シャイン・ガイザー
僕、佐々木靖弥は小学4年生の三学期末の日曜日に何気なく、ストーブのある暖かいリビングで朝からゴロゴロと寝転がっていた。両親は買い物に行っており、いつものように僕は面倒くさがり留守番を買って出た。寝転がり飽きた僕はムクリと体を起こすと、僕の目に床に転がるチラシが飛び込んできた。
『新春スイーツ イチゴのフルーツタルト 500円』
大きさは分からないが、絶対おいしいやつだ。僕は二階の自室へ行き財布を開くと、財布には2000円がピラリと中に入っていた。1500円は痛い、痛いがここは試してみよう。おいしかったらお父さんが仕事帰りにまた買って帰ってくれるはず。僕はちょっと大きな財布を壁に掛かっているコートのポケットへ入れ、書き置きを持って外へ飛び出した。空は良い天気で満月がくっきりと浮いている。僕は書き置きを回覧板の入らない丸いポストへ入れると、僕のステッカーだらけの自転車へまたがった。僕の青い自転車は気持ち良くアスファルトを駆け住宅街を抜け林道へさしかかる。林道の柵は古く一部が朽ちて土にくるまれている。林道を無視して壊れた柵から林を突っ切るとお目当てのお店まであっという間につく。僕は無精を出して林を突っ切り始めた。ガタガタと揺れる感覚を楽しみ自転車を走らせていると目の端に赤い人影が見えた。それに気を取られた僕は目の前の木を避けそこね激突する。目がチカチカして鼻がツンとする。僕は木に頭をぶつけて横転してしまったようだった。湿った土がカーキ色のお気に入りのコートを真っ黒に染める。赤い人影はまだ目の端に居る。涙でぼやけた視界を瞬きで鮮明にすると、近づいてきた人影がはっきりと見えた。
「衣装かな?凄い服だ。」
あまりの出来栄えだった。湯気を立てた、まるでルビーで出来たロボットだった。赤いロボットはこちらに来たのではなく胸から燃える鍵を取り出すと地面へ突き立てた。鍵は淡い色を空へ打ち上げ、ロボットはどっかりとその場に座り込んだ。僕は木の裏へ隠れようとコッソリ移動しようとすると、ロボットはフクロウのように首を90度回し僕を見た。ロボットの間抜けな姿にもかかわらず僕は腰が抜け、隠れるどころか後ろへ倒れ込んでしまった。手の力も抜け、舌が震え唾すらも飲めない。僕が動揺する間にロボットは突き立てた鍵を引き抜き立ち上がっていた。膝が笑う僕へロボットは真っ直ぐに向かう。大きなロボットが繰り出す1歩1歩が林の地面を削り、踏みつけられた木の根が沈み込む。ロボットは拳をガチリと固め僕に向かって走り出す。湿った土が飛び散りロボットを汚し、僕の頬にもかかる。ロボットは僕の自転車を踏み潰して弓を引くように体を傾ける。お気に入りの自転車は紙粘土をこねるように簡単に曲がり、しなり放たれた拳は僕の頭上を通り過ぎ削れるような轟音が鳴る。目眩を起こした僕は耳を押さえ逃げようとするが、背後から工業アームのような硬く金属質な物に襟首を掴まれ引きずられ、大きな鉄球をコンクリートへ落としたような轟音が再び鳴った。襟首は離されたが僕は音の大きさに吐き気を覚えその場で倒れ込み意識が薄くなる。
林で二体の怪人が向かい合う。赤い宝石のような怪人は胸を5指で押さえ、指の隙間から砕けた赤い欠片がこぼれ落ち風に吹かれた灰のようにどこへとなく散る。
「ウヌヴァル、またもや邪魔をしおって。」
