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魔界召喚 前編

 猛攻をしのぐシャイン・ガイザーは己の魔剣のたわみをつかみ取っていた。魔界へ帰らず修復が成されない剣は連戦によって壊れかけており、ファオウルの渾身の突きがとどめを刺した。迫る銀の魔剣をシャイン・ガイザーは剣の腹で弾くと魔剣デモン・セイバーは鎺から綺麗にへし折れ、折れた刀身は地に落ちる前に瞬く間に塵となる。折れた魔剣とせめぎ合っていたファオウルは魔剣を勢いのままに振り抜くとたたらを踏む。隙を晒すファオウルの目玉へ目掛け、シャイン・ガイザーの黒い指が深々と突き刺さる。鋭い指はファオウルの目玉を潰し、シャイン・ガイザーは刀身を失った魔剣が握られている拳を構え、悶えるファオウルへとどめを刺そうと力を込めた。フロセスはすかさずシャイン・ガイザーの喉を狙い短剣を横薙ぎに振るうも、折れた魔剣のガードで音を立てて弾かれ、シャイン・ガイザーは盾を蹴り飛ばし距離を取る。呻き黄色の血涙を垂れ流すファオウルは呼吸を整えると責める手を緩め、魔剣を構えたまま慎重に距離をゆっくり詰める。鬼気を失ったファオウルの前に盾を構えたフロセスが立ち塞がる。ファオウルへ目をやったシャイン・ガイザーはその場で二人へ背を向けると走り出す。

「逃げたぞ。」

豆粒のようになったシャイン・ガイザーの黒い背を見送るファオウルへ、盾を触るフロセスが責める。血涙跡が濡れるファオウルは彼の言を聞き流し、魔剣を握りしめて沈みゆく太陽を背に立ち尽くしていた。棒立ちのファオウルへ溜息を着いたフロセスは盾の土汚れを払うと再生させた盾腕を触る。

「心許ないか。ファオウルよ、先ずは回復だ。お前の分はあの別棟にある。」

「必要ない。あの死に損ないへ引導を渡す。」

フロセスはエントランスへ向かう足を止めて己の腕を指差すが、ファオウルは意に介さず硬い具足の音を鳴らし身じろぎをすると、シャイン・ガイザーを追ってマンション街の入り口へ己を奮い立たせるように足音強く歩み始めみるみるその背は小さくなる。

「落ち着けばお前は必ず勝てる。」

ファオウルの背へ声高に激励を飛ばしフロセスは彼を見送った。


 歩を進めマンション街からファオウルは抜け出すと魔剣の柄を握りしめ、身体をわなわなと震わせ怒る。

「勇士ファオウルだと。死に損ないに恐れる勇士などいるものか。」

シャイン・ガイザーへの敗北感がファオウルを鈍らせ、彼は己を惨めに感じた。頭上から響く虫の声が煩わしい。魂が抜けたように街を歩くファオウルは響き渡る五月蠅い虫の声の中に何か懐かしい鈴の音を聞き、ふと顔をもたげるとそこには親子だろう人間が二人、木枠のドアから出てきていた。午後にもなる、建物の窓からはお盆に少し残ったパンがさみしく並ぶ。ファオウルはじっと窓を見つめた食パンの表面に、ガラスから反射した己の姿が映る。何年ぶりかに見たファオウルは剣を持たない手で兜を触る。ガラガラと硬い音を立てて視界が兜と共に揺れ動き、思わず彼は身体を見下ろした。いつもと変わらない青銅のような色の鎧で包まれた身体が大木のように直立する。正気に戻ったファオウルは見つめる親子に気づくと風のように走り出した。無我夢中で走るファオウルは戦いを恐れる自分から必死で逃げていたのだ。

 

 疾走しほどけるように流れる風景に活気づく街中。ファオウルは人気の多い繁華街に来ていた。あちらこちらで話す人々、落ち着いた明かりに彩られた店、歩くと親子。珍妙なファオウルは注目されていたが直ぐに関心を失い、彼は道行く人々に溶け込んだ。ファオウルは悔しかった。魔界に無い物が地球にはあちらこちらに転がること、或いはそれを享受するの脆弱な人間に嫉妬している自分自身が情けなかった。大勢の群衆の中でファオウルは震える両手でゆっくりと兜を脱いだ。内臓をひっくり返したような体色の頭部が直に晒され、電灯の明るさへ目を反射的に窄める。改めて髪や顎の無い頭部を回し辺りを見渡した。滅ぼした世界には地球のような場所もあったはずだが、絶望的に荒廃した魔界で長く暮らすファオウルには新鮮に感じられた。兜を抱え街を人間のように歩く。赤信号で群衆と共に止まり、青信号で再び歩き出す。街を進み続ける彼は南に逸れ海岸沿いの桟橋辺りに来ていた。久しぶりに聞く穏やかな波の音に聞き入ったファオウルは誘われるがままに砂浜へ降りた。両足は自重で柔らかで湿気った砂へ潜り込み輝く脛を汚す。深い足跡を残し海岸歩くと時折足元からブクブクと空気が海水と共に湧き出しファオウルは飽きなかった。歩くファオウルはふと手に持つ兜から月光を反射させて左に見える街を眺めた。魔人の卓越した聴覚は道路を走る車の音やだだをこねる子供と叱る父親の声等の生きた音を捉え、空しく感じたファオウルは両膝を砂浜へ突き、手に持つ兜の面を手前へ向け覗き穴を見つめる。

「私は何を欲している。」

兜へ取り付けられた血涙の跡を残す無機質な面が冷淡に彼を見返すばかりで言葉は返さない。

「俺は誰だ!」

激昂したファオウルは赤みを帯びた青銅色の小手を伸ばし面を握り締め、力のままに引き剥がす。屑のように投げ捨てられた面は砂浜へ突き立ち灰が崩れるように塵となり、波にさらわれる。面の無くなった兜の内に映る醜い顔が彼を見つめるが、瞬きの間に面が修復される。

「俺はどうすれば良いんだ。」

嘆くファオウルは兜を胸に抱き目を閉じる。


 日がすっかり落ち空へ星が掲げられる頃、気力十分なフロセスは戦闘跡が残る別棟から少し離れた駐車場まで歩くと腰を下ろし、空を仰ぎ見た。空には未だ魔界に照らされた満月が周りの星々を押しのけ燦然と輝く。魔界の位置を確認したフロセスは胸から鍵を取り出すとゆっくり地面へ突き刺す。艶やかな小手が鍵の頂点をつまみ粘土のように地面を削って位置を調節すると鍵が眩く光り、その光は柱となって魔界へ滝のように落ちる。

「なんと美しい、久しぶりに打ち上げたな。」

腰へ手を当てそう呟いたフロセスは物音を聞きつけると。音を立てて目玉を回し音の主を探る。高く硬い音が無人のマンション一画に響く。仕事帰りのオフィスレディが重い買い物袋を駐輪場から引っ張り、疲れた肩を垂らして帰路についていたのである。彼女は煌々と灯りがつく崩れたマンションと駐車場から立ち上る光の柱に驚愕した。崩れていない三階の自分部屋の安否を確認した彼女は壁から漏れる水を避けエントランスへ向かうが彼女の耳へ重い金属音が一定の間隔で届き、その音は徐々に近づく。

「えっいやー、ちょっと。」

近づく音に怖くなった彼女は早足にエントランスコソコソと歩き始めたが、ヒールの軽い音が止み買い物袋は石畳へ無造作に投げ出された。ビニール袋から割れた卵の白身が溢れる。

「こいつは何をしに来たのだ。」

フロセスは頭部を握りしめた血塗れの手を開き死体を地面へ転がす。フロセスは手のひらの体液を塵に変えると、その場でしゃがみ汚物を触るようにビニール袋の中を開いた。中には串カツのパック、ペットボトル、即席麺やアルミホイル等などが詰め込まれていた。パックに描かれたソースの掛かったおいしそうな串カツのプリントをしげしげと見たフロセスは二本の指先を使って串カツのプラスチックパックを器用に開け、並ぶ串カツの中から卵串を選び一本つまみ出す。フロセスは親指と人差し指でつまみ上げた串カツを、プリント通りに石畳に流れる血液へ浸してくるくると回して目の前まで持ち上げ、地球への侮辱を表現した。小首をかしげた彼は鼻で笑い血塗れの串カツを塵へ変える。


 深夜に光の柱が立つ中、シャイン・ガイザーはマンション街の一画に隠れ潜んでいた。木炭のように黒く染まった鎧は細かく傷が走り右腕からは黄色い血液がにじみ出る。疲労困憊で石畳に座り込んだシャイン・ガイザーの片手には魔剣コントラ・ブレードの鞘が握られ、もう一方には刃を失った魔剣が握られる。シャイン・ガイザーは鞘上部の装飾を魔剣の柄を打ちつけた。装飾は折れ千切れ、黒い小手が無残な装飾の端を強く引くと鞘がからくり箱のよう地面へばらけた。転がる鞘の部品の中に小さな球が一つ転がる。

「流石はサオロス、仕込みに余念が無い。」

感嘆したシャイン・ガイザーは玉を除き転がる鞘を組み立て直し、青い鞘を組み上げると小さな玉を拾い上げ慎重に胸の鎧を畳み中へ納める。用が済んだシャイン・ガイザーは体を揺らし立ち上がり、マンション街から音を立てずにひっそりと離れる。

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