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第1話






「……そう」


「ごめん」


 忘れ物を取りに教室に戻った時、その光景を目にしてしまった。


 友人である女子生徒、黄瀬渚紗(おうせなぎさ)がとある男子生徒に告白し……振られてしまった現場に。



「じゃあ俺、行くから。よろしく」


「……うん」


 俺は教室を出ようとする男子生徒に見つからないように、慌てて教室から離れて身を隠した。


 男子生徒が廊下の角を曲がったのを確認した俺は再び教室に戻り、まだ中にいるであろう渚紗に気づかれないように様子を窺った。


 悲しそうな顔をする彼女。はぁ……と浅い溜め息をつき、光が消えた目で見つめるのは渡そうと思っていたのであろうチョコの箱。


 なぜチョコなのか。それは今日が2月14日のバレンタインデーだからだ。


 しかし渚紗のあんな顔は初めて見た。一時間くらい前には、笑いながらバカ話で盛り上がっていたのに。


 声を掛けるべき……いやいや、そっとしておいた方がいいだろう。俺と彼女の関係性なら軽く声を掛けられるだろうが、彼女は今――――失恋したのだ。


 大体、なんて声を掛けるつもりだったのか。あんな顔をした渚紗に、なんて声を掛ければいい?


(分からねぇよ……)


 俺はそのまま、モヤモヤした物を胸に感じながら教室を後にし、校舎を出た。




 靴を履き替えながら、先ほどの彼女の事を思い出していた。


 渚紗が彼の事が好きだと言う噂は、実は聞いた事があった。でも俺は正直、ただの噂だと思っていた。


 長く一緒にいる彼女からそんな話を聞いた事はない。俺が気づかなかっただけかもしれないが、彼女が彼の事を気に掛けている様子もなかった。


 でも噂は聞いた事があった。そっか、噂は本当だったのか。それが最初に抱いた感想である。


 断られて、あんな顔をする事になるとは思ってもみなかったけど。



 靴を履き替えた俺は、渚紗の事を考えつつ校門に向かっていた、そんな時だった。


 見覚えのある後ろ姿をした男が、校舎裏へと続く曲がり角に消えていったのを見た。


 なぜそうしようとしたのかは分からない。気が付いたら俺は、彼の後を追って校舎裏へと足を動かしていた。


 しかし俺の歩みは遅い。何をしに行くつもりだと自問自答して、付いて行く理由なんて何もないと答えが出るのに足は動く。


 俺の友人を傷つけやがってとか、一言いってやらないと気が済まなかったのだろうか? なんて自分の行動の意味を確かめている時、話し声が聞こえて来たので足を止めた。



「――――」

「――――」


「…………」


 校舎の角に身を隠し、様子を窺ってみる。やっている事は褒められた事ではないけれど、どうしても気になってしまった。


 こちらに背を向けているのは先ほどの男子生徒。奥にいる人の姿は見えないが、声から女性であるという事は分かった。


 しかし、どんだけモテるんだアイツは。


 どうやら雰囲気的にまた告白を受けているようだ。しかも声の数から女性は二人、二人から同時に告白を受けているのだろうか?


 今日はバレンタインデーだから、女性が告白する日としてはうってつけな日だとは思うけど。


 ともあれ、流石にこれを聞くのはマズいだろうと踵を返そうとした時だった。



「――――というの?」


 小さく聞こえた女性の声。それはよく知っている声だけど、初めて聞く声でもあった。


 ついさっきも聞いた声、青柳咲桜(あおやぎさくら)の声だ。チョコください、あげないわよ、なんて会話をした時とは違った声色だったけど間違いない。


 あんな、今にも泣いてしまいそうなほど震えた声は初めて聴いた。



「さ……に……たは」


 小さな声だったのでハッキリとは聞こえなかったが、もう一人の声も聞き覚えのある声だった。


 聞き間違いようもない綺麗な声は、赤羽椛葉(あかばねもみじ)の声だ。その声が聞こえたと同時に男が振り返り、こちらに向かって来る。


 俺は慌てて茂みの中に身を隠し、彼が通り過ぎるのを待った。横切る瞬間、彼の横顔が目に入る。


 なんとも言えない気分になった。彼の表情には喜怒哀楽がなかったんだ。


 無駄な時間を過ごした、興味ない、つまらない。今にもそんな言葉が口から出てきそうな表情に俺の目には見えた。


 彼は凄くモテるようだから、他の告白だってたくさん受けているのだろう。たくさん受け続けていれば、彼の様になってしまうのかもしれない。


 しかし彼の表情を見てここまで心が痛むのは、やはり断られた女性たちが友人だからなのだろうな。


 彼が過ぎ去った後、茂みから身を出して彼女達の様子を覗いてみた。


 まただ。あんな沈んだ表情は初めて見る。そりゃ失恋したのだもの、当然だ。


 陽に照らされたせいか、椛葉の目元が僅かに光ったように見えた。


 その椛葉よりは余裕があるのだろうか? もう一人の友人である咲桜は、涙を零す椛葉を慰めるように寄り添っていた。


 そんな彼女達に、やはり俺は何も言えずにその場を去った。




 優れない気分、重い足取り、考え事をしながら家路につく。


 思い出していたのはもちろん彼女達の事。なんとも言えない気分で、どこへ向かうのかも考えずに足を動かす。


 はぁ……っと、何度目かも分からない溜め息をついた。なんで俺はこんなに気落ちをしているんだろう。


 ダメだ、本当に彼女達の悲しんでいた顔が頭から消えてくれない。頭を振って無理やりに頭から消し、伏せがちだった目を上げた時だった。


 またまた見覚えのある後ろ姿が、俺の前を歩いていた。


 いつから俺の前を歩いていたのか分からない。それほど俺は考え事に夢中になっていたようだ。


 そんな見覚えのある後ろ姿は、小さな公園へと入って行く。


 高校生にもなって公園で遊ぶのか? なんて馬鹿な事を思いつつ、彼が向かう先に目を向けてみた。


 ブランコの近くに誰か立っていた。こちらに背を向けているため誰なのかは分からないが、着ている制服はうちの学園の女子生徒ものだ。


 その女子生徒に向かって彼は歩いて行く。夕暮れの公園、待ち合わせ、バレンタインデー。


 ほんと、どんだけモテるんだアイツは。


 モヤモヤがイラつきに変わった。嫉妬じゃない、断じて嫉妬じゃない。


 嫉妬じゃないんだよ。だってまたなんだよ。



 後ろを向いていた女子生徒が振り向いた。その子、俺の友達だったんだよ。


 その女子は緑月美湊(みつきみなと)。中学時代からの友人だ。


 俺、女友達は何人かいるけど、特に仲良くやっている女友達は告白をしていた四人くらいだ。


 なんで仲の良い女友達が、揃いも揃って告白をしているんだよ? 受けているなら分かるけど、なんで同じ男に俺の友達四人が?


 俺に告白してくるなら分かるよ? いやごめん、それは嘘だけど。今年は義理チョコすらくれなかったし。


 ともかく、なんかイラつく。モヤモヤするし、イラつくし、気分が悪い。なんで、なんでだよ、なんでなんだよ。


 俺の友達だぞ、俺の……なんで俺には…………あぁ、そうか、俺ってガキだな、そりゃモテる訳もない。彼氏にしたくない男第5位になったほどの男だしな。


 でも俺って割とイケメンなんですよ。いやナルシストなんじゃなくて、男の友人達からの評価もあってそれなりなのは自覚している。


 昔から俺は自分を磨いていた。せっかく両親が与えてくれた、整った顔という才能なんだ。才能は磨いてこそ、伸ばしてこそである。


 それは俺の武器であり、自信となった。僻みや妬みもあるだろうけど、この容姿も含めて俺なのだから、周りにどうこう言われる筋合いはない。


 それなりに努力しているし、色々と良くするためにお金だって時間だって掛けてるんだ。


 人付き合いを良好にしようと頑張って行動してるつもりだし、運動や勉強だってやってる、影で筋トレとか睡眠学習とか頑張ってんだよ。


 だから彼氏にしたくない男第5位になった時は心が折れかけた。友人四人が慰めてくれて何とか踏ん張ったけど、きつかったなぁ。


 でも第5位はマジもんのマジなんだろう。だって、だって……。


(だって今年は誰もチョコをくれなかったんだよっ! 義理チョコすらないって悲しいよ!? 頑張ってきたのに! 今日は髪型のセットに一時間以上かけたのに!)


