第19話
思わず顔に力が入る。それに応えるようにしてじいちゃんも、いつになく真剣な面持ちをしている。そうして、重い口を開いて語り始めた……。
「まずは、そうじゃな…。正徳と会ったそうじゃが、あいつはどんな様子だった?」
「病院の前で信号待ちをしてたんだけど、似ている人が居ると思ったから声をかけたんだ。そうしたら、いきなり変な声を出して殴り掛かってきた…。それだけじゃなくて、僕のことを人殺しだ、母さんを殺した、とか…、そんなことも言ってた。」
さっきの出来事をそのまま話すと、じいちゃんは片手を額にあてがいながら俯いた。
「そうか…。実はな、あいつは精神を病んでしまったんじゃ。最近はずいぶんマシになっていたんじゃが、今でも定期検診であの病院に通っとる。」
精神を病んだだって…?一体何があったというんだ。次から次へと疑問が湧いてくる…。
「ここからが本題なんじゃが…。あいつが壊れてしまったのは、婆さんが死んでからでな。お前は何で死んだと聞いとる?」
「確か…。心臓の病気で突然死したって、聞いたことがある。」
10年前、母さんが田舎から戻ってきた日に、そう聞いたような記憶がある。その時は何も疑わなかったけど、もしかしてこれが嘘だったのか…?
「本当はの……。行方不明になったままなんじゃよ。」
「え…!?」
こんなことがあっていいのか。ずっと信じて疑うことのなかった事実が、一瞬にして覆る。
「お前たちが帰ってから3日後くらいじゃったかの…。婆さんは、神社の方に行ったきり、戻って来なかった…。すぐに警察が捜索を始めたが…、見つかったのは山道に残された靴だけじゃった。あやつらが言うには、足を滑らせて崖から落ちたか、はたまた海へ飛び込んだか…。碌な証拠もないもんで、結局行方不明のままじゃ。」
心臓の鼓動が、うるさいくらいに響いてくる。
海へ飛び込んだって?そんなの、悪い冗談としか思えない。ばあちゃんは自殺したかもしれない、とでも言うのか?
「正徳はそれから塞ぎ込んでしまったんじゃ。部屋の中で、婆さんの形見をずっと手放さずに泣いておった…。そしてある日、婆さんが死んでもうたのは、晴太のせいだと言うようになってな…。お前と婆さんが仲違いしとるところを、あいつも見ておったせいだろうな…」
……!!
そんな…。あの人が変わってしまったのは、僕のせいなのか…?
それだけじゃない。ばあちゃんが亡くなってしまったのも、全部僕に責任があるのか…?
身体中が熱い。手の震えも止まらない。よくわからないけど、目から涙も溢れてくる。
僕は何も知らなかった。
消えることのない、僕の一生の後悔。
本当のことを全て知ってしまった今、それはもはや後悔なんて言葉だけで表せるようなものではなくなった。
もしかすると僕の過ちのせいで、色んな人の人生を壊してしまったのかもしれない…。
ばあちゃんや正徳さんだけじゃない。1人きりになってしまったじいちゃんもそうだし、正徳さんの家族だって居たはずだ…。
こんな僕が、のうのうと生きていて良いのか?壊してしまったいくつもの人生を背負いながら、罪悪感に苛まれながら。
今更、僕に償えるようなことがあるとも思えない…。
それならいっそ……
「晴太!よく聞け。」
その声に、はっと我に帰る。じいちゃんは、叱りつけるような声色で、僕の意識を引いた。
「婆さんや正徳がこうなってしまったのは、おまえに責任があるわけではない。誰が悪いということでもない。これはおまえを励まそうとしとるんじゃのうて、ワシがそう思っとるから言うとる。婆さんと1番長くおったのはワシじゃ!あいつは命を投げたりするような人間じゃなかった!」
感情を剥き出しにしながら、訴えかけるようにして僕に言う。こんなじいちゃんは見たことがない。
「だからな、晴太。間違っても自分を捨てたりはするな。そんなこと、誰も望んじゃおらん。おまえが健やかに暮らせていれば……。それだけで、ワシも、婆さんも幸せでいられるんじゃ。」
両手を僕の肩に乗せて、そう語る。
顔を真っ赤にして、目には今にも零れそうな涙をいっぱいにして…。
でも、その眼差しは真っ直ぐに僕へと訴える。
明日を捨てるな、と。
「じいちゃん、ごめん…。」
震える声で、ただ謝ることしかできなかった。
たくさんの人生を、変えてしまったことに対して。
自分はいなくなった方が良いんじゃないかと、思ってしまったことに対して。
「おまえは何にも悪くないんじゃ。だからな、今あるものを全部、大切にせえ。」
今あるもの……。
家に帰れば、暖かい家族が待っていて。
学校に行けば、仲良くしてくれる親友たちがいて。
嫌なことも辛いこともたくさんあるけど、なんだかんだ楽しいことの方が多くて。
そんなかけがえのない毎日が、僕にとっての宝物なんだ。
これから色んな壁が、僕の行く道を阻むかもしれない。
それに、この後悔が消えることは一生ない。
そうだとしても、僕は生きていかないといけない。
前を向いて、明日、また明日と。
歩みを止めることは、許されないんだ。
「……うん。全部、大事にするよ。」
涙を袖で拭って、決意を伝える。
それを受けて、じいちゃんは深く頷くと、続けて、
「さっき、晴太のせいではないと言うたな。その根拠は、ここにもある。」
そう言うと、古めかしい箱を僕の前に持ってきた。
中には、数冊のノートが入っている。
「これは…?」
普通のノートではなかった。メモのようなものがたくさん貼られたり、挟まれたりしていて、とても分厚い。
「これはな…、ワシが10年かけて、婆さんが居なくなってもうた原因を探ったものなんじゃ。」
そう言って、ページをパラパラめくりながら、僕に見せる。
よく見てみると、いくつかの行方不明事件の内容をまとめたものだったり、また他のノートには、ばあちゃんが居なくなった場所の近くにある春吹神社のことだったり。
これのために色々調べていたのかと、昨日役場で聞いた話が、ようやく腑に落ちた。
「できる限りのことはやったんじゃが、未だに分からずじまいでの…。でもワシは、自分なりに調べた上で、今も婆さんはどこかで生きておると信じとる。だからこの続きを、おまえに託したいんじゃ。」
余計なことを考える間もなく、僕はじいちゃんの手を取ると同時に、こう言った
「じいちゃん、あとは僕に任せて。どれだけ時間がかかるか分からないけど…。絶対に、諦めないから。」




