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第52話 久しぶりの海

「俺、いろいろ持ってきたよ。ボールとか、イルカのやつとか」


 そう言って、草壁は手に持った海用のおもちゃを得意げな顔で見せてきた。

 既にボールにもイルカにも空気が入っている。


 ……どっちも、見たことあるな。海に行った、って笑顔の渚に写真を送ってもらったんだっけ。


 どうしても水着姿の渚の写真が欲しかったけれど、草壁と一緒にいるところは見たくなかった。

 だから送ってくれた写真から草壁だけを切り取って保存した。


 懐かしいな、なんか。

 時間が経ったって、全然いい思い出にはなってないけど。


 今でも前の人生のことを思い出すと悔しくて、むかついて、悲しくて泣きたくなる。どうしてもっと早く行動できなかったんだろう。


「桃華ちゃん? これ、そんなに気になる?」

「えっ? あ、うん。その、楽しそうだなって」


 いけない。つい見すぎてしまった。


「じゃあ遊ぶ? これ乗りにくいけど……乗り方教えようか?」


 草壁がイルカを差し出してきた瞬間、渚が素早くイルカを草壁の手から奪った。


「これ、二人乗りでしょ。だったら桃華と私が乗らないと」

「……藤宮さん」

「それとも、なに? まさか桃華と乗るつもりだった? セクハラじゃない?」

「……分かったよ」


 呆れたように草壁が溜息を吐く。渚は片腕でイルカを抱き、反対の手で私の腕を引いた。


「一緒に乗ろうよ」


 いつか見た写真では、渚の後ろに草壁が座っていた。

 確か、草壁の友達を含めた男女数名で海へ行っていたのだ。


 私も、誘われたんだっけ。

 でも行けなかった。他の人の彼女として振る舞う渚なんて見たくなくて。


「うん」

「乗りにくかったら普通の浮き輪もあるからね!」


 背後から草壁が叫ぶ。私がいるから平気だし! と笑顔で言い返す渚を見て、ずきっと胸が痛んだ。





「え? 私が前なの?」

「うん。その方が調整しやすくない? 桃華、バランスとるの苦手でしょ?」

「……それはそうだけど」

「なに? 私の方が小さいから前に乗るべきって言いたいの?」

「だって、そうじゃない」


 分かりきっていることを言っただけなのに、渚はぷくっと頬を膨らませた。


「とにかく桃華が前! ほら、乗って見て。私が支えるから」


 海にイルカを浮かべ、渚が手で持って固定する。


 いける? これ、ちゃんと乗れるの?


 不安に思ったが、渚がイルカを固定してくれているおかげで意外と簡単に乗ることができた。


「じゃあ次、私乗るね!」


 渚がイルカに乗るということは、支えてくれていた人がいなくなるということ。

 ぴょん、と勢いよく渚がイルカに飛び乗ったのと同時に、イルカは一回転した。


 つまり、私たちは海に叩きつけられたのである。


「わっ……!」


 海水が鼻や口に入ってきて、ラッシュガードが肌にはりつく。

 髪だって海水で濡れてしまった。


 最悪……と思いながらイルカにしがみつこうとすると、背後から渚が抱きついてきた。


「ごめーん!」


 全く悪いなんて思っていなさそうな声で謝った渚は、そのまま私のラッシュガードの中に手を入れてきた。


「渚……!?」


 渚は何も答えない。大丈夫!? と泳いできた草壁が近づいてきても、海の中で私の身体をまさぐっている。

 お腹をなぞり、へそをほじり。その手が胸元に迫ってきそうになったところで、慌てて私は渚から離れた。


「桃華、怒んないでよ。わざとひっくり返したわけじゃないんだし」

「え? いや、そうじゃなくて……」

「なーに?」


 きょとんとした顔で渚が首を傾げる。


 絶対、わざとだ……!!


 もしかして渚、草壁の前でこっそり私に触るために、ラッシュガードを着たら? なんて提案してきたの!?

 なんのために? どうして?


 渚の意図は全く分からない。しかし残念ながら、私の推測は当たっていたらしい。


「もう一回チャレンジしてみよ、ね?」


 笑いながら渚は、草壁から見えない角度で、再びラッシュガードの中に手を突っ込んできた。

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