 慰めてくれた四人も結局くれなかったし、他の女子からも貰えなかった。実は今日バレンタインデーじゃないんじゃね? なんて思ったほどだ。


 去年までは結構もらえていたのに……今年の俺はそんなに駄目だったのか。正直、あの四人からは貰えるだろうなぁなんて思っていた自分が恥ずかしい。


 ……なんて、これは俺が勝手にやって勝手に思っているだけで、女の子達がどう思うのかなんて別の話である。


 自分はそれなりなんだから、チョコの一つや二つ貰えるだろうという自惚れ。仲が良いんだから貰えるだろうと言う、根拠に乏しい自信。アイツは貰えるのに、なんで俺は貰えないんだという幼児性。


 他の人なんて関係ないのに。結局は自分がダメだったからの結果なのに。


 アイツのせいで貰えなかった、なんていう事が頭を過った自分が嫌になる。


 イラついてしまっている自分に呆れながら、やはりモヤモヤしたものを感じつつ俺は公園を素通りして家路についた。




 改めて家路についている訳だが、やはり頭の中を支配していたのは彼女達だった。


 我が友人たち、揃いも揃って美少女であるとは思う。俺の主観ではあるけど、俺の立場を羨ましいという奴もいるし、俺の趣味がおかしいと言う訳ではないだろう。


 普通の男なら、普通の高校生男子なら即答で付き合っても不思議じゃない子達。


 言い方は悪いけど、そんな子達に告白されたら好きでなくとも付き合ってしまう男子は多いと思う。


 というか好きになっちゃうだろ、それが青春真っ盛りの童貞高校生というものでしょうよ。


 ともあれ、そんな子達が恋愛事で失敗して、あんな顔をするのだから分からないものだ。もちろん、容姿が全てという事ではないのだろうけど。


 というか、公園で見かけた美湊はどうなったのだろう? 彼女の告白の結果だけは分からない。


 でもどんな結果だとしても、色々と変わるのだろうな。四人でいる所は最近見ないけど、彼女達四人は友人同士なのだから。


 もし美湊が彼と付き合う事になったのなら、三人との関係は変わるだろう。特に仲の良い渚紗との関係は……。


 はぁ……恋愛ってやっぱり難しいよな。今回の様に、同じ相手を好きになった場合なんてのは、中々に苦しい恋愛なのだろう。


 誰も彼もが笑顔でいられる恋愛とかあるのだろうか? なくはないのかもしれないけど、やっぱり難しい気がする。


 ただ俺は、アイツらにあんな顔してほしくなかった。でもそれはエゴというか、我が儘というか大きなお世話というのか。


 彼女達は前に進んだんだ。失敗する事だって頭を過っただろう、それでも勇気を出して、結果を覚悟して進んだんだ。


 それは本当に凄い事だと思う。俺は正直、出来る気がしない。



「しかし、そうだったんだなぁ……」


 思わずそんな気の抜けた言葉を吐き出してしまった。


 彼女達があんな行動を取るなんて思ってもいなかったんだ。あんな行動というのはもちろん、先ほどの告白の事である。


 正直、あの四人は俺に好意を抱いているのだと思っていた。普段の言葉や態度、仕草や表情など、勘違いするには申し分なかったんだ。


 あぁ、恥ずかしい。本当に恥ずかしい。勘違い、自惚れ、自意識過剰のナルシスト。どうやら俺は、そっちの意味で鈍感だったらしい。


 出来れば好意に気づかない方の鈍感でありたかった。好意を勘違いする方の鈍感なんて滑稽なだけじゃないか。


 ほんと、変な行動する前で良かった…………。



「…………っと……あれ?」


(……どこだここ? 俺、なんでこんな所に……?)


 気が付けば見覚えのない路地裏にいた。いくらゴチャゴチャ考え事をしていたからと言って、こんな路地裏に迷い込むだろうか?


 どうやってここまで来たのか思い出せない。帰り道が分からず、これはマズいと思った時だった。


「――――ませ」


 小さな呟きが、俺の耳に入ってきた。


お読み頂き、ありがとうございます

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