第69話(渚視点)全部私のもの
ゴンドラを下りて、私たちは近くにあるレストランに入った。カフェ兼レストランという感じで、メインはオムライスらしい。
「桃華、どれにするか決めた?」
オムライスの種類が30種類近くあって、結構迷う。オーソドックスなベーシックオムライスが食べたい気もするし、シーフードオムライスやハンバーグオムライスなんかも気になる。
別にどれでもいいんだけど、初デートで食べる物って考えると悩むんだよね……。
「渚は?」
「ちょっと考え中」
「渚が二つ決めていいよ。両方頼んで、半分こしない?」
ね? と桃華がにっこり笑う。しまりのない笑顔を見ると、こっちまで照れてしまう。
桃華、分かりやすく浮かれてる。
私と恋人になれたこと、そんなに嬉しかったのかな。
桃華が草壁を振ることは分かっていたし、きっと今日告白されるんだろうとも予想していた。
でもそれが現実になって、私の心はまだふわふわしている。
「……ベーシックオムライスとシーフードオムライスとか、どう?」
メニューを指差しながら言うと、いいね、と笑って桃華はすぐに呼び出しボタンを押した。
そのまま店員に注文を済ませてくれた桃華が、なんだかちょっとだけ手慣れて見える。
桃華が誰とも付き合ったことがないことは、私が一番知っているのに。
♡
「じゃあ、取り分けるね」
料理が運ばれてくると、桃華は手際よく取り分け、自分の分を取り皿へ移した。どちらのオムライスも、私にくれた半分の方が大きい。
それに、具がたっぷり入っている気がする。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
「うん。どっちも美味しそうだね」
観覧車の近くにあって、なんとなく入った店だ。
でもたぶん、桃華は元々ここにくる予定だったんじゃないかと思う。幼馴染の勘だけど。
ちょっとだけ落ち着いた感じだけれど、堅苦しい雰囲気はない。値段も一人1500円程度で、私たちにとってはいいくらいの値段だと思う。
「草壁の告白、断ったんでしょ。草壁、なんて言ってた?」
「……いろいろ言われたよ。私たちの関係はおかしい、とかね」
きっと草壁は、私に言ったのと同じようなことを桃華にも言ったんだろう。
でも桃華はちゃんと、好きな人がいるからと草壁を振ってくれた。その事実が嬉しい。
確かに私たちは、一般的な恋人とは少し違う。
恋の始め方だってきっと特殊だ。草壁みたいに、それをおかしいと感じる人は他にもいるだろう。
でも、私たちの関係なんだから、私たちが納得してればいいじゃん。
「おかしくても、別にいいじゃんね?」
私の言葉に、桃華は分かりやすく笑顔になった。大人っぽいくせに、ころころ表情が変わるところ、可愛いんだよね。
桃華と仲良くない人たちはそんなの知らないだろうな。
「うん。私もそう思ってる」
「ね。そういえば桃華、草壁には好きな人が誰か伝えたの?」
言わなくたってきっと、さすがに草壁も分かっているだろう。でも、明言したのかどうかは気になる。
「……うん。言った」
「付き合ってることも、草壁に言う?」
わざわざ報告することでもないかもしれないけれど、黙っておくことでもない気がする。
それに、正式に桃華が私の恋人になったんだって、ちゃんとあいつに伝えたいし。
「渚はどうしたい?」
「絶対言いたい」
「そう言うと思った」
草壁が私たちの関係をどう思っていたとしても、私と桃華は正式な恋人になった。
そして私たちは今、すごく幸せだ。
「夏休み明け、二人で報告しようよ。ね、桃華」
「うん、そうしようか」
草壁はどんな顔で私を見るだろう。想像するだけで胸がスカッとした。
♡
「じゃあ、帰ろっか」
言いながら、桃華の手をぎゅっと握る。ただ手を繋いだだけじゃない。れっきとした恋人繋ぎだ。
だって私たち、もう恋人だもん。
「……渚」
少し赤くなった顔で桃華が私を見る。
手を繋ぐことになんて慣れているはずなのに、こうやって照れてくれる桃華が愛おしい。
私は最初から桃華に恋をしていたわけじゃない。誰かにとられるのが嫌で、他人に私に見せない顔を見せるのが嫌で……独占欲が、どんどん大きくなっていって。
この感情はたぶん、恋の一文字じゃ表せない。
でもちゃんと、ごちゃごちゃの感情の中に、恋って色もある気がするの。
桃華の幼馴染ってポジションも、恋人のポジションも親友のポジションも、全部私のもの。どれも他人にあげたりなんかしない。
「ずっと一緒にいようね、桃華」
大学生になっても、社会人になっても、そしてその先も。
よぼよぼのおばあちゃんになったって、桃華と一緒にいる。ていうか、桃華がいない未来は想像できない。
「うん。一緒の墓に入ろう、渚」
真顔で桃華がそんなことを言うから、つい笑ってしまった。
「うん。二人で可愛いお墓、探しちゃおうか」