第51話 いざ、海へ
電車に揺られながら、窓の外の景色を眺める。隣に座る渚は、二つ前の駅を過ぎたところで眠ってしまった。
私たちの住んでいるところから海までは、かなり距離がある。
座れて、本当に助かった。
夏休みなだけあって、中途半端な時間でも電車はかなり混んでいる。運よく座れなければ、今頃ぎゅうぎゅうに押しつぶされていただろう。
考えてみれば、渚と海に行くのは小学生の時以来かも。
私は人混みが好きじゃないし、暑いところも好きじゃない。泳ぐのも得意じゃない。
だから、海は苦手だ。渚もそれを知っているから、私を海に誘うことはなかった。
草壁とは、よくデートで海とかプールに行ってたよね。
はしゃいだ写真、よく見せられたな。
そんなことを思い出すと、いまだに心臓が苦しくなる。
今度の人生は、苦手なことだって、渚と一緒に楽しみたい。
♡
「わー! 海だ!」
駅を出てすぐ、渚が大声ではしゃいだ。
目の前に広がる海は広く、近くには海の家も大量にある。
「桃華、早く着替えて海行こうよ!」
「うん」
駅付近に、期間限定で設置された臨時更衣室がある。
そこで水着に着替えた後、砂浜で集合……というのが草壁との約束だ。
♡
「……ラッシュガードって、結構暑いね」
既に汗をかいているせいで、布が体にはりついて気持ち悪い。
暑さだけを考えればこんなもの、今すぐ脱いでしまいたい。
「草壁の前で脱いじゃだめだからね?」
念を押すように渚が言う。電車の中でも、しつこいくらい言われたことだ。
だったら、今日はもっと地味な水着でくればよかったのに。
「……渚はいいの?」
「私は別に。桃華ほどスタイルもよくないし」
渚の水着はワンピースタイプの物だ。一見、普通の服のようにも見える。
胸元にボリュームのある花の飾りがついていて、華やかな水着だ。白とオレンジのグラデーションが綺麗で、渚によく似合っている。
「桃華って本当スタイルいいよね」
言いながら、渚がそっと私の胸元に手を伸ばしてくる。やめてよ、と一歩後ろへ下がると、渚はニヤッと笑った。
「いいじゃん、別に。更衣室で、女同士でそんなに嫌がった方が浮くよ?」
悪戯っ子のような顔で、渚が私の胸をつつく。ラッシュガードを上から羽織っているはいえ、中は水着だ。
しかも周りに人がいるというこの状況に、いつも以上にドキドキしてしまう。
もしかして渚が海へ行こうなんて言ったの、こうやって私をからかうためなの?
「私が揉んだら、もっと大きくなったりして」
「……渚」
「ごめんごめん。こういう話は家で、だよね?」
うん、というのも変な気がして、何も答えられなくなってしまう。
私が困ったのを見て満足したのか、渚は私の手をぎゅっと握った。
「じゃあ、草壁のとこ行こっか」
「……うん」
今日一日、大丈夫だろうか。何事もなく終わればいいけれど。
……いや、何事もなく、じゃだめだ。渚と恋人になるために、私も頑張らないと。
更衣室を出て、砂浜へ向かう。少し集合するのに時間がかかってしまったけれど、草壁と無事に合流することができた。
「桃華ちゃん、藤宮さん!」
大きく手を振る草壁の身体は、かなり引き締まっている。
周りからちらちらと見られているのも納得だ。
「桃華。今日のデート、楽しみだね」
草壁に聞こえないように、渚がそっと私の耳元で囁いた。