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第72話(草壁視点)どうか二人が

 ポストを開けると、青空のように澄んだ色をした封筒が入っていた。今の世の中、手紙が家に届くことなんて滅多にない。

 薔薇を模したシーリングスタンプで綺麗に封をされた封筒を手にとって、差出人を確認する。

 書かれていたのは、予想通りの名前だった。


『五十嵐桃華・藤宮渚』


「とうとう届いたか」


 この手紙が届くことは知っていた。それでも実際に届くと感慨深い。

 高校一年生の時、二人に出会った。それからもう10年。つい最近、俺は25歳になった。


 なんやかんや、二人との縁は切れていない。俺と藤宮さんが同じ大学に進学したから、というのが大きいだろう。

 大学生になってすぐ、二人は当たり前のような顔で同棲を始めた。二人の関係を知る数少ない人間の一人だった俺は、なにかと藤宮さんから惚気られたものだ。


 桃華ちゃんへの恋心はとっくに風化している。それでもやっぱり俺の中ではどこか特別な女の子で、今でもたまにあの頃を思い出してしまう。


 まあ普通、好きな子が他の子とキスしてるところなんて見ないし、いろいろあったもんな。


 丁寧に封筒を開け、中から二枚のカードを取り出す。

 入っているのは結婚式の案内状と、出欠カードだ。


「……結婚か」


 あの時の二人は依存関係にあった、と俺は未だに思っている。今だってその関係はなくなってはいないだろう。

 でも二人はこうして結婚を決意するに至った。

 どんな形であれ、二人は二人の愛を貫いたのだ。


 女性同士が結婚式を挙げるのは、きっと簡単なことじゃない。心無い偏見や差別に対する愚痴を藤宮さんから聞いたこともある。

 だからこうして二人が結婚式を挙げるというのは、俺にとっても喜ばしいことだ。


 とはいえ俺は元々、桃華ちゃんに恋をしていた男である。


「どういう気持ちで、俺に招待状なんか送ったんだろうなぁ」


 二人の関係を知る友人だから……なんて理由じゃないだろう。あの二人のことだから、未だに俺に見せつけたがっているのかもしれない。


「招待された以上、行くけどさあ」


 桃華ちゃん、ウエディングドレス似合うんだろうな。


 桃華ちゃんのせいで未だに黒髪ロングが好きだなんてバレたら、きっと藤宮さんにかなり睨まれるんだろう。


 出欠、にボールペンで丸をつける。明日の朝にでも、ポストに投函してしまおう。

 結婚式は8月25日。真夏のウエディングだ。





 着慣れない正装用のスーツのせいで、予定よりも少しだけ会場に到着するのが遅れた。もちろん、時間には全く問題ない。

 奮発してご祝儀には5万円を包んだ。社会人3年目の俺にはかなりきつい額だったけど、なんとなく見栄を張ってしまったのだ。


 今回の会場はかなり小さめで、あまり人はいない。ほとんどが親族だろう。友達らしき人たちもいるけれど、男はたぶん俺くらいだ。

 光栄だと思うべきか、それとも厄介な恋に巻き込まれたと溜息を吐くべきなのか。


 まあでも、本当にめでたいよな。

 高校生の時から付き合って結婚なんて、桃華ちゃんたちくらいしか聞かないし。


 大体の人たちは大学が別々になって別れていた。大学で付き合っていたカップルだって、社会人になって別れたという話を何度も聞いた。

 二人は別々の大学、別々の会社に就職しても、ずっと仲がいいままだ。


 指定された席に座り、式が始まるのを待つ。

 しばらくすると、オルゴールの穏やかな音が流れてきた。

 会場奥の扉が開く。そして、それぞれ父親と腕を組んだ桃華ちゃんと藤宮さんが出てきた。

 ベールに覆われていたって、二人がどんな顔をしているかくらいは分かる。なんだかそれも、ちょっと腹が立つけれど。


 やっぱり桃華ちゃん、めちゃくちゃ綺麗だな。


 たぶん俺なんかに祈られなくたって、二人はこの先もずっと仲良く生きていくんだろう。

 それでもやっぱり今日は、特別な日だから。

 今日くらいは二人のために、神様に祈ってあげよう。


 どうか二人が、永遠に幸せでありますように。


 俺を散々巻き込んだんだから、一生幸せになるべきだ。

 一生、子供じみた独占欲で周りを困らせればいい。

 俺も、たまになら困らせられてもいい。かなり耐性はついているから。


 二人がお互いのベールをめくった。結婚式だからか、二人の顔がいつもと少し違って見える。

 けれど、お互いを見る眼差しは昔から何も変わっていない。

 悔しいくらい二人は愛し合ったままだ。


 今日って、二人が付き合い出した記念日だけど、俺が桃華ちゃんに振られた日でもあるんだよな。


 そう考えると、なんだか複雑な気持ちになる。


 あーあ。俺も早く、二人に負けないくらい幸せになってやるからな。

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