魔界召喚 後編
真っ暗な展望台に一人残された僕は懐中電灯を消しシートに鎮座する食べ物へ目をやる。お母さんが綺麗に蜻蛉柄の風呂敷で包んだ大きなお弁当の結び目が寂しく風に揺れる。むなしい。熱いのに体には鳥肌が立ち、無気力に弁当箱まで這う。ゆっくりと風呂敷を解き、蓋を取るとまだ温かみのある香りが立つが、これっぽっちも僕の食欲を刺激しない。お母さんが気を利かせてくれたのだろう中にはおにぎりがあの日と変わらず入っていた。中のおにぎりを一つ取り一口齧る。思い出のおにぎりなのに味がしない。口内の塊をやっとのことで飲み込むとつい言葉が口から溢れた。
「無力なんだよ、僕は。一人じゃ立てないんだ。」
想いが溢れ、怒りを叩きつけるように無我夢中でおにぎりを齧る。今も戦うシャイン・ガイザーとご飯を食べる僕。情けなくて悔しい。口いっぱいにおにぎりを頬張ったまま情けなく泣いた。僅かに空いた口からはうめくような声が漏れ出る。顔が思わず下がるが力の限り顔を上げてそそり立つ光の柱を見る。まだ光の柱は立っている、シャイン・ガイザーが止めるまでは。必死におにぎりを飲み込み両手の五指を土へつけるとちょっとぬかるんでいて指へ絡みつく。今までで一番大きな声をあげて震える足を力一杯踏ん張ると、僕の四肢がゆっくり僕を立ち上がらせ、月に僕の顔が近づいた。僕には見届ける義務がある、彼と共に戦う人間として。
「勝って帰ってくるんだ、シャイン・ガイザー!」
一歩、歩み出して光が立ち上る月へ力の限り叫んだ。
街中を走るファオウルは背後の夜景にビル群を跳ぶシャイン・ガイザーを見る。シャイン・ガイザーの黒い鎧は階下の街灯照らす街中の光を受けファオウルを追い抜かす。ファオウルは銅色の輝きを流し、急ぎフロセスの元へ駆ける。薄暗く狭苦しい魔界中央に位置する大鏡は光の柱へ駆ける二人の魔人を煌々と映し出し、その光景を見た黄金を纏うザラガスは座り込み言葉無く目を剥いた。腰紐に二本の鉞を下げるカリメギスは呆れたように鏡とヴァザーゴへ交互に目を移し快活な笑い声を上げ、腕組みをするヴァザーゴへ語りかけた。
「ヴァザーゴ殿。これは面白いことになった。魔人達がそれぞれの思惑を抱き、三つ巴を描いている。更に間抜けなことにフロセスはのんびりと魔界を見上げている。あの世界には狂気で満ち満ちているのか?儂は是非とも地球へ行きたくなったぞ。」
ヴァザーゴは鏡へ身を乗り出し興味心身に見つめるカリメギスを尻目に近くの岩に腰かけ左手で兜をずらし右手の二本指で首筋を軽く触った。
「フロセスの頑張り次第だな。今の魔界は収縮し今までよりも遙かに小さい。そのため召喚する時間は短く済むはずだ。要はこの魔界が通れる道が作れれば良いのだ。魔界の端など多少は切り捨ててでも地球へ入り込んでやる。」
ぎょっとザラガスは立ち上がりヴァザーゴを睨む。勢いよく立ち上がったザラガスは石突きを地へ打ち付ける。鈍い音が辺りへ響きカリメギスは両者へ振り返った。
「そこまでする必要は無い。この世界は一時放置し他の世界を攻めるべきだ。魔界を削り、地球を得たとしても状況は変わらないことは解っているだろう。」
「手頃に攻められる世界が今の魔界付近には無い。地球の未利用エネルギーは非常に多く、依然として厳しい状況が続くことは事実だが、より多くのエネルギーへ手を伸ばすきっかけにも繋がる。それに地球からの光を見よ。完璧な角度で光がこちらへ届き、一切の無駄なく道が広がり続けている。一時間も経てば魔界は地球を、膨大なエネルギーとして迎えるだろう。此処が正念場だ、我々は踏ん張りこの難局を打開する他ない。」
いきり立つザラガスへ諸手を挙げてヴァザーゴは力説し、その様子をカリメギスは大きく頷きザラガスへ歩み寄る。
「ザラガスよ。フロセスが倒れたとしても我らが残る。必ず勝利し地球に倒れた皆を弔おう。」
黄金はしばし思案した後にカリメギスへ振り返り、
「ファオウルの考えも何処か解る気がする。これまで彼奴を見守ってきたこの目と耳が、魔界の王まさしく魔王にならんとする意図が。しかしその役はヴァザーゴ殿をおいて他に無い。」
と語った。同意を示すカリメギスは腰の鉞を一本振り上げる。ザラガス、ヴァザーゴも続き槍と魔剣をそれぞれ暗黒に染まる魔界の空へ掲げ決意を固めた。
「魔人の勇士達よ、魔界の形を整えろ。」
