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第17話 一生の思い出

 渚が目を閉じて、私のキスを待っている。


 こんな瞬間がくるなんて、思ってもみなかった。


 これは間違いなく現実なのだろうか。都合のいい夢や妄想ではないのだろうか。

 もしかしたら、自殺した私を哀れに思った神様が幸せな夢を見せてくれているのかもしれない。


 だとしても私は、ずっとこの世界にいたい。


「渚」


 名前を呼んで、渚の頬に触れる。誰かとキスをするのなんて、生まれて初めてだ。私は、渚以外を愛したことはないから。


「本当にするからね」

「……早くしてよ」


 そう言って、渚が目を閉じた。私は目を閉じない。

 私とキスをする渚の顔を、しっかりとこの目に焼きつけたいから。


 ゆっくり近づいて、渚の唇に自分の唇をそっと重ねる。

 柔らかくて、生温かい。むにっとした感触は、当たり前だけれど自分の唇と似ている気がした。


 唇を離して少しすると、渚が目を開いた。ほんのちょっと気まずそうな顔をして、私から目を逸らす。


 可愛い。今すぐ、もう一度キスしてしまいたい。


「もう一回、する?」


 なんでもないことを聞くように聞いたつもりが、私の声は震えていた。

 でも、渚はそれを指摘せず、黙って頷く。


 今度は目を閉じて、私は渚の唇を奪った。





「じゃあ、私、そろそろ帰らないと」


 気づいたら、窓の外が茜色に染まっていた。あと少しすれば、渚のお母さんや弟が帰ってきてしまう。


 いつもなら顔を合わせても何の問題もないけれど、今日は普段通りに振る舞える気がしない。

 渚もそれは分かっているみたいで、こくん、と小さく頷いた。


 部屋を出て、玄関へ向かう。私が靴を履くまでの間、私たちはずっと無言だった。


 ずっと一緒にいるから、沈黙なんて珍しいことじゃない。

 だけど、こんな沈黙は初めてだ。


「桃華」


 私がドアの取手に手をかけた瞬間、名前を呼ばれた。


「あのさ、今日のことだけど……」


 渚はなんと言うのだろう。

 忘れよう? それとも、なかったことにしよう?


「絶対、忘れないでね」


 念を押すように言うと、渚は私の目をじっと見つめた。


「私たちの初めては、今日なんだから」


 忘れるわけがない。忘れられるわけがない。

 私はもう長い間ずっと、その唇に触れたかったのだから。


「絶対忘れない。渚も忘れないでよ」

「うん。なんなら、証拠の写真でも撮っておけばよかったね」


 冗談っぽく渚は笑ったけれど、私は本気でそうしておけばよかったと後悔した。


「じゃあ、また明日ね」


 そう言って玄関を出る。がちゃっと鍵がかかる音を確認してから、私はゆっくり歩き出した。


「……夢じゃない、のよね」


 右手の人差し指で唇に触れる。そこにまだ渚の温もりが残っているような気がして、くらっとした。


 今日、好きで好きでたまらない相手とキスをした。

 たぶん死んでも、今日のことは忘れない。


 それと同時に、もっと、もっとと先を望む気持ちが生まれた。

 キスだけじゃ、物足りない。


 こんな気持ちになるなんて、やっぱり私は、おとなしく身を引けるタイプじゃなかったんだわ。


 今日のことは大切な思い出としていつまでも覚えておく。

 だけど、これで満足するつもりはない。

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