知らない天井だ
『シンゲツ』――もとい『ニノマエ』が目を覚ました時は、ベッドの上だった。
知らない天井に、記憶にない部屋。
隣ではマーサが魔石を編んでいる。
生活用途や、都市の施設などで魔石は必要とされていた。
魔力があったうえで、マーサのような魔力に長けた職業の者は、綿から糸を紡ぐように、魔力を編んで魔石を作る。
そうして日銭を稼いでいる。
何気ない知識が降って来たのをニノマエが嗜んでいると、マーサが声を上げた。
「起きてたの!? もうっ、声くらいかけなさいよっ! ……だ、大丈夫?」
「何がどうなった」
「えーとね……まず、ここは教会よ。私達が使ってたのは教会に繋がる避難経路だったの」
突然、倒れたニノマエを担いでマーサは避難経路を通って、教会まで到着したという。
成人男性を少女が担ぐとは想像できないが、ここは魔法のある異世界。
マーサは光魔法で身体を強化したのだ。
それから、教会に到着して、なんやかんやあって教会の関係者に助けて貰ったようだ。
変な所から現れたのに、不自然に思われなかったのかとニノマエが疑問を抱いたものの。
マーサは「ちょっと魂をね」と曖昧にしていた。
魂。
ニノマエは自然とステータスを確認してみる。
魔喰虫 Lv.10
HP:3/3
MP:-
物理攻撃:1
魔法攻撃:-
防御:1
筋力:1
俊敏:50
<スキル>
魔素感知
魔素操作
栄養変換
<状態>
『動物使い』アレンの職業スキル『テイム』
『剣士』シンゲツに対する寄生
ステータスは変わった様子がない。レベルもギルドから去った日と同じまま。
ニノマエにとって少し心に響いたのは、名前だ。
折角、記憶が戻ったのに『魔喰虫』という生物学上の名称。ニノマエのニの字もない。
しかし……他にも気になる点がある。
「魂が……見えるスキルは」
そう、意識を取り戻したニノマエは魂を目視できるようになった。
マーサと同じように。
けれども、ステータスには表示されていない。
急にステータスを出したニノマエに驚いていたマーサだが、彼の呟きで察した。
「貴方や私が持つ力は、この世界にはない力。この世界を管理する神々の領域外のもの。だからステータスには表示されないの……当然、前世の事も」
「そうか……」
ニノマエは酷く納得してしまった。
もう一つ、ニノマエは確認する。
「人形使いは?」
気まずそうにマーサが言う。
「貴方から発せられた神気に当てられて……混乱していると思うわ。しばらくは追って来ない筈……」
「神気?」
「あ! それはね。ええっと、貴方。会った筈よね? 貴方自身と。あれは貴方の根源になっている神なの」
「つまり……親?」
「違う!? う、ううん、違わなくないんだけどっ。ああもう、とにかく貴方自身の奥底に眠っていた力は神の力ってこと! 貴方は私と同じ――『落とし子』よ」
☆
数日後。
B共和国周辺で発生した山火事は、周辺各国の協力の元、鎮火された。
それから被害の規模が明らかになると共に、Bランクパーティー『コスモツリー』が任務から帰還していない事態が発覚し、ギルドは捜索をかける。
当初『コスモツリー』は山火事に巻き込まれた前提で捜索され、肝心の遺体発見に遅れが生じる事となる。
だが、これもまた奇妙な事で。
『コスモツリー』は何故か任務先の国境付近ではなく、C公国の渓谷で遺体となって発見されたのだ。
何等かの事情で遺体を移動した可能性も否めなかったが、状況証拠的に、どう考えても『コスモツリー』が任務を放棄し、C公国の渓谷まで移動したとしか判断できない。
更に、犯人の証拠も残されておらず。
明らかに魔法で殺害したにもかかわらず『魔力痕』が採取されなかった。
『魔力痕』とは個人の魔力。
別にたとえれば、指紋やDNAのように証拠となりうる魔力のパターンである。
他にも個人を特定しえるものを発見できなかった。
これらはニノマエが立ち去る前に、処理した為である。
『コスモツリー』が何故、任務を放棄したのか。
『コスモツリー』は任務に対しては忠実であったからこそ、彼らの行動の意図が掴めなかった。
ましてや、一個人を殺害する為などとは想像しえないだろう。
だが、過去の行いは必ず帰って来る。
『コスモツリー』の一件を利用し、ニノマエを追い詰めるものが現れるが、それはまた、しばらく後の事……
☆
もう一つ、B共和国の一角で変死体が発見された。
有名な情報屋『フランチェリナ』に依頼をしようと尋ねた者が、それを発見した。
あまりの惨状に発見者や、現場に駆け付けた騎士団の兵士も顔色を変えて、吐き気を催したという。
「い……一体どうしたんだ、彼女は。何故こんな……」
「調べた所……フランチェリナの職業は『人形使い』………だからか? 自分を人形にしようと??」
「どうかしている……」
彼女は、人形のようになっていた。
自身の肉体を自ら削ぎ落して、人形になろうとして、死に絶えていた。
死因は大量出血によるショック死。
書き残されていた遺書のようなものには『ずっとこっちを見られている』『眠ると海をいしきを引きずり込まれる』『にんぎょうになれば夢は見なくて済む』……などなど。
悪夢か幻覚に魘されていたなら、医師へ相談すれば良かったのにと普通は思う。
だけど、彼女は一人だった。
自立する人間は立派だろうが、今回はそれが敗因となってしまった。
彼女が一人でなければ、こんな結末にはならなかっただろう……