ヴァザーゴの言葉が二人を押し、三人の魔人は勝利のため魔界を奔る。
フロセスは飛来する風切り音に短剣を引き抜き、背の強固な盾を構えた。光の立つ駐車場に停まる白いワゴン車上へ潰しファオウルが着地した。陥没したワゴン車を噴水へ蹴飛ばしたファオウルは剣を納めるフロセスへ近づく。壊れた噴水から水があふれ出しマンション前の破壊跡が残る広場を濡らす。
「ファオウルか。その鞘、見事。よくぞ討ち取った。勇士の名に違わぬ強者ぶり。何やら調子が優れぬ様子であったからな、安心したぞ。」
フロセスは盾でファオウルの身体を小突く。ファオウルは頷くと盾を二度ほど小突き三歩離れる半身でフロセスの全身を視界に納めた。普段の覇気あるファオウルに頼もしさを感じたフロセスは意味も無く豪快な笑い声を立て、濡れ始めたアスファルトの水を剽軽に避け鍵の元へ向かうが、歩くような規則的に水の跳ねる音が耳へ入る。
「これは、どういう?」
フロセスが言い終る前にファオウルは魔剣を鞘から抜き放ち、フロセスの脳天めがけ渾身の力で魔剣を振り下ろした。迫る魔剣は盾を強かに打ち、よろけたフロセスは車へ倒れ込みドアがへこみハンドルをへし折り車内へ倒れ込む。
「私は魔王だ。私は私のためにある!」
「狂ったかファオウル。」
フロセスは助手席ドアを突き破り、車をファオウル目掛け蹴り飛ばす。転がる車をファオウルは飛び上がり軽々と避ける。彼を注視するフロセスの頭部をシャイン・ガイザーの蹴りが強かに打つ。黒い爪先が突き立ちフロセスの面具が拉げ、勢いのままに駐車場を越えてマンション共用のゴミ収集所へ青白の鎧が叩き込まれた。光の柱へシャイン・ガイザーは浸水した床の水を跳ね上げ向かうが、全身から光を放つフロセスが短剣を投げ、ゴミ収集所から飛び出す。フロセスの踏み込みで建屋が崩壊しゴミがこぼれ落ちる。飛来する短剣をシャイン・ガイザーは避けきれず、黒い脛当てがゴムのように裂け中から赤い皮膚が覗く。突撃するフロセス目掛けファオウルが風を纏い、魔剣を突き出すが、青い残光は盾に逸らされパーキングブロックを羊羹のように断ち切る。フロセスの盾縁がファオウルの肩を打ち、フロセスはよろめくファオウルを抜ける。シャイン・ガイザーは突き立った短剣を引き抜き鍵に向かって腕を唸らせて投擲する。フロセスは盾を短剣へ投げ当て鍵を死守する。フロセスが鍵の前に立ちはだかると急激に光の柱が広がり柱の先には暗黒の世界が見え始めた。
「おお。空に地球が見えてきた。間もなく我らの勝利だ。」
鏡の間に集まったヴァザーゴ達は空を見上げる。空には地球の佐々木靖弥の住む盈浜市の夜景が広がる。鏡には地上の戦闘が映し出されている。
盾と短剣を拾いあげたフロセスへ鞘を装着した魔剣をシャイン・ガイザーが振るい、二人は光の柱の中打ち合う。全身から光を放つフロセスによる盾の一撃を警戒しシャイン・ガイザーは攻めあぐねていた。戦う二人へ青い残光を引きファオウルがシャイン・ガイザーの背を抜け、フロセスの胴鎧目掛け突きを放つ。フロセスは咄嗟に盾で銀の魔剣を弾き、短剣シャイン・ガイザーへ向け牽制する。不用意な牽制へすかさず黒い鞘がフロセスの短剣をすくい上げると、流れるように黒鞘は胸を打った。鞘の一撃はフロセスの胴鎧を打ち壊し中から美しい鍵がこぼれ落ちる。シャイン・ガイザーは鍵をつかみ取ると、地面へ突き立てられた鍵の元へ疾走する。走る黒い背中を短剣が切りつけるが意に介さず走る。シャイン・ガイザーの背を追うフロセスへファオウルは猛然と魔剣を輝かせ斬り付け引き留める。更に柱が広がりマンション街を包み込む。暗黒の世界が空に広がりヴァザーゴ達の立つ魔界が揺れ魔界の空が光を放ち始めた。シャイン・ガイザーは黒鞘を振りかぶり。
「デモン・セイバー!」
鞘が扇状に開き鍵目掛けて射出される。決死の鞘がフロセスの鍵へ直撃し、音を立てて打ち砕く。鍵を打ち砕いた鞘は地面へ突き立つとピタリと閉じ鞘の形状へ戻る。鍵が壊れたフロセスは悶え、盾腕が痙攣し、呻き声を上げた。ファオウルの魔剣が逆袈裟に盾腕をかいくぐりフロセスの胴を狙う。死に物狂いに突き出された短剣がファオウルの腹部へ根元まで突き立つも銀の魔剣は振り抜かれ、盾に優れるフロセスの胴体は断たれ塵に変わり、美しい盾が音を立てて地を削り転がり落ちた。




