ステータスって何ですか、ファンタジーやゲームじゃないんですから
賠償金の返済は中々難しかった。
特に苦労したのは、他人からの妨害である。
何とか私が換金するものを抱えてダンジョンから出ても、それを換金する道中で他の冒険者に奪われ、理不尽な暴力をされた。
漸くギルドに到着して換金しても、それを取り上げたり、ギルド内でも暴力を受けたりされた。
でも、誰もシンゲツに救いの手は差し伸べなかった。
話を聞くにシンゲツは『動物使い』のアレンにも同様の行いをしたそうな。
因果応報という奴なのだろう。
ただ、私はシンゲツ本人ではない。寄生虫だ。
理不尽にもほどがある。
何故、アレンは私にこのような事を――と普通は思う。実際に思った。
なのに、感情が込み上げなかった。
そう疑問を覚えても、憎しみや悲しみは浮上しない。
前世が人間であった私は、もどかしい違和感ばかり抱いている。
虫になったせいで、その辺りの倫理観とか感情が欠如、あるいは皆無なせいで胸にポッカリ穴が開いたようだった。
傷の方は、こっそり治癒魔法を発動させたり、魔法で体を硬くしたりダメージを軽減させて凌ぐ。
換金の方は、道中誰もいないのを警戒しながら、ギルドに人が少ない時間を狙う。
どうせ金を全てギルドに収めるのだから、私は受付嬢に「手続きはいい」「金はギルドに」とだけ告げて、さっさとダンジョンに戻る。
家はもう無残に荒らされて酷い状態だ。私にとってダンジョンが家になっていた。
最難関ダンジョンだけあって、賠償金返済完了まで誰一人、他の冒険者と遭遇することは無かった。
なので、普通に生活を熟していた。
水はあるので体を清められる。
地殻変動や魔物対策として、魔素感知を利用した。
私本体とシンゲツの肉体が別であったからこそ、シンゲツの体を眠らせ、私が周囲を警戒。少なくとも寄生虫の私は、不眠不休でも問題ない生態のようだ。
最後に問題となるのは、栄養……食事。
前述の通り、シンゲツが食べ物を購入するのは困難な環境にあった。
誰も私に物を売ってくれない。
生ゴミを漁って食べるしか術がなく、それを他人に笑われ、時には叩かれ妨害される。
しかし、生命の危機に瀕した状態であった為か、突如あの天の声が響き渡った。
――アレンのジョブスキル『テイム』が発動します。
――スキル『栄養変換』を獲得しました。
なんだ? スキル??
私はシンゲツの知識からステータスという存在を知った。
まるでゲームのように、自身の情報が記載されたものがパソコンのウィンドウ画面ように表示されるという……
……ゲームとはなんだろうな。
パソコンも、ウィンドウ画面もよく分からない。
ステータスを開くと私自身の情報に加え、私が寄生しているシンゲツのステータスも表示してくれる。
『栄養変換』とは、私が栄養として捕食する魔素を別の栄養に変換する。
要するに、私が魔素を外部の魔素を食して、それをシンゲツの肉体――人間の栄養素に変換できる。
かなり有難いスキルだ。
これを使って私はダンジョン内での生活及び賠償金返済のルーティンを獲得した。
その後は淡々と換金活動を続けるばかり。
やがて、誰もシンゲツにちょっかいをかける事はなくなった。
ごく稀に絡まれることがあったものの、何故かつまらなそうに去っていく。
最初は散々暴力を振るっていたのに。
だけど、段々暴力を振るう事に飽きたのだろう。
彼らは普通にしてると大人しく、仲間同士で楽しくしているので、シンゲツを襲っていたのも流れに便乗しただけで、元々そういう気質ではなかったのだ。
☆
少しだけ、私のステータスについて触れようと思う。
私自身、考えをまとめる為でもある。
取得した『栄養変換』以外にも『魔素感知』『魔素操作』というスキルが、私自身に備わっている。
文字通り、魔素を感知するスキル、魔素を操作するスキルだ。
……勘違いしていた事があって。
それは私がシンゲツの魔力で魔素をコントロールしているという部分。
私は捕食したシンゲツの火の魔力で魔素をコントロールしていたようだ。
何が違うかと言うと、シンゲツの肉体を使って魔素をコントロールしていた訳ではない事。
つまり、私はシンゲツの職業の能力も、魔法も使えないのだ。
道理で剣士の体で、剣を全く扱えない訳だ。
完全に宝の持ち腐れという奴である。
アレンのスキルについても幾つか分かった。
私のステータスに、アレンのスキルの補正が表示されている。
動物使いのスキル『テイム』。
動物を使役するスキル。
テイム対象になった動物は、様々な補正を獲得する代償に、動物使いに絶対服従となり、獲得した経験値の八割は動物使いへ譲渡されるという。
八割か……結構、持っていかれると思った。
スキルの獲得や寄生虫ならではの不便さの解消、そして自我を保つ代償と思えば安い方か。
とは言え。基本的に私は戦う必要がないので問題ないのだろう。
☆
馴れたダンジョン生活を続けて凡そ……どのくらいあったのだろうか。
暦はどんな風になってるかも知らないまま、私は換金生活を続けていると受付嬢がこんな事を言った。
「これで賠償の返済金額に到達しますね」
と。
思えば彼女は、シンゲツ相手でも真摯な対応をしてくれた。
彼女がその気になれば、シンゲツの換金をこっそりくすねる機会はいくらでもあったのに。
あるいは、彼女はシンゲツと関わりたくないから、あえて賠償金の返済に協力し、シンゲツが立ち去るのを望んだかも。
事実を理解した途端、私は動きを止めてしまう。
これから、どうすればいいのか。
ふと、アレンが告げた言葉が脳裏に蘇る。
――……シンゲツさん。……罪を償って、生き続けて下さい
解釈次第では、アレは命令でもあった。
私が淡々と賠償金の返済に応じたのは、アレンの命令に従っていたに過ぎない。
そして、次の命令も理解する。彼を――シンゲツを生かし続ける。
きっとアレンは、シンゲツに生きて苦しみ続けて欲しかったのだろう。
何となく私はそう考えた。
だが、彼の望みとは異なり、シンゲツの魂は、意識は深く沈んでしまった。
私が脳に寄生した以上、再び意識が戻るかどうか……
もう、シンゲツという男は死んだのだ。
私はその意味も込めて彼のギルドカードを受付に置いて行った。
ついでに剣も置いた。
剣はギルドからの借り物だったので返す意味を込めて、ギルドカードは冒険者をやる意味がないので、そうした。
☆
町から離れた場所にある渓谷にて。
使われなくなった小屋を見つけたので、そこで暮らす事にした。
平穏に暮らしていた所に、突如、襲撃者が現れた。
魔素を通した空間魔法の応用で彼らを盗聴すると、シンゲツのステータスをある程度理解し、過去も把握したうえでの暗殺らしい。
シンゲツを生かす事を命じられている私は、当然、彼らを始末した。
人の命を奪う行為を犯しても罪悪感が、やはりない。
そうして、襲撃者を始末していると――彼らとは異なる者がいるのを捕捉した。