ウヌヴァルと呼ばれた怪人は非効率的な白磁の鎧を纏い、関節はつやの無い赤い皮膚が覆う。シャイン・ガイザーは問答無用と拳を握り締め、赤い怪人へ駆ける。怪人は思わず後退ったが、不屈の覚悟を決め構えるも浮遊感を覚え、既に白の具足に胸傷を蹴られていた。赤い欠片が飛び散り、胸部は更にヒビ割れる。怪人は負けじと大地を踏みしめ、ウヌヴァルの脚よりも太い腕を唸らせ拳を繰り出したが、迫る砲弾のような拳は白磁の肘で受け流された。しかしながら、怪人の攻撃は凄まじく、こすれた白磁の装甲をガリガリと削りウヌヴァルはよろめく。怪人はトドメとばかりに、打ち出した拳を繰り出すよりも速く引き戻すと同時にもう一方の拳を大砲のように繰り出す。捻り放たれたウヌヴァルの拳が怪人の胸部へ炸裂し、胸の鍵をたたき折っていた。怪人の拳はウヌヴァルの顔面を打ち据える前にほどかれ、痙攣する。更にウヌヴァルは削れた胸の傷口を殴り飛ばす。怪人は地面を転がり、土に塗れた。
ウヌヴァルは怪人を見下ろしおもむろにデモン・セイバーと叫ぶと、ウヌヴァルの腰から下がる黒鞘がガチリと扇状に開く。白磁の鎧が光り、デモン・セイバーへ流れ込む。純白の小手が1m程の剣を引き抜くと、木漏れ日が垂直に立つ剣に反射し黒鉄色の刀身は鈍く光る。
「やめろ、後戻りできなくなる。ウヌヴァル、早くその魔剣を鞘へ。剣を授けたお前の師匠もこんな使い方は望んではいないはずだ。このバロムに仲間殺しをさせるな。」
赤い怪人、バロムは腹部の傷を確認しながら、すり足でウヌヴァルから離れる。ウヌヴァルは太陽のように輝く剣を正眼に構え直し大きく踏み出す、両者の距離は縮まる。魔剣の切っ先はよろける炎の魔人へ向かう。バロムの全身は炎を纏い、彼は全身を猛り狂わせ業火の塊となるとウヌヴァルへ殴りかかる。巨躯からほとばしる炎は林の木へ火をつけ燃え広がる。ウヌヴァルは延びる腕を物ともせずバロムの体を一撃で真二つに切り捨てた。分かたれたバロムの拳はウヌヴァルの頭上で空を切り、その身体は塵になった。
少し小高い丘にある人気の無い公園で、ベンチに横になっていた僕は夕日で目を覚ました。変な夢を見ていて寝過ぎたせいか頭が痛い。体を起こした僕は頭の痛みが吹っ飛んだ。真っ白な鎧を着た怪物がしゃがみ込み、僕の自転車を触っていた。
「え!」
僕の声に騎士は振り返る。
「こんにちは少年。もうすぐ直るよ。」
「あ、うん。」
声はお父さんよりも老けている。何の悪びれも無く不審者が自転車を真剣に触っている様子に、僕は気圧された。
僕は逃げるようにベンチを移動しながらつい。
「どちら様ですか?」
聞いてしまった、陶磁器のように白い怪物は手を止めこちらを向く。
「私の名前はシャイン・ガイザー。魔界の剣士、訳あって魔界とは敵対をしている。」
シャイン・ガイザー。夢で聞いた名前だ。
「魔界?バロムは?ウヌヴァルは?」
僕の呟きへ、
「あの会話を聞いていたのか。しかしながら、君が事情を知ったとしてもどうすることも出来ないから忘れた方が良い。全くもって、この自転車には一体どれ程の紙が付いている。」
そうシャイン・ガイザーはブスリと答えると僕の自転車へ向かう。僕はシャイン・ガイザーの手元を見に行くと、シャイン・ガイザーの指先から光が走り僕の自転車に付いたステッカーを復元し始めた。
「凄い。」
見たことも無い光景に思わず声が出た。
シャイン・ガイザーは得意げに指を揺らすとステッカーは白紙になってしまった。シャイン・ガイザーはピタリと止まる。
「さて、この自転車は直ったと言うことで良いかな。」
