第18話
…………そう思っていた矢先。
正徳さんの様子がおかしいことに、すぐ気が付いた。
目は血走っていて、体も小刻みに震えているし、何やらブツブツと独り言を言っている。明らかに普通じゃなかった。
「大丈夫ですか…?」
自転車から降りて、正徳さんの方へと駆け寄った、その時。
「オレに触れるなァッ!!」
周りの音を全てかき消してしまうくらいの声量で、僕の手を振り払った。
頭の中が真っ白になる。目の前にいるのは、確かに正徳さんだ。それに間違いはない。
でも、なぜ僕はこんなにも拒絶されているのか。理解が追い付かず、少しの間ぼう然としていると、その人は僕に向けて怒鳴り始めた。
「オマエが…。オマエが母さんを殺した!オマエは人殺しだァッ!!ウガアァァァァァ-ッ!!」
奇声をあげながら、こちらに思いっきり殴り掛かってくる。
「痛っ…!」
鈍い音と共に、肩のあたりに激痛が走る。
避けようとしたけど、突然のことで反応が遅れてしまった。
混乱している頭をフル回転させて、とにかくこの場から逃げることだけを考えた。
自転車を押しながら走って、そのまま飛び乗る。後ろの方からは僕に対する怒号が、しばらく聞こえてきた。でも、あまりの恐怖に一度も振り返ることなく、ひたすらに足を動かし続けた……。
そこから家までは、疲れを感じる暇さえなかった。結局スーパーには寄らずに帰ってきてしまったことに、家の前まで来てから気が付く。
でも、今はそれどころじゃない。どうしてあんなことになったのか、さっぱりわからない。
最後に会ってから今までの間に、正徳さんの身に、何かあったのだろうか。
(じいちゃんなら…何か知ってるかな…。)
さっきのことをじいちゃんに話すかどうか、少しだけ迷いがあった。
あの人は、正徳さんではなくて、単に僕の見間違いだったかもしれない。というかむしろ、そう信じたかった。
僕の知っているあの人は、本当に優しい人だったから。昔はよく一緒に遊んでくれたし、常に笑顔を絶やさないような人だった。
そんなあの頃の正徳さんと、さっきの人が同一人物だ、なんて言われて信じられるはずがない。
でも、昨日見つけたあのバラバラの写真の犯人が、正徳さんだったとしたら。
…………全ての辻褄が合ってしまう。
僕に対して、「人殺し」なんて言っていたし、何らかの恨みを持っているのは確実だろう。
しかも、今僕たちが泊まっている家は、元々正徳さんが住んでいた家だ。物置部屋に入れて、大事なものが入った段ボールに触れられるのは……。あの人しかいない。
あの写真のことだけなら、なんとか心の内に押し込めたかもしれない。でも、決定的な出来事が起きてしまった。
とにかく、じいちゃんに聞いてみよう…。そう決意して、居間の方へ向かう。
「じいちゃん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど…。」
「おお晴太、どうかしたのか?」
「実はさっき、正徳さんが…。」
ここまで言った時点で、じいちゃんは険しいような、それでいて悲しいような、微妙な表情になっていた。
「おまえ…。会ったんか?」
何があったのか、まるで察したかのように僕に問う。それに対して、僕はゆっくりと頷いた。
そんな様子を見て、じいちゃんは大きなため息をついた後、話し始める。
「晴太…。ワシはおまえに、今まで隠してきたことがある。」
隠しごと?どういうことなんだ。
「ワシは、このことを正直に話したいと、そう思っとる。でもな、晴太。もし聞くというんなら、覚悟を決めた方がええ。」
覚悟……。そんなに重い話なのか…。
どうするべきか、しばらくの沈黙の中で考え込んだ。でもなんとなく、この場で聞かなかったとすると、もう一生この話を聞けるような機会はないような気がした。
それに、写真のこともはっきりさせたい。そんなことを考えていく内に、自然と本当のことを聞く以外の選択肢は無くなっていた。
深く深呼吸をして、じいちゃんに言った。
「…教えて欲しい、本当のことを。」




