逃亡の夜(2)
「セリナ……!!」
「…静かに。見張りに気づかれる」
セリナは器用に石を外し、穴を広げていく。
アサヒは驚いた。まるで牢の構造を熟知しているかのような手際だったのだ。
「どうして……」
「理由は後で話す。今は逃げるのが先…来て」
アサヒは差し出された手を取り、迷うことなく穴に身を滑り込ませた。
狭い通路を土埃だらけになりながら這って進むと、やがて地下水路に出た。
冷たい水が足元を濡らす。闇の中で、蛍光苔が淡く光っていた。
「ここを通れば外に出られる。あと少しだけ、我慢して」
セリナは先を歩きながら説明する。
「でも、見張りがいるよ? 追いかけてきたら…どうしよう?」
「私に任せて」
そう言って振り返った彼女の瞳は、妙に…鋭かった。
アサヒは一瞬、違和感を覚えた。だが…、今は疑っている場合ではない。
水路を抜けると、夜の街に出た。
月明かりが石畳を照らし、遠くで鐘の音が響いている。
人々が眠りにつく時間帯であるせいか、街は静まり返っていた。
だが、兵士の巡回は続いている。
鎧の音が近づくたびに、二人は物陰に身を潜めた。
「……心臓がもたないよぅ」
「慣れて。これからもっと危険になる」
セリナの言葉は妙に現実的だった。
まるで…彼女自身も、逃亡者として生きてきたかのように。
そして二人は、城壁の門に辿り着く。
そこには…二人の兵士が立っていた。
「どうする……? あそこしか出入り口、ないよね???」
「私が囮になる。あなたは走って」
「え?!いや、それは——」
「大丈夫。信じて」
セリナは兵士の前に姿を現した。
「うん? こんな夜更けに…誰だ!」
兵士たちが驚き、声を上げると、奥の方の通路からガシャンガシャンと鎧の音が聞こえてきた。
「生贄の少女が逃げたらしいぞ! 何か変わりは…って、いたぁあああああ!!!」
ずんぐりむっくりした兵士の驚く声を聞いたその瞬間、アサヒは走り出した。
門の隙間を抜け、夜の草原へ。
冷たい風が頬を打ち、心臓が激しく鼓動する。
「に、逃げられた、の、か……?」
遠くで兵士の怒声が響く。
セリナは無事に逃げただろうか、まさか捕まった? それとも——。
「セリナ……!」
アサヒが振り返ると、でことぶっとい眉毛を丸出しにしながら兵士を巧みにかわし、こちらへ走ってくるセリナと目が合った。
「行くよ?」
「お、おう!」
二人は並んで草原を駆け抜けた。
月明かりの下、遠くに森が見える。
そこまで辿り着けば…、追手を振り切れるに違いない。
懸命に走りながら、アサヒは思った。
―――俺は、無双するために転生したんじゃない。リアル美少女として生きるために逃げるんだ!!
決意をかためた元バ美肉おじさんアサヒの横には、謎めいた少女…セリナがいた。
涼しい顔で、すました表情のまま…全速力で森を目指す、顔なじみの少女。
……彼女の正体が、後にすべてを揺るがすことになるとも知らず。
アサヒは、共に逃げてくれる相棒を得たことを喜びながら…、森を目指してひたすらに手足を動かしたのだった。




