一寸の虫にも五分の魂
場面は赤髪の少女、魔法使いのマーサの方へ移る。
マーサが名乗りを完璧にあげたのはともかく、転生者たる『暗殺者』と『盗賊』の二人はポカンとしていた。
それもそうだろう。
彼女が挙げた神の名『エレシュキガル』にピンと来ていない。
彼らがいた世界にも『エレシュキガル』の名は伝わっていたが、彼らのいた国ではマイナーだった。
否、界隈に精通する人間であれば知っているが、知識に疎い彼らにとっては「誰だそれ」状態である。
『落とし子』という単語にも首を傾げてしまう。
これもまた一般的ではない名称だからだ。
簡単に説明すると、神の力の断片を授かった。あるいは世界に漂っていた神の力の断片が、偶然入った存在。
概ね、後者のケースが多い。
多くの『落とし子』はちょっと他より才能やカリスマのある存在となり、自身が『落とし子』である事を自覚しないまま生涯を終える。自身の根源を自覚しないからだ。
断片の根源たる神の方も『落とし子』がいる事を認知しつつも、大概放置する。『落とし子』に興味がないからだ。
ただ、極稀に、マーサのように自身の根源を自覚すると、根源の神と対話し、力を授かるパターンもある。
マーサは冥界の女神『エレシュキガル』より加護を授かったのだ。
「分からないようね。私には魂の動きが読めるのよ!」
彼女は背後から忍び寄っていた『暗殺者』の本体に気づいていた。
影に身を落として完全に気配を消しても、魂が見えているなら、意味を為さない。
今『暗殺者』が行っている影に潜伏する技『影潜り』は闇魔法の一種。
マーサは闇に優位な光の魔法『ホーリー』を影へ放つ。
しかし――
影は完全に晴れ切ったと思いきや、別の攻撃がマーサに襲い掛かる。
『影潜り』が見抜かれた際に連鎖的に反応する罠だった。
粘着性が強い蜘蛛の糸のような網がマーサに覆いかぶさった。
彼女は慌てて火の魔法で何とかしようとしたが――
「ちょ……! 全然燃えない!? むしろ堅くなってる……!」
対処法が分からないと、絡まり続け粘着性も酷くなり、魔力を吸収すると硬化する性質がある特殊な罠なのだ。
間抜けな結末に『暗殺者』と『盗賊』は少し間を置いてから話す。
「コイツ。どうする?」
「人質に……出来そうにもないよな。あのシンゲツって奴、パワハラ糞野郎だからコイツを盾にしたってなぁ」
自棄になりつつ、マーサは叫んだ。
「ああああ! 私が、私が『魔法使い』じゃなければ!!」
実はこの異世界には『魔術師』という職業がいる。
だが、マーサは『魔法使い』。
何が異なるかと言えば『魔術師』は自身の属性の魔法を使いこなせる。
『魔法使い』は全ての属性の魔法を使いこなせる。
これだけ聞くと『魔法使い』は希少で優れているように聞こえるが、使える魔法全てが『魔術師』が使うものの劣化版なのだ。
ちゃんとした『魔術師』の方が優れている。所詮、本物に劣る偽物だと誰もが馬鹿にした職業。
マーサもそう蔑まれていた。
先程の『ホーリー』も本物の威力であれば、相手ごと吹き飛ばせていたのに。
全ての属性が使えなくても、ちゃんとした魔法が使える『魔術師』だったら……
マーサは、死を考えるまで追い詰められた経験がある。
皮肉にも、その経緯があって冥界の女神と接触できた。
だからこそ、女神に応えようとしたというのに。
マーサが悔しさで涙を濡らす傍ら、いつの間にか『暗殺者』と『盗賊』が首を切られ転倒しているのに遅れて気づいた。
「え………きゃあああ!?」
更に絡まった糸越しに見上げた先に、一人の男が立っている。
いつの間にいたのか、マーサは驚きの意味で再び叫ぶ。
「いやああああああっ! わ、わわ、私、そのっ……!!」
男は無言でパニック状態のマーサから糸を取り払う。
『暗殺者』が利用した糸の正体は『ネグレクトスパイダー』という魔物の糸。
自棄になって解ける性質ではない。
この糸は無数の粘着性の繊維が絡まって構成されている。抜け出す手段は、粘着性を洗い落とすか――
男がやったように糸を氷結させ、粉々に破壊する。
あっという間の事に、マーサはポカンとしていた。
冷静に観察すると、男が転生者に狙われていたシンゲツだと分かる。
中肉中背で、年齢は二十代後半といった所。顔立ちは整っているのだが……無表情だった。
人形を通り越して、石像のように感じさせるほど冷たい。
ただ、視線は深淵を覗き込んでいる様な悍ましさを与える。
シンゲツが無言のまま、マーサの容態を目視で確認した後。そのまま立ち去る様子だったので、慌ててマーサが呼び止めた。
「待って! 貴方、どうして転生者たちに狙われていたの!? それに――」
彼女の呼び掛けにシンゲツは立ち止まる。
表情ないまま振り返る彼に駆け寄ったマーサは、間近で観察し「やっぱり」と呟く。
「貴方……魂が活動状態じゃないわ。まるで抜け殻よ。無意識で動いているの? でも、ここまで魔法を使えるなんて……」
マーサが感じた異常は、シンゲツの魂だ。
器はあるが、中身はすっぽりと抜けきった状態。空っぽ。
どうやってシンゲツが動いているか、不思議でならない様子のマーサ。
彼女が困惑を隠さず観察する様に、ようやく『シンゲツ』の口が開いた。
「私は虫だ」
「……は? な、なに?? 虫って、あ、あの虫!?」
「寄生虫だ。脳にいる」
「えっ。……え? よ、よく見せて………………………………………嘘でしょ!?」
マーサがよ~~~~~~~~~く観察して驚愕した。
「ちっちゃい魂がある! 砂粒みたいな魂!! む、虫、寄生虫、そんなのアリ!?」