止まるんじゃねえぞ、お互い様
瞬く間に『コスモツリー』は半壊した。
この時点で死亡したのは前衛の水属性三名、遠距離部隊三名。
残りは索敵役の『探偵』と『剣士』の男性……剣士の方は『コスモツリー』を立ち上げたリーダー。
そして、もう二人は回り込むようにターゲットがいる小屋へ接近していた『暗殺者』と『盗賊』。
既に攻撃役がほとんどおらず。
人数的にもターゲットを取り囲めないのは容易に想像つく。
真っ向勝負は難しい『暗殺者』と『盗賊』の二人も、向こう側から聞こえる音に反応していた。
撤退なら、リーダーの合図がある筈。
「ふざけるな! 撤退なんて出来るか!!」
だが、何故かリーダーは強行突破しようと試みるのだった。
変な話。
ここまで彼らは『成功』してきたのだ。
パーティーとしても、冒険者としても、人生勝ち組だと信じて疑わない程に。
失敗を経験した事がない。
犠牲者なんて出した事はなく、クエストを失敗した事もない。
だからこそ、目の前の状況を受け入れられず。
あるいは、犠牲者が出てしまったからこそ後には引けないと変なプライドが芽生えてしまったのかもしれない。
そんな中、探偵の男性はある事実に到達したのだ。
彼の職業――『探偵』。
様々な状況証拠を基にあらゆる事象の原因を解明するスキル。
現在進行形で、戦闘が行われていれば、たとえば戦闘中の魔物の弱点や、攻撃の癖を把握したり。
周辺の光景から生息する動植物の情報や天候の変化まで看破する。
結構な能力だが、欠点と言えば情報収集をしなければならない点。
その欠点により、彼らに襲い掛かる脅威の正体を看破するのに時間を要してしまったのだ。
探偵の男性は、リーダーの剣士に反論する。
「だ、駄目だ! 俺達じゃ勝てないッ!! 今、俺達を攻撃してるのはターゲットの、シンゲツの能力じゃねえ!!」
「―――は?」
「ここに来るまでに説明してただろっ! シンゲツは『動物使い』に返り討ちにされた時、寄生虫を埋め込まれたって」
「今は関係ないだろ!」
「関係あるから話してるんだッ! その寄生虫は――」
ズバッ!
探偵の男性が必死に説得する隙を狙って、鋭利な風の魔力が二人を裂いた。
成す術がない。
誰も彼も、ターゲットのシンゲツに面と向かい合うことなく倒れてしまったのだから。
一方で赤髪の少女は、謎の状況を少しずつ理解する。
「もしかして……火の魔素で他の属性の魔素を動かしているの……?」
火の魔素、火の魔力、火の魔法――と、この異世界では呼ばれているが。
原理としては火のエネルギーは熱の動きに等しい。
たとえば、寒い日に両手をこすり合わせて熱を帯びる。これは火のエネルギー。
たとえば、水を火で温め、熱湯を作る。これも火のエネルギー。
火のエネルギーは他の魔素を動かす性質がある。
水の魔素を火のエネルギーで激しく動かす事で熱を帯び、熱湯が出来上がる。
風の魔素が火のエネルギーで動かされる事で、暴風や雷雲を発生させる。
土の魔素が火のエネルギーで動かされる事で、マグマとなり大地を産み出す。
火のエネルギーがあるからこそ、世界中に様々な魔素が巡回しているのだ。
ならば、逆も然り。
動かせるなら、止める事も可能。
水の魔素を火のエネルギーで留める事で、水の魔素は固体となり――凍る。
だが、これらは理屈の、机上論に過ぎない。
原理は分かるが、人の力でこれほど精密な魔素をコントロールする事は不可能。
「やっぱりか! こんな所に居やがった!!」
『暗殺者』と『盗賊』の二人がこの異常な状況の原因があると、判断したのか。
離れた位置で身を潜めていた赤髪の少女を捕らえようとした。
『盗賊』が仕掛けた拘束攻撃に対し、少女は周囲に漂っていた火の魔素を活かして、拘束を燃やす。
「あんな屑野郎に従ってるってことは、コイツ。奴隷か何かか?」
『暗殺者』からの酷い言われように腹が立ちながら、少女は聞き返した。
「それはコッチの台詞よ! 転生者がこんな数で揃いも揃って、何をしているのかしら!! まどろっこしいのは止めだわ。貴方達、どこの冥府神の刺客? さっさと白状なさい」
「な……テメェ、何者だ!?」
一瞬、転生した他の生徒の誰かかと思う場面だが、少女から全く異なる威圧感を覚えた。
それは彼ら、転生者を導いた神なるものの威圧感と酷似している。
少女が名乗った。
「私はマーサ! 冥界の女神『エレシュキガル』様の落とし子よ!!」