辺境の村にて(1)
満月の光を浴びながら夜の草原を駆け抜け、二人は森へと逃げ込むことに成功した。
木々の間を縫うように走り続け、ようやく追っ手を撒ききり息を整えた時…、アサヒは膝に手をつき荒い呼吸を繰り返してから、一言、呟いた。
「……死ぬかと思ったよぅ(>_<。)」
「まだ死んでない。ほら、立って」
淡々と告げるセリナの声には、妙に落ち着きがあった。
まるで…この状況を予期していたかのように。
無言で差し出された手を握り、そのままつないで歩く事…ずいぶん。
森を抜けると、そこには小さな村があった。
木造の家々が並び、煙突からは薄い煙が立ち上っている。
香ばしいニオイがするのは…パンを焼いているかららしい。少し離れた場所から様子をうかがっていると、木製のドアがギイっという音を立てて開き、中からボリューム満点のおばさんが出てきた。
「おや、アンタら…、もしかして、旅の途中で迷ったのかい?」
遠くの空が、オレンジ色になり始めた時間帯。
こんな早朝に、8歳の女子が…二人。
明らかに怪しいのにもかかわらず、しゃがみ込み視線を合わせてにっこりと笑う、おばさん。
「えっとぉ……ちょっと事情があってぇ…ヾ(・ω・`;)ノ」
「しばらくこの村に住まわせてください」
生贄として追われていると正直に話すのは、得策ではない。
長くこの地に滞在してしまったら、村人たちに迷惑がかかる。
曖昧に答えるアサヒと、淡々と話すセリナ。
「…そっか。今ちょうどね、村長がパンを買いに来てるの。ちょっと待っておいで…呼んでくるからね」
村長らしき老人は、二人を見て頷いた。
「……ここは辺境だ。王都の目も届かん。しばらく滞在していくといい。…さ、こっちへ。家の建て替え時に利用する宿所が空いているから、案内しよう」
その言葉を聞いたアサヒは、無い胸をツルッと撫で下ろしたのだった。
こうして始まった村での生活は、驚くほど穏やかだった。
朝、コッコバードの鳴き声で目を覚まし、共同の井戸で顔を洗ってから焼き立てのパンを分けてもらいに行き、腹ごしらえをしたのち畑を耕す。腹が減る頃にパンとスープをもらいに行って、ちょっと休憩したあと森で薪を集める。夜は焚き火を囲み…みんなで食事をする。食後に全員でかたずけをしたあと、共用浴場に向かい汗を流す。魔道具で髪を乾かした後、宿舎のベッドに入ってセリナと一緒に眠る。
前世では画面越しにしか人と関わらなかったアサヒにとって、とても新鮮な体験だった。
「……平凡な生活って、こんなに幸せなんだね、セリナん♡」
「うん」
口では肯定しているセリナ。
アサヒは、どこか…違う感じがするのが気になっていた。
乏しい表情で言葉少なに語るセリナは、村人たちと自然に馴染み、料理も裁縫も器用にこなし、まるで長年ここで暮らしていたかのように振る舞う。クセのある若者の言葉をサクッとかわし、難しそうな仕事はスムーズに大人へと回し、問題が起きれば大ごとになる前に助けを求めて解決する。
「ね、セリナん。なんで…こんなに慣れてるのぅ???」
「秘密」
つやつやしたピンク色のプルプルリップに人差し指を添え、ほんの少し口角をあげて…ウインクをするセリナ。何か隠していることは明らかだったが、アサヒは今の穏やかな日常が続くことを願い、追及することはしなかった。




