令嬢の誤解、無双の邂逅
「――それが、あなたのやり方?」
怜央の声は冷たかった。
その視線の先で、陸斗は無言で立っていた。
周囲には、学園の警備用ドローンが無残に転がっている。
「やりすぎだろ、陸斗。」久遠が苦笑混じりに呟いた。「これじゃ完全に敵扱いだ。」
「手加減したさ。」陸斗は肩をすくめた。「俺に銃を向けた時点で、自己責任だ。」
「自己責任……? あなた、本当に学生?」
怜央は険しい目をしたまま、一歩前に出る。
その瞳は、恐れと怒りと、ほんの僅かな興味を混ぜ合わせた複雑な色をしていた。
「天堂陸斗。あなた、何者?」
「ただの整備屋だ。」
「嘘ね。」
「まぁな。」
短い沈黙のあと、怜央の背後で風が鳴った。
――警備局の新型スーツ部隊。
その中には、彼女の婚約者と噂されるシンクウェア社の後継者・**神代**の姿があった。
「怜央、下がっていろ。」神代の声は冷ややかだった。
「そいつは企業情報を盗もうとした不正アクセス者だ。拘束する。」
「違う!」怜央が反射的に叫んだ。
だが神代は、彼女の腕を掴む。
「君が関わるべき相手じゃない。これは大人の問題だ。」
その一言で、怜央の表情が凍った。
陸斗はそれを見て、淡々と息を吐いた。
「……久遠。」
「ああ。」
次の瞬間、二人の間に強烈なノイズが走った。
地面が揺れ、スーツ部隊のHUD(表示画面)が一斉にエラーを吐き出す。
「ポポ、同期開始。信号ノードの奪取を優先。」
「了解。システム侵入率、82%……93%……制御完了。」
神代が叫ぶ。「何を――!」
「“情報”は誰のものでもない。」陸斗の声は低く響いた。
「だが、“最適化”されないまま放っておくのは罪だ。」
瞬間、スーツ部隊の兵士たちが一斉に宙へと浮いた。
重力制御。否、情報重力――QICによる座標書き換え。
「これが……彼の力……?」怜央が呟く。
久遠は苦笑した。「俺も最初は信じられなかったさ。
あいつ、現実をプログラムの延長だと思ってやがる。」
兵士たちが次々に無力化されていく。
神代のスーツだけが抵抗を続けた。
「俺のスーツは企業製の最新型だ! お前ごときのハッキングで――」
「なら、デバッグしてやる。」陸斗が手をかざす。
【システム干渉:QIC制御回路上書き】
【対象:神代ユニット No.7 / 状態:強制停止】
ガキィィィィン――!
金属音とともに、神代のスーツがその場で硬直した。
「なっ……バカな……!」
陸斗は近づき、短く言った。
「企業の作る“神”は、いつだってバグだらけだ。」
そして、無造作に神代のヘルメットを外し、床に投げ捨てた。
怜央は呆然と立ち尽くしていた。
ただ、風が頬を撫でる。
彼女の中で、これまで信じていた“秩序”が音を立てて崩れていく。
「あなた……本当に何者なの?」
陸斗は一度だけ空を見上げ、答えた。
「昔、父さんが言ってた。世界は“設計ミス”だってな。」
怜央の唇が震える。
「それを……直せるの?」
「直すさ。」
その声には、怒りでも傲慢でもない、静かな確信だけがあった。
久遠が腕を組んで言う。
「怜央。お前の婚約者、神代は企業の駒だ。だが陸斗は違う。
――自分の手で“秩序”を書き換えようとしてる。」
怜央は、しばらく何も言えなかった。
ただ、目の前の男の背中を見ていた。
――壊すためでも、支配するためでもなく、“正しく動く世界”を作るために戦う人。
その夜、怜央の中で何かが静かに変わった。
翌朝。
学園の中庭で、怜央が陸斗を見つけた。
「昨日の件、ありがとう。……でも、あなたのやり方、危険すぎるわ。」
「そう言われるのは慣れてる。」陸斗は肩をすくめた。
怜央は小さく笑った。
「それでも、あなたを見ていると……どうしてか、安心するの。」
久遠がニヤリと笑う。
「惚れたな。」
「ち、違うっ!」怜央が真っ赤になって抗議する。
「私はただ、その……合理的に評価してるだけ!」
ポポがすかさず口を挟む。
「解析結果:怜央の心拍数、通常の1.7倍です。」
「ポポ、黙って!」
陸斗は苦笑しながら、デバイスを見つめた。
「……まぁいい。これから“地のエレメント”を探す。手伝うなら来い。」
怜央は息を整え、静かに頷いた。
「行くわ。――父の研究も、あなたの真実も、確かめたいから。」
久遠がぼそりと呟く。
「また面倒な女が増えたな。」
「うるさい。」陸斗と怜央が同時に返す。
そして三人は、沈みゆく夕日の中を歩き出した。
それぞれの胸に、異なる目的を抱きながら。




