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アルテナのお話

乙女ゲームヒロインであるはずの私は困惑する。

シリーズ前二作をお読みくださった方、ありがとうございました。

ご感想で「気になります!」と言ってくださっていたヒロイン目線をお届けいたします。

今回初めて私の作品を開いてくださった方もありがとうございます。

よろしければ、シリーズリンク(https://ncode.syosetu.com/s3942h/)から、前作をお読みいただけると幸いです。

 ある日目が覚めると、前世の記憶というものが蘇っていた。


−−なんだろう、これ。既視感があるんだけど……。


 首を捻りながらもベッドを降り、部屋の中に置かれた姿見を覗き込んで、私はじっと自分自身を観察した。


 真っ直ぐで手入れの届いた艷やかな薄茶色の髪、ぱっちりとした二重で黄緑色の鮮やかな瞳、手入れの行き届いた白い肌に、血色の良いさくらんぼ色の唇、細身だけれど健康的な小柄な少女。

 私の名前は、リリアンヌ・メリー・ホワイティ。


 今日から貴族学園に入学する十五歳。伯爵家の令嬢として生まれ、この年になるまでなんの瑕疵もなく生きてきた。


−−既視感あるのに、ピッタリ嵌まらない……。なんだかよく似ている気がするのに。ねぇ、私は誰?


 リリアンヌはもっと痩せていた気がする。髪もボサボサで、唇もカサカサ。なんとか手入れをしてみたものの、どこか垢抜けないおどおどとした娘。私はそんな少女ではなかったか。

 蘇った前世の自分の記憶の中に、今の私とリンクするような記憶がある。前世の私はリリアