第2話 緑月美湊
こげ茶色の長い髪をハーフアップにしている彼女の名前は、緑月美湊。
可愛らしい顔もさることながらスタイルも良く、細いウエストに長く綺麗な脚、ほどよく膨らんだ胸は彼女の身長にマッチしている。
高校生離れをしている……なんて大げさな事を言うつもりはないが、すれ違う男が思わず振り返ってしまう程には美少女だ。
このスタイルを維持するのは大変だろう。あの頃の面影はほとんどない、ほんとよく頑張ったと思う。
しかし優しそうな眼差しは昔から変わらない。そんな優しい目で溜め息を付いて陰鬱なオーラを出していた俺を、心配した様子で覗き込んできた。
「なにかあった……? 私でよければ相談にのるよ?」
「いや……」
お前さんの告白の事で悩んでいた……なんて事は言えるわけがなく。
首を傾げつつ上目遣いで覗き込むその仕草は大層可愛らしいものだった。なぜこんな子が告白に失敗するのか分からない。
「美湊、その……元気出せよ?」
「えっと……むしろ元気ないのは京宇ちゃんの方じゃないかな?」
その通りだった。誰がどう見ても元気がないのは俺の方で、元気がない奴に元気を出せと言われたら誰もがその返しになるだろう。
だって仕方がない。昨日、美湊はあんなにも元気が……。その姿はまるで、中学時代のあの頃に戻ってしまったかのようだった。
「……美湊、笑ってくれ」
「えぇ? えっと……こ、こうかな? えへへ……」
少しぎこちないが、恥ずかしそうに笑顔を見せてくれた美湊は、俺が知っているいつもの美湊だった。
どこか気が抜けた笑顔は、どこまでも人を安心させる笑顔。ほんわかした雰囲気の美湊に良く似合う笑顔だ。
昔の美湊は笑顔もなく酷いものだったが、ここ数年は優しい笑顔が似合うとても可愛らしい女の子になったと思う。
「なぁ美湊。お前って好きな奴とかいる?」
「え……えぇぇっ!? な、なに急に!?」
「いや、気になって……」
「わ、私の好きな人が気になるの? そうなんだ……そうなんだぁ、えへへ」
なぜか急に嬉しそうにしだした美湊。まるで恋する乙女のような表情だが、もしかしてあの男の事でも思い浮かべているのだろうか?
告白するくらいなのだから、好きであるのは間違いないだろうが、この頃からすでに意識していたのだろうか?
「で、どうなんだ? 告白とか……考えているのか?」
「こ、告白はまだ勇気が……それに他の子の事もあるし……」
そうか、という事は美湊はこの10か月の間に覚悟を決めるという事か。しかし覚悟を決めた所で、俺は結果を知ってしまっている。
なんとか思い留まらせたい所だが、失敗するから告白を止めろなんて言えない。
そもそも俺が言うのもお門違いだし、言われる筋合いもないだろう。
「美湊、その……頑張れ!」
「う、うん、頑張るっ!」
そう、美湊は頑張らなきゃいけない。だって同じ事をやっても告白は成功しないのだから…………ん? そういや俺は、美湊の告白の結果だけは知らないのだった。
なんで勝手に告白失敗だと決めつけていたんだか。成功していたかもしれないだろ、こんなに可愛い子なのだから。
というか成功するわ。誰が断んだよ、こんな可愛い美湊からの告白を。
恐らく、他の三人も同じくらい可愛い子なため、勝手に美湊の告白も失敗したのだと思ってしまったようだ。
「悪い悪い、勝手に失敗した事にしてたわ」
「そうなんだぁ……え、なにが?」
「そうだよな、美湊は可愛いもんな! 成功間違いなしだ」
「可愛い!? ほ、ほんとに!?」
頬を朱く染め、両手を握りしめながら詰め寄って来る美湊。その行動は美湊にしては珍しかったが、まぁ可愛い。
しかしこいつは客観視が出来ないのだろうか? 誰がどう見ても可愛いだろうに、そもそも告白だって沢山されているはずだろ。
「誰から見てもお前は可愛いだろ」
「……京宇ちゃんも可愛いって思ってくれてる?」
「思ってるよ、何を今さら」
「あ……えへへ」
モジモジしだした美湊を見ていると、本当に失敗する未来が考えられなかった。
しかしそうは言っても、美湊と同じように可愛らしい他の三人が失敗してしまったのは事実。
俺からすれば、断るなんて頭の片隅にも生まれないようなレベルの女の子からの告白を断ったのだ。
まぁ四人とも性格が違うので、好き嫌いはあるのかもしれないけど。性格が悪い子はいないしこの容姿だし、嫌いって奴はまずいないだろ。
「あ、あのね? 京宇ちゃんも……カッコいいよ?」
少し背伸びをして、耳元で囁くというあざとい事をしてくれた美湊さん。俺でなきゃ恋に落ちちゃってるね!
まぁ俺と美湊の付き合いは長いから、慣れているという事もあるが。中学時代の美湊の事もよく知ってるしな。
「……ほんとにそう思ってんのか?」
「お、思ってるよっ!」
「ならなぜっ! バレンタインデー、チョコくれなかったんだ!」
「ちょ、ちょこ……? あげたよね、去年も一昨年も」
そうだった、貰ってた。貰えないのは今年で、それは未来の出来事だった。
つまりまだ未来は確定していない……はず。もしかしたら俺はこの10ヵ月で、チョコを貰えなくなるほどに彼女達から好感度を失うのかもしれない。
逆に言えば、好感度を維持していけばチョコを貰える未来に辿り着ける!?
「俺、頑張るから。だから今年も、チョコくれますか……?」
「も、もちろん。なにがあってもあげるよ」
「何があっても……? うそつき」
「嘘じゃないもんっ! 絶対にあげるもん!」
頬を膨らませて抗議する美湊。嘘つきと言われた事に腹が立ったようだが、何があってもあげるだと?
何かがあったからくれなかったくせに。その何かとは、あの男の事が好きになったからとかなん…………。
「……はぁ」
「えぇ!? また溜め息!?」
「美湊、その……元気出せよ?」
「ま、またそれ?」
しばらくはあの光景が頭から消えてくれなさそうだ。
彼女達には笑ってほしい。笑ってほしいが、どうすればいいのだろうか?
人の感情、好き嫌い。そういうのって難しいよ、両想いって結構、難しいよ。
「……はぁ」
「――――なにその溜め息? 京宇くんには似合わないよ」
再び溜め息をついて美湊を困惑させてしまっていた時、停車した電車に乗り込んで来た女性が話しかけてきた。
俺と美湊はその女性に目を向ける。
そこにいたのは黄瀬渚紗。いつも通りのどこか冷やげな雰囲気を纏った、中学時代からの友人の一人だ。
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