第67話 世界で一番
待ち合わせ場所に、渚はもうきていた。ショート丈のトップスにデニム生地のスキニー。すらっとしたスタイルが活きる、渚にぴったりの服装だ。
スマホを見ながら、落ち着かないのかきょろきょろとあたりを見回している。
可愛い。
「渚!」
名前を呼びながら駆け寄る。私を見つけると、渚はすぐに笑顔になってくれた。
「ごめん、待った?」
「ううん。今きたとこだし、まだ待ち合わせ時間じゃないし……って、言いたいところだけど」
はあ、と渚が溜息を吐いた。私の目を真っ直ぐに見つめたまま、困ったように笑う。
「なんかそわそわして、かなり早くきちゃったんだよね。だから結構待った」
「……ごめん」
「それより、草壁と会ってきたんでしょ? あいつと何の話してきたか教えて」
ぎゅ、と渚が私の右手首を掴んだ。
誤魔化しを一切許さない強い視線にどきっとする。
「うん。でも、移動してからでいい?」
「いいけど……今日、どこ行くの?」
今日のデートプランは、渚にはまだ一切伝えていない。
気に入ってくれるといいんだけど。
「こっち」
私たちは手を繋いだまま、目的地に向かって歩き出した。
♡
「……ここ?」
「うん。話をするなら、ここかなって」
私が渚を連れてきたのは、観覧車だ。
ショッピングモールのはずれにある、それほど大きくない観覧車。でも、だからこそあまり混んでいなくて、並ばずに済むと思った。
その予想は当たっていて、今日だって全然並んでいない。
「乗らない? チケット、二枚買ってあるから」
「……用意いいね」
「デートだから」
チケットを一枚渚へ渡し、二人で受付へ向かう。愛想のいいお姉さんがすぐにゴンドラへ案内してくれた。
観覧車に乗るのなんて何年ぶりだろう。最後に観覧車に乗ったのも、渚と一緒だったことだけは覚えている。
狭いゴンドラの中で、私たちは隣に座った。
観覧車が一周するのにかかる時間は約13分、と公式ホームページに書いてあった。いろんな話をするには少し短い。
だからこそ、早く話さないと。
「今日、草壁に告白された」
私の言葉はきっと想定通りだったんだろう。渚は頷いて、それで? と言っただけだった。
「断ったよ。好きな人がいるからって」
「……へえ」
「私の好きな人、誰だか分かる?」
絶対に分かっているくせに、渚は何も言わない。
私から言うのを待ってるのよね。それくらい、私には分かる。
渚から告白してほしくて、関係を変えてほしくて、必死に頑張った。だけど結局、先に惚れた私の負けだ。
「渚は、観覧車のジンクスって知ってる?」
「てっぺんでキスしたら永遠に結ばれる、みたいなやつ?」
「うん」
いろんな漫画やアニメでさんざん聞いたジンクスだ。そのわりには、実生活で聞いたことのないジンクスでもある。
「桃華、信じてるの?」
渚が、そっと手のひらを私の手のひらに重ねた。いつもより熱い手のひらは緊張の証だろうか。
「別に、信じてるわけじゃない。ただ……」
「ただ?」
「渚となら、こういうジンクスを積み重ねていくのもいいなって思ってる」
渚の手を強引に引き、触れるだけのキスをする。唇が離れた瞬間、渚は頬を赤く染めた。
「……まだ、てっぺんじゃないけど」
「知ってる。でもこうしてたら、いずれてっぺんにつくでしょ」
もう一度渚にキスをする。
そしてまたもう一度。
無言のまま、私たちは何度もキスを繰り返した。たぶん、後ろのゴンドラに乗っている人たちには気づかれていたと思う。
観覧車がとっくにてっぺんを通り越して、もうすぐ地上に到着しようとした時、ようやく私たちはキスをやめた。
「渚」
「……なに?」
「渚が好きなの。ずっと……本当に昔から。だからお願い。私と恋人になって」
今度こそ、もう誰にも渚を渡さない。
歪だろうが、依存だろうが、なんだっていい。
「私が渚を、世界で一番幸せにしてみせるから」