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第39話 だめじゃん

「桃華ちゃん」


 もうすぐ借り物競争が始まる……というところで、草壁が救護テントにやってきた。たぶん、持ち場をこっそり抜けてきたのだろう。


「これ、自販機で買ってきた。飲む?」


 笑顔で差し出してきたのは、スポーツドリンクの入ったペットボトル。ちょうど喉が渇いていたから、ありがとう、とお礼を言って受け取る。


「次、藤宮さん出るね」

「うん」

「藤宮さん、何のお題引くかな」


 藤宮さん、と草壁が渚の名前を言うたびに心が騒ぐ。今の二人の間にはなにもないことを知っているけれど。


 だって二人は、結婚できちゃうほど相性がいいんでしょ。


「俺もさ、借り物競争出たかったんだよね」

「借り物競争、人気だったもんね」


 私からすれば、借り物競争なんてめちゃくちゃ嫌な種目だ。一人で走らなければいけないから目立つし、なにより、コミュニケーション能力の低い私にはきつい。


「俺が出てたら、桃華ちゃんのこと迎えにきてたかもよ」

「……どんなお題で?」

「可愛い子、とか」


 目を合わせて、草壁がにっこりと笑った。本気なのか、からかっているのか……絶妙な微笑みに、罪悪感が募る。


 渚のことを好きになってほしくない。二人に付き合ってほしくない。

 そのために、草壁に近づいた。


 でももし、私のことを本当に好きになっちゃったら……私は、草壁に……優希くんに、すごく酷いことをした、ってことになる。


「桃華ちゃんはどんなお題なら、俺のこと迎えにきてくれる?」

「……えっと」

「ねえ」


 もしここで、格好いい人、なんて思わせぶりなことを言えば、どうなるんだろう。

 草壁は私を好きになって、渚を好きになる可能性がもっと低くなるのだろうか。


「……背高い人、とか」

「もー、なにそれ。もっと褒めてよ」


 まったく、と草壁が楽しそうに笑う。褒めてるけど、なんて返しながら、私は視線をグラウンドへ向けた。


 恋が叶わない辛さを、私は誰よりも知っている。なのに、他人の心をもてあそぶようなことをしているなんて。


 渚を手に入れるために、手段は選んでられない。分かっている。それでもなんだか辛くて、私はそっと息を吐いた。





「桃華、きてっ!」


 目の前にやってきた渚が、返事も聞かずに私の腕を掴んだ。そのまま引っ張られて、グラウンドに飛び出す。

 頑張ってね、と言った草壁がどんな表情をしていたかを確認する暇もなかった。


「渚、待って! そ、そんな急には……っ!」

「ごめん! でも、勝ちたいから!」


 そう言われたら、黙って走るしかない。テントで休んでいたから、少し体力も回復している。

 けれど炎天下での全力疾走はきつくて、ゴールテープをきった瞬間、私は地面に座り込んでしまった。


「よかった、なんとか一番だよ、桃華」

「……よかった」

「走らせてごめん。でも、ありがと」


 しゃがんで、渚が私と目を合わせてくれる。グラウンドでは既に、次のレースが始まっていた。

 予想通り、観客席は大盛り上がりだ。


「お題、なんだったの?」

「気になる?」

「そりゃあまあ、気になるよ」


 まさか、好きな人? ……なんて想像するほど馬鹿じゃない。そうだったら嬉しいけれど、そもそも、体育祭でそんな案が採用されるはずがないから。


「なんだと思う?」

「……髪が長い人」

「残念、はずれ。正解はね……」


 くすっと笑って、渚が私に近づいてくる。そして、耳元でふっ、と息を吐いた。


「……っ!? なに!?」

「耳が弱い人」

「……そんなわけないでしょ」

「そんな冷静な反応しなくてもいいじゃん。まあ、嘘だけどさ」


 ちょっとからかっただけなのに、と渚が唇を尖らせる。渚はそのつもりなのかもしれないけれど、私の心臓は爆発寸前になってしまった。


「本当はこれ」


 渚が体操服のポケットから、四つ折りにされた紙を取り出す。紙を開くと、髪が長い人、と書いていた。


「私の読み、当たってたじゃない」

「うん。さすが桃華って思った」


 はは、と大きく笑った後、不意に渚が真顔になった。そして、冷たい目で私を見つめる。


「さっき、草壁が救護テントにきてたでしょ。なに話してたの?」

「別に、たいしたことは話してないけど」

「他のクラスの子にね、あの二人って付き合ってるの? って聞かれたんだよね」


 渚がゆっくりと息を吐く。そして、私の手をぎゅっと握った。爪を立てられて、思わず、いたっ、と声が漏れる。

 しかし、渚は私の手を離してくれない。


「だめじゃん、勘違いされるようなことしちゃ」

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