「もしかして戻してたの?凄い力だね。」
「魔界に住む者であれば出来ること。そんなことよりも、ステッカーをダメにして申し訳ない。」
「全く問題ないよ。」
僕はシャイン・ガイザーの不思議な力に興味心身で、ステッカーの事などどうでも良くなった。
「魔界の事情は僕に関係ないの?あの光の正体は?何を食べるの?」
僕でも驚くほど次から次に質問が口から溢れ饒舌になっていた。
「君はもう家に帰った方が良い、暗くなってきた。帰り道はわかるかな?」
五時のチャイムが鳴り、僕を現実へ引き戻す。シャイン・ガイザーは立ち上がり夕陽を見ている。僕はまだ知りたいことはあるけど家に戻らないといけない。シャイン・ガイザーは僕の自転車フレームを紙でも摘まむように持ち上げ、公園の入り口まで運んでくれた。シャイン・ガイザーは公園の入り口に立ち僕を見送るようだ。
「僕の名前は佐々木靖弥。また。シャイン・ガイザーまたね。」
僕は自転車へまたがり手を後ろへ振ると、シャイン・ガイザーは少し手を振り返して何処かへ行ってしまった。
家に帰る道すがら僕はお巡りさんにばったり会い、お父さんとお母さんが探していると伝えられた。僕はお巡りさんと一緒に家に帰り家に帰ると門で二人が待っており、お母さんは僕を抱きしめた。今日一日の冒険がウソのように感じた。自転車を止めお巡りさんに挨拶して家に入るまで僕の頭中はシャイン・ガイザーの事で一杯だった。
シャイン・ガイザーに会った翌朝、僕はずる休みをした。お母さんはリビングで座り込む僕を信じてくれ、学校へ電話してくた。額に解熱シートを貼った僕はソファーへ寝そべり、母が買い物に行くのを見計らう。我が家の車が赤いテールランプをつけるとゴロゴロ窓を横切り走り去った。罪悪感を投げ捨てて僕は、冬の猫が暖房の付いた部屋へ飛び込むようにパジャマのままジャンパーを羽織ると、履きならしたスニーカーを裸足へ引っ掛けて寒さが走る外へ出た。予備の鍵で玄関を戸締まりし、差し込む陽光に僕は思わず空を仰ぐ。青空には雲がチョロチョロ浮き時折太陽を隠す。僕が息を吐くと僅かに白い息が出てちょっと楽しくなった。駐車場に留まる自転車の鍵をパチンとひねり、僕は自転車へ跨がると昨日の場所へ向かって猛スピードでペダルを漕ぎ出した。
自転車はカリカリと子気味よく走り跳ね上がる僕の心のようだった。青い自転車は見慣れた住宅街、桟橋、更に丘を越えシャイン・ガイザーと別れた人気の無い公園が見えてくる。そこには真っ白い頭のシャイン・ガイザーが棒立ちに空を見上げていた。僕の自転車は大きな音でブレーキを掛けると、真っ白なシャイン・ガイザーの表情の無い角張った顔が僕を振り返った。
「ササキ、セイアくん。おはよう。」
不思議な声だ、あのヨロイの中はどうなっているんだろう。兎に角、挨拶を返さないと。
「おはよう、シャイン・ガイザー。僕の名前は靖弥だよ、『あ』じゃない。」
僕がそう言うとシャイン・ガイザーは大きな身体を曲げ「申し訳ないササキセイヤ。」と謝り。
「そこのブランコは使っていない。私は此処でただ立っているだけだからね。」
等と見当違いな事を言った。その時見当違いらしさが異質な彼らしくて僕は少しにやけた。
「僕はシャイン・ガイザー、君に聞きたいことがあってきたんだ。」
白磁の鎧から覗く赤い肉はしなり、ガチャリとその巨体をかがませた。シャイン・ガイザーの目が僕を見上げる。
「私は君に話をしたくないが話を聞こう。君は興味があり、私はその衝動を止めることが出来ない。」
シャイン・ガイザーの目が見えた。不思議な力を持つ彼の目は真っ黒に落ち窪み、深海のように真っ暗で何も写していなかった。僕は生唾を飲み込み脇汗が冷ややかに横腹を伝う。そんな凄みが彼にはあった。
「魔界について教えて。」
シャイン・ガイザーはあっさり快諾し僕に事情を話し始めた。
彼の話しによれば魔界は滅亡に瀕していること。それを救うため、シャイン・ガイザーのような『魔界人』が地球へ来ること。そして、魔界が救われる換わりに地球が消滅することを知った。
僕は、シャイン・ガイザーをジッと見つめる。
「私は仲間達と共に魔界を存続させるため様々な世界、惑星をエネルギーへ変換し、消滅させてきた。だが、それでも尚も魔界は生贄を欲し、我ら魔界人は生きるために生き続け、遂には私と昨日殺した同胞を含め11人のみとなった。惨めな生き方だ。だからこそ、私はここに留まり、やって来る仲間達を皆殺しにする。何かを残すために、私が生きた意味を作るために。」
シャイン・ガイザーの言葉に僕は疑問を持った。何で魔界に拘るのだろう?
「そんなに嫌なら皆出れば良いのに。」
うっかり言ってしまった。白磁の鎧はカチャカチャと擦れ合いシャイン・ガイザーは笑った。
「君の言うとおりだ。だが、そうはいかない。」
言葉を切ったシャイン・ガイザーは姿勢を正し、僕と目線を合わせて言った。
「故郷だからだ。」
「それは破滅的だよ、シャイン・ガイザー。」
僕は目を細め、うめいた。シャイン・ガイザーは何も言わない、寧ろ微笑んでいるように感じた。僕は瞠目する。彼は、魔人はおかしいんだ。いたたまれず僕は顔を白磁の面から離すと公園は10:30を指していた。大変だ、お母さんが帰ってくる。
「じゃあね。シャイン・ガイザー。」
僕は彼の返事すら聞かず公園から走り出す。靴に砂が入ってチクチクと素足を刺し痛かった。此処を離れたい一心で僕は一目散に自転車へまたがって丘を走り抜け家へ向かう。冷たい風を浴びた僕は冷静になっていた。そして、内心がっかりしていたことに驚いていた。
ぶ厚い真っ黒なカーテンが引かれたように星一つ見えず、永遠の荒野が広がる世界、魔界。水の一滴も無い岩場のような場所に異形の怪人達が集い巨大な鏡を見ていた。
「無知蒙昧なウヌヴァル、我々を裏切る意味を理解しているのか。」
「シャイン・ガイザー等と愚かな名乗りをしおって。誇りは泥に塗られ火にくべられたのか。」
「気が狂ったか。ウヌヴァルよ。」
魔界のリーダー、ヴァザーゴが腰に帯びた白い鞘から魔剣を掴み、バリバリと雷が走ると剣が空を切って引き抜かれた。ヴァザーゴは雷に青白く闇に浮かんだ剣を振り上げる。
「もう良い。あの味方殺しの裏切り者を抹殺する者を指名する。」
辺りは静まる。
「この剣に傷一つ付かない。剣士殺しの呪いを持つサブナールよ、そなたが確実にウヌヴァルを抹殺するのだ。」
朗々としたヴァザーゴの言にサブナールは甲羅のような胴を黒い小手で叩く。もう一方の腕には黒々と湿った棍棒が握られ、棍棒からは魔界の猛毒が滴り落ちる。
「魔界のために。同胞のために。奴を必ず抹殺する。」
「良かろう。次の満月、再び地上の力が高まり魔界との道が開けよう。その時がウヌヴァルいや、シャイン・ガイザーの最後だ。我々の世界は再び復活する。」
勇猛なる黒甲冑のサブナールへヴァザーゴは満足げに頷いた。




