第58話 どうせなら
「えーっと……渚、どうしたの? 今日、なにかあった?」
今日は両親がいない。だから私は、家に泊まらない? と渚を誘った。
渚は何回も私の家に泊まったことがある。不自然な誘いではなかったはずだ。
まあ、私が人生をやり直してからは、初のお泊まりだけど。
というわけで、緊張しつつも楽しみに渚を待っていた……のに。
どこからどう見ても、渚の様子がおかしいんだけど!?
「ねえ、渚?」
両手で肩を掴み、顔を覗き込む。渚はすぐに目を逸らしたけれど、代わりにぎゅっと抱きついてきた。
いきなり抱きつかれて、心臓が騒ぎ出す。これくらいのスキンシップなんて珍しくないけれど、やっぱりいつまでもどきどきしてしまうのだ。
「……今日、どこかへ出かけた?」
確信はない。でも、なんとなくそんな気がした。
渚の家から私の家へくるだけなら、こんなに汗をかくこともないだろうし。
「……うん。実はさ」
渚は軽く深呼吸し、私を真っ直ぐに見つめた。
「草壁と会ってきた」
「……え」
予想外の言葉に、何を言って、どんな顔をすればいいのか分からなくなる。
どういうこと?
草壁と会った? 夏休みの今?
「草壁に呼び出されたの」
「……なんで」
どくん、どくんと心臓がうるさい。まずは冷静にならなければ、と頭では分かっているのに、心がついてこない。
「話があるって」
気づいた時、私は渚の手首をぎゅっと掴んでいた。
「話って……なんなの」
どうしよう。告白じゃないよね? 草壁は今、渚じゃなくて私が好きなんだよね?
でも、渚は最高に可愛いし、元々付き合って結婚するくらい、二人の相性はいい。
「なんだと思う?」
「教えて、渚」
渚は曖昧な顔をして微笑んだ。そして、そっと私の頬に手を伸ばす。
「私と桃華の関係が、おかしいって」
「……なにそれ」
付き合ってもいないのに、キスをして、触れ合って、周りに見せつけるようなこともして。
それが普通じゃないなんてこと、私だって知ってる。
でもなんで、草壁に言われなきゃなんないの?
草壁はどうしてそれを渚に言ったの?
「桃華は、どう思う?」
この質問に、正解はあるんだろうか。渚を今度こそ私の物にするために、どう答えるのが正解なんだろう。
好きだって……付き合いたいって、私から言えばいいの? それで、全部うまくいくの?
渚から関係を変えてほしい。そう思うのは、ただの我儘なの?
「渚」
じっと渚を見つめる。なにかを言う代わりに、私は渚にキスをした。
渚は一瞬だけ驚いていたけれど、すぐに力を抜いて、口を開く。
きっとこういうのが、おかしいってことなんだよね。
でも、草壁なんかに分かるわけない。気持ちを伝えるのがどれだけ怖いことかなんて。
いいよね。どうせ、好きな子にはあっさり告白できて、幸せになってきたんでしょ。
そうやって、渚とも付き合ったんでしょ。
私はずっと、渚に好きだって言えなかったのに。
好きな人が他人のものになる絶望なんて、知らないくせに。
近頃昔より落ち着いていた草壁への嫉妬が、私の中でどんどん大きくなっていく。
「おかしくても、私は今、渚とキスがしたい」
「……桃華」
せっかく人生をやり直せているのに、相変わらず私は臆病なままだ。
神様もどうせなら、私を勇敢にしてくれればよかったのに。




