第6話
坂道を登り切る頃には、恭介と綾寧にかなり距離を離されて、僕だけが息を切らしていた。汗でカッターシャツが張り付いて、かなり気持ち悪い。
「ちょっと…休…憩……。」
声にならない声を振り絞る。思わぬところで、運動を全くしていないのが露呈してしまった。
「早く来いよ!」
無邪気な笑顔でこちらに手を振る恭介。やっとの思いで頂上まで登ると、そこには夕焼けに照らされて輝く町が広がっていた。
高い建物もあまりないし、規模もそれほど大きくない。この町にしか無いもの、なんて無いのかもしれない。それでも、なんというか、僕にとってはかけがえのない町だ。
「なんか昔を思い出すねー。だいたいここで鬼ごっことかしてたよね。」
「あの頃は楽しかったな…。悩みとか、なにもなかったし」
ふと、小さかった頃を思い出す。何気ないこともすべてが新鮮で、今よりも世界が明るかったような。成長するにつれて忘れていってしまうものって、あると思う。
「おいおい、それだと今が楽しくないみたいじゃねえか。」
「そんなことはないけど、なんか懐かしくて。」
「ま、言いたいことはわかるけどな。ほらよ!疲れただろ?」
手渡されたのは、スポーツドリンク。正直、めちゃめちゃありがたい。
「綾寧も、ほら!」
「わ、ありがとー!ミルクティー大好き!!」
3人で、ジュースを持ってベンチに腰掛ける。しばらくは言葉を交わさず、景色に見入っていた。
「もう高校生かー。あたしたち。なんかあっという間だね。」
束の間の沈黙を破ったのは、彩寧。どこか遠い目をして、僕たちに話す。
「2人は、将来の夢とかあったりする?」
「俺は、陸上の選手になりてえ。夢は大きく、オリンピック優勝だ!」
輝く目で、まるで全世界へと自分の夢を宣言するかのように恭介は言う。ここまで堂々としていると、本当に成し遂げられるんじゃないかとさえ思える。
「僕は…。特にないかな。」
将来の夢、か。今まで何度か、学校の授業とかで考える機会はあった。でも、結局、大人になって何がしたいのか、何になりたいのか。そのどちらの答えも、今の僕は持ち合わせていない。
「そっか。あたしも、やりたいこととかないんだよね。だから、恭介みたいなのって、ちょっと羨ましい。」
「夢なんか言ったモン勝ちだろ?1回しかない人生なんだからさ!」
本当に、底なしにポジティブな奴だ。恭介が弱音を吐いているところなんて、今まで一度たりとも見たことがない。
「今はさ、高校生になったばっかで、今まで通りにこうして遊んでいられてるけど…。卒業したら、みんな離れ離れになっちゃうじゃん?」
「まあ、そうなるだろうね。少なくとも、こうやって毎日顔を合わせられるのは。」
「あたしね、そうなるのが想像できなくって。ずっと一緒にいるみんなと、たまにしか会えなくなるなんて、そんなの寂しいよ…。」
言われてみれば、確かにそうだ。この町に引っ越して来てから約7年。そのほとんどを、いつもの5人で過ごしてきた。今まではなんとなく、このままの日常が、5人で過ごす毎日が…。ずっと続くような気がしていた。そうあって欲しいと思うあまり、現実から目を背けていた部分もあるのかもしれない。
「あと3年…いや、受験とかも考えると、2年とちょっとか…。」
大人になって、年を重ねていくと、5人で過ごしてきたこの日々は、過去のものになってしまうのだろうか。例えば、僕が引っ越してくる前。向こうにいた頃は、内気な性格もあり、友達が少なかった。それでも仲良くしてくれた女の子がいた。一緒に本を読んだり、絵を描いたりして、とても楽しかった記憶がある。でも、転校してからというもの、一度も会うことはなかった。今、どうしてるのかな…。
そんなことを考えていると、恭介が口を開く。
「確かに、こうやって遊んでられるのは、あとちょっとなのかも知れねえ。でもよ、卒業してもダチじゃなくなるわけじゃないだろ?未来のことばっかり考えてても仕方ねえって!今を目一杯楽しもうぜ!」
「そう…だよね!ごめんね、なんか暗い雰囲気にしちゃって。」
「まずはゴールデンウィーク、楽しもうよ。」
「もちろんだ!それだけじゃないぞ。体育祭も文化祭も、夏休みも冬休みも…。全部楽しみで仕方ねえ!最高にエンジョイするぞ!」
「『おー!』」
あっという間にいつもの空気に変わる。恭介の言う通りだ。もちろん、未来のことも大事だけど、それ以上に今を大切にするべきだよな。
「日も沈んだし、そろそろ帰ろっか。」
そうして、僕たちは夕日と夜空のグラデーションに背を向けて、家路についた。