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第1話 絶望の薬指

『ねえ、明日の夜会えない? 聞いてほしい話があるの』


 なぎさからメッセージが届いたのは、ちょうど私が退社した時だった。


 確か今日、記念日だから有給とったって言ってたな。


 8月25日は、渚とその彼氏の記念日だ。

 二人は何度も別れと復縁を繰り返しているけれど、一番最初に付き合ったのが8月25日。


 今からもう、9年も前のことだ。

 当時、渚も私もまだ高校1年生だったから。


 渚がいきなりこんなことを言うってことは、また喧嘩でもしたのかな。


 二人はよく喧嘩をする。そして、喧嘩をするたびに渚は幼馴染である私に愚痴をこぼす。


 いつものことだ。


 いいよ、とメッセージを送る。

 渚の愚痴を聞くのは私の役目。誰にも渡したくない。


 小さい時からずっと、渚のことが好きだ。

 でも、一度も想いを伝えたことはない。

 渚は普通に男の人が好きだし、私は渚が幸せならそれでいいから。


 恋人にも夫にもなれないけれど、私は親友として一生渚の傍にいる。

 それでいい。それだけで、十分だ。


 恋には終わりがあるけど、友情には終わりがない。


 どこかで見かけたお気に入りの言葉。

 私は、この言葉を支えにずっと生きてきた。





「よし」


 仕事終わりにすぐトイレに駆け込んで、慌ててメイクをなおす。

 渚に会う時は、一番可愛い私でいたいから。


 黒髪ロングに、真っ赤なリップ。

 どちらも、私に似合うと渚が褒めてくれたもの。


 大学生になってすぐ、渚にパーソナルカラー診断へ連れていかれた。

 そこで私はブルベ冬という診断を受け、以後渚はその診断に従ったコスメをくれるようになった。


 私は渚がくれた物なら、どんな色のコスメだって嬉しいんだけどね。


 メイクなおしが終わったら、首筋と手首にさっと香水を吹きかける。

 爽やかな、シトラスの香水。


 鏡に映った私は、我ながらいい女だと思う。





桃華ももか、待った!?」


 改札を出て、渚が全速力で走ってきた。

 ちょっとだけ、と返すと、渚が両手を合わせて頭を下げる。


「本当ごめん! 定時直前に上司に捕まっちゃってさあ」


 話の内容なんて、全く耳に入ってこなかった。


 だって、渚の左手の薬指に、見覚えのない指輪があるから。


「あー、これ、気になる?」


 渚は幸せそうに笑いながら、指輪を私に近づけてきた。


「昨日、もらったの」

「これって……」

「うん、婚約指輪」


 嘘。

 今日の話って、愚痴じゃなくて婚約報告だったの?


「いや、優希ゆうきとはいろいろあったけどさあ、やっぱりもう、結婚するなら優希しかいないかなって」


 渚が幸せそうに笑う。

 大好きなはずのその笑顔を、今は真っ直ぐに見つめられない。


 私の方が絶対、いっぱい思い出があるのに。

 私の方が絶対、渚のことを愛してるのに。


 私の方が絶対……先に、渚を好きになったのに。


 渚が幸せならそれでいい。

 そう思っていた。そう思っていたはずだ。


 なのに、上手く笑えない。


「桃華?」


 早く言わなきゃ。おめでとうって。よかったねって。


 大好きな親友が、結婚するんだから。


「おめでとう、渚」


 渚の瞳に映った私は、完璧な笑顔を浮かべていた。

 渚も笑顔で頷く。


 もし私が、作り笑いが下手だったら。

 もし私が、嘘が下手だったら。


 私たちは、親友以外のなにかになれてたのかな?

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