第57話(草壁視点)おかしい
グラウンドからは運動部の掛け声が聞こえる。夕方だというのにまだ空は明るくて、立っているだけで汗が出てくる。
時刻は、17時55分。
約束の時間まで、あと5分だ。
今日、俺は桃華ちゃんじゃなくて、藤宮さんを呼び出した。聞きたいことも、言いたいこともあるから。
「待った?」
顔をあげると、藤宮さんがゆっくりと歩いてくるところだった。
シンプルなシャツにショートパンツ、そしてキャップというラフな出立ちだ。
「あんまり時間ないから、手短に頼めない? この後、桃華と約束があるの」
勝ち誇ったように言いながら、藤宮さんが腕を組んで俺を睨みつける。
たぶん、俺が呼び出した理由になんとなく察しがついているんだろう。
「分かった。まず、聞きたいことがあるんだけど」
「なに?」
「藤宮さんと桃華ちゃんって、どういう関係なの?」
俺の質問は予想通りだったんだろう。藤宮さんはすぐに返事をした。
「なんて言えば納得するの?」
「……そういうのいいから。本当のこと言って」
「どうして? なんで私たちのこと、草壁に言わなきゃいけないの?」
むかつく返しだが、正論だ。
俺と桃華ちゃんはただの友達で、俺の一方的な片想い。
二人の関係性を問い詰める権利なんて、俺にはないのだ。
「俺が、桃華ちゃんを好きだから」
「……へえ?」
知っていただろうけれど、こうして宣言するのは初めてだ。
引きつった顔で、藤宮さんが俺を見つめた。
「二人は付き合ってるの?」
「そうだって言ったら?」
「こんな恋人はやめなよって桃華ちゃんに言う」
「……違うって言ったら?」
「俺と付き合おうよって言う」
煽るようににっこりと笑ってみせれば、藤宮さんは怒りに満ちた瞳で俺を見た。
「桃華は絶対、アンタと付き合わないから」
「なんで? どうせ、藤宮さんと付き合ってるわけじゃないんでしょ?」
「……だったらなんなの」
俺が藤宮さんに抱いている違和感の一つが、余裕のなさだ。
今だってそう。どうせ桃華ちゃんが俺の告白を受けるつもりがないと分かっているのなら、焦る必要だってないはずだ。
それに、わざわざキスを見せつける必要だってない。
大勢の前であんなことをして、もし写真や動画が拡散されてしまったら、桃華ちゃんだって傷つくのに。
「おかしいよ、藤宮さんは」
「……は?」
「今の二人の関係は、絶対間違ってると思う」
「……なにそれ」
「言葉通りの意味だけど」
どういう経緯で二人が今のような関係性になったのかは知らない。
分かるのは、二人の関係が不健全だってことくらいだ。
「俺は桃華ちゃんと、普通の恋人になりたいと思ってる」
藤宮さんも桃華ちゃんも、きっとお互いに依存しきっている。
それは、二人が幼馴染で、ずっと一緒にいるからじゃないだろうか。
他に恋人ができて、共に過ごす時間が減れば、二人は普通の友達に戻れるだろう。
依存は、恋じゃない。二人はちゃんとそれを自覚するべきだ。
「俺の言いたいことはそれだけ」
告白する前に、二人の関係をしっかりと確かめておきたかった。
その方が、ちゃんと桃華ちゃんと向き合える気がして。
「またね、藤宮さん」
別れを告げ、返事を待たずに歩き出す。少し歩いたところで、草壁! と藤宮さんに呼ばれた。
「桃華は……桃華は、私の物だから!」
俺を見る藤宮さんの眼差しは相変わらず鋭い。
だから、相手を自分の物なんて言う時点で、おかしいんだってば。
返事をせず、俺は駅に向かって歩き出した。