第61話(渚視点)なんだっていいけれど
「……そろそろ電気消す?」
隣に眠っている桃華に尋ねると、うん、と小さな声で頷いた。緊張しているのが丸分かりだ。
でもたぶん、私だっておそろいの顔をしている。
電気を消す、と言っても真っ暗にするわけじゃない。桃華と一緒に寝る時は、いつも薄い明かりをつけて眠る。
リモコンで電気を消して、改めて横になる。シングルベッドだから、少しでも身体を動かせば桃華と触れてしまう。
目を閉じると、今日一日のことを思い出して恥ずかしくなる。一緒に風呂に入って、抱き合いながらキスをして。
完全に恋人同士のやりとりじゃん……!
桃華は私の物。それを草壁にちゃんと伝えたけれど、分かってくれたとはとても思えなかった。
草壁はきっと、近いうちに桃華に告白するつもりだろう。桃華が草壁の告白を受ける、なんて思っているわけじゃない。それでも、平静ではいられない。
きっと私が、桃華と恋人になっていないからだ。
「桃華、寝た?」
「……寝てないよ」
そっと手を伸ばし、桃華の手をぎゅっと握る。桃華もすぐに私の手を握り返してくれた。
いくら女同士だからって、普通の友達は裸でキスなんてしない。
私も桃華もそれくらいのことは分かっている。
だけど、恋人らしい行為をしたからって、恋人になれるわけじゃないんだよね。
私たちが恋人になるためにはきっと、決定的な言葉がいる。
それがない限り、いつまで経っても私たちの関係は友達のまま。
「桃華」
たとえば今、暗闇の中で桃華にキスをして、一線を越えてしまおうと誘ったら? きっと桃華は断らない。
私たちはこの部屋で、きっとあっさり身体を繋げてしまう。
いっそのこと、そうしてしまおうか。でもさすがに、それはどうなの?
頭の中がごちゃごちゃで上手くまとまらない。それでも桃華の温もりを感じていたくて、布団の中で桃華を抱き締めた。
「……他の子と、一緒に寝たりしないで」
結局口にできたのはそんな言葉だった。
草壁に聞かれたら、またおかしいと言われてしまうのだろうか。
「渚もね」
ぎゅ、と抱き締め返される。
「女の子でも男でも、絶対嫌だから」
私を見つめながら、念を押すように桃華はそう言った。桃華の胸に顔をうずめると、どうしても桃華の裸体を思い出してしまう。
風呂場で見た、一糸まとわぬ姿の桃華を。
桃華って、スタイルいいよね。
どきどきしてしまうのはどうしてなんだろう。私は別に、女の子が好きなわけじゃなかったはずなのに。
どうしてこんなに、桃華にはどきどきしちゃうの?
「……約束してくれる?」
私の答えなんて決まっているのに、桃華はやけに緊張した声をしていた。
どうして桃華はこんなに不安そうなんだろう。
桃華は、なにに怯えてるの?
「約束するから、桃華も約束して」
絶対、私以外を特別にしないで。
恋人だとか、友達だとか、幼馴染だとか。
そういう名称は、きっとなんだっていい。なんだっていいけれど、私以外の誰かが桃華の特別になるのは嫌だ。
「うん。約束する」
桃華が私の顎を持ち上げ、私にそっとキスをした。
これは、誓いのキスなんだろうか。