが流れ、ファオウルはハムサンドを一切摘まみ上げた。
「これがか。」
サンドウィッチは瞬く間に塵に変わる。暫くファオウルは考え込むと。
「良かろう。いずれ魔界のエネルギーとなるのだ。そこの台で続きを貰おうか。」
一先ずはなんとかなりそうだ。熱のこもった息を吐き出すと膝に痛みが走る。膝の痛みに顔を歪める僕をファオウルは薄ら嗤い固い鎧の音を立てて台へ大股に歩む。取り残された僕は小走りでその背を追う。日に当てられて熱くなっていたデッキへ僕はしゃがみ込みリュックから取り出した氷の音が聞こえる水筒から冷たい水を飲んだ。乾いた喉と唇が潤う。
「お前は何をしに此処まで来たのだ?あの時もお前はこのような物を持ってきていたのだろう、なぜ此処にまた持ってくるのだ?」
僕は今日までのことを話した。するとファオウルはあぐらをかいて溜息をつくと、
「恐怖を踏みつける者ササキよ。お前は行動にぶれが多いな。意志薄弱とも言うか。お前の母へこのように言え。今シャイン・ガイザーは倒れており、共に戦う魔人ファオウルへ飯を届けることになったと。そのような嘘をつく意味が全くわからん。下らん嘘をついて私を失望させるなよ。恥じ入って土でも見ていろ。」
そう言うとファオウルは持ってきたサンドウィッチと煎餅を食い尽くし、音も無く展望デッキから飛び降りた。シャイン・ガイザーは倒れ、頭を垂れる僕へかけられる言葉は無い。でも、僕に出来ること事が見つかった。それなら前を向いて立ち上がって戦える。ファオウルは味方じゃないけどシャイン・ガイザーはそんなこと百も承知だ。
「僕はシャイン・ガイザーを信じる!」
空を仰いで魔界へ向かって僕は咆吼した。




