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マモルは、秋祭りが好きだ。
小学校の運動会が終わった次の週末は、決まって村の秋祭りの日だ。小さな村の住民が総出で神社に屋台を出したりやぐらを組んだりして、遅くまでわいわいと騒ぐ。一年に一度、秋祭りの日だけは陽が暮れても外で遊ぶことを許してもらえる。
待ちに待った秋祭りの晩、ビールを飲んで赤い顔をする父親と、妹のコトミと手を繋ぐ母親を振り切って、マモルは学校の友だちとあちこちの屋台をのぞいて回っていた。
もともと、無事に作物を収穫できることを神様に願い感謝して催される祭りだという。けれどマモルには祭りの理由など何でもよく、いつもの友人たちと遅くまではしゃげる賑やかな空気が楽しめれば満足だった。交互に並んだ赤と白の提灯が頭上に並び、その下で様々な屋台が眩しい灯りを放っている。たこ焼きに、焼きそば、フランクフルトに綿菓子。射的もあればくじ引きに金魚すくいもある。たこ焼きを頬張る丸い頬に温かな光を受けながら、神社の境内をわいわいと歩き回った。
ゴミ箱探してくる。
マモルはそう言い残して友人の輪から少し離れ、かき氷のカップを捨てられる場所を探した。甘ったるいいちごシロップの粘つきが、まだ喉の奥に残っている。それが手に垂れたせいでべたべたするから、どこかで手も洗いたい。ゴミ箱にカップを捨て、マモルは神社の裏手に回った。普段からよく遊んでいる場所だから、裏に水道があることを知っていた。
境内を離れると辺りは唐突に暗くなり、一歩進む毎にざわめきは波のように遠ざかる。波と違うのは、それが戻ってこないことだ。どんどん引いて、自分がもうその中に戻れない感触すら覚える。神社を囲む木々が風にざわめき、枝葉の隙間から差し込む月明かりが細々と足元を照らすだけで、闇の中に引きずり込まれてしまう気がする。
本殿って、こんな大きかったっけ。
いつまで歩いても裏手に行き着かない。早足で進んでいるのに、板の壁はどこまでも向こうに続いて、背後の祭りだけが遠ざかる。もうどれだけ遠くなってしまっただろう。心細さに振り向こうとしたマモルは、視線の端に何かが落ちているのに気が付いた。
それをよく見て、悲鳴を上げそうになった。微かな明かりの中、乾いた地面に転がっているのは茶色の毛皮だった。四本の足を胴の下にしまったぺったんこな狐の皮が、地面に這いつくばっている。まるで剥いだ毛皮が伏せているみたいだ。ただ、買ってきた毛皮でない証拠に、狐のそばには点々と赤いしみが地面に滲んでいる。
そのしみを目で辿ったマモルは、闇の中にいっそう暗い影を見た。マモルぐらいの小さな子どもが、しゃがんで背を丸めている、ように見える影。向こうを向いた頭が微かに上下し、耳を澄ますとぴちゃぴちゃと水音が聞こえてくる。友だちの家で飼われている犬が餌を食べる時の音によく似ている。美味しそうに、舌を鳴らして食事をする時の音。
骨と皮しかないような痩せ細った影の背に息を呑んだ。その息遣いが聞こえたのか、影は頭の動きを止める。逃げなきゃ。そう思うのに、マモルの身体は全く動かない。心臓がばくばくと早鐘のように鳴り、はあはあと荒い自分の呼吸音が耳に届く。振り向かんで、振り向かんで。マモルの願いは叶わず、影はこちらに首を向けた。動画をコマ送りで見るような、かくかくとしたおかしな動きだった。
真っ黒な顔の中、口のあるべき部分は血に赤く染まり、棒切れのような手は生肉を握っていた。