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第74話 初めての日々

「いや、今日は疲れたよね、本当に!」


 言いながら、渚が勢いよくベッドに飛び込む。お風呂に入っていないどころかメイクも落としていないけれど、今日ばかりは仕方ない。

 私だってもうくたくただ。


「うん、今すぐ寝ちゃいたい」


 渚の隣に横たわり、ゆっくりと息を吐いて天井を見上げる。一瞬でも目を閉じてしまったら、朝まで眠ってしまいそうだ。

 結婚式はかなり疲れる。長時間ドレスでいるだけでも大変なのに、人前に立っているから緊張しっぱなしだ。

 でも、なんとか無事に終わってよかった。


「新婚旅行、明日からじゃなくて明後日からにして正解だったよね」


 今にも眠りそうな声で渚が言った。それに関しては私も完全に同意だ。

 私たちは明後日から四泊五日の新婚旅行に出かける。行先は北海道だ。海外にしようかという話も出たけれど、費用の問題もあって国内にした。


 それに、この状態で明後日から海外旅行なんてしたら、疲れ過ぎて絶対リラックスできなかっただろうな。


 私も渚も海外に慣れているわけじゃない。新鮮な海外旅行は楽しいけれど、その分疲れもする。

 こういう時だからこそ、渚とゆっくりできる旅行がよかった。


 ちら、と壁にかけた時計に視線を向ける。あと数分で今日が終わろうとしていた。

 私が明日を迎えるのは初めてだ。前の人生で、私は今日の朝に自殺したから。

 明日からは、私の知らない日々が始まる。


 今日で私のやり直しは終わり。

 やり遂げた! って気もするし、これからが少し不安な気もする。今までと違って、こうならないようにしなきゃ、という考えでは動けないから。


「桃華、どうしたの? 疲れちゃった?」


 渚が私の顔を両手で挟んで覗き込んでくる。なにか言うよりも先に、キスで唇を塞がれてしまった。

 口内に舌が入り込んできて、渚がそっと私の腰に手を回す。


「……ねえ、本当にもう寝たい?」


 熱のこもった瞳で見つめられ、頷くよりも先に渚の手が服の中に入ってくる。

 もう眠ってしまいたいのに、渚の手を感じると身体が熱くなっていく。


「したいな。だめ?」

「だめ。……なんて、私が言ったことあった?」

「ううん。桃華、私のこと大好きだもんね」


 渚が起き上がって、私の上に馬乗りになる。私が疲れている時ほど渚が積極的になってくれるのは、たぶん気のせいじゃない。


 今したらたぶん、明日は絶対昼過ぎまで寝ちゃうだろうな。

 というか、一日中ベッドから出たくなくなるかも。


「私も、桃華が大好き」


 でもまあ、いいよね。

 明日は一日中、ベッドの上で過ごしたって。


 渚の首に手を回し、ぐいっと渚を引き寄せる。唇を少しだけ開けると、渚が噛みつくようなキスをくれた。





 目を覚ました時、時計は1時30分を示していた。カーテンの隙間から差し込む日差しを見れば、夜じゃなくて昼なんだってことは分かる。


 やっぱり、こんな時間まで寝ちゃった。


 隣を見ると、渚が気持ちよさそうに眠っている。

 渚も私も、結局メイクを落とし忘れた。おかげで、目元が少し気持ち悪い。


「ん……」


 ぎゅ、と私を抱き締める渚の腕に力が込められた。もちろん簡単に振り払えるけれど、とてもそんな気にはなれない。

 どうせ一晩中メイクをしたままでいたのだ。メイクを落とすのがあと少し遅れたからといって何の問題もない。


「8月26日、か」


 私の知らない日だ。

 これ以上年を重ねていく渚がどう変わっていくのかを私は知らない。私自身のことも分からない。

 今日からはもう二回目じゃない。正真正銘、初めての日々が始まるんだ。


「渚。これからもよろしくね」


 死ぬまで、ううん、死んだって、誰にも渡さないから。


 眠っている渚に、私はそっとキスをした。

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