第60話 今日は
「じゃあ背中、洗うね」
泡タイプのボディーソープを手につけて、渚が私の背中を洗い始めた。てっきりボディータオルを使うものだと思っていたから、驚いて身体が跳ねてしまう。
「どうしたの、桃華?」
くすっと笑いながら、渚が私の背中をつついた。私より少し小さな渚の手のひらが、私の背中で動きまわる。
「くすぐったい?」
「……少し」
「でもちゃんと洗わないとね」
洗い残しがないように、と渚が私の背中を何度も撫でる。もうとっくに、洗い残しているところなんてないだろうに。
渚の手が私の腰に触れた。ねえ、と耳元で囁かれ、後ろから抱き締められる。
「桃華、どきどきしてる?」
抱き締め合あったことも、後ろから抱き締められたこともある。
けれどそれは全部、服を隔ててのこと。
私、今、渚と裸でくっついてるんだ……!
意識すればするほど鼓動が速くなってしまう。ねえ、と渚が耳元で囁いて、私の耳を軽く噛んだ。
「どきどきしてるんでしょ」
渚が私の腰に手を回す。手のひらがゆっくりと上にのぼってきて、私の胸を下から持ち上げた。
「大きくなったよね」
言いながら、渚が私の胸を軽く揉む。優しい手つきなだけに、むずむずした気分になってしまう。
「……渚、ねえ……」
「なに? もしかして、嫌?」
からかうような声なのに、渚の声には不安がにじんでいた。
私が渚を拒むなんて、あり得ないことなのに。
「嫌じゃない」
「じゃあ、全部洗ってあげる。桃華、こっち向いて」
肩を掴まれ、体の向きを変えられる。
予想外に渚の頬が赤く染まっていて、私はなにも言えなくなってしまった。
「桃華、他の人とお風呂に入ったことある?」
「……ないよ」
「私が初めて?」
「うん」
そっか、と呟いた渚があまりにも嬉しそうな顔をしていて、勘違いしてしまいそうになる。
それとも、勘違いなんかじゃないの?
「桃華、綺麗」
「……渚だって、綺麗だよ」
少し日に焼けた肌は健康的で眩しい。それに、服を着ている部分は真っ白なままで、見てはいけないものを見ているような気持ちになる。
見つめ合ったまま、私たちはお互いに何も言えなくなってしまった。
ごくん、と唾を飲み込んで軽く深呼吸する。
一緒に風呂に入ろう、と誘ってくれたのは渚だ。だから次は、私がなにかを言う番だろう。
「渚。……今、キスしてもいい?」
言いながら、顔をゆっくりと近づける。いいよ、と答えて渚が頷いた。
唇を重ねる。いつもより少しふやけているからか、渚の唇は柔らかかった。
「桃華。もう一回、キスしない?」
頷くよりも先に渚の唇を奪った。強引に舌をねじこんで、渚の口内を味わう。
そのまま私たちは、何度も何度も唇を重ねた。
♡
「……さすがに、のぼせそうだよね」
真っ赤になった顔で渚が言った。
もう少し渚とのお風呂時間を楽しんでいたいけれど、さすがに私ものぼせそうだ。
「うん。上がろうか」
身体を洗いながらキスをして、浴槽につかってキスをして。
私たちは今日、数えきれないほどキスをした。
相変わらず、友達のままで。
「桃華」
「なに?」
「今日は、一緒のベッドで寝ちゃわない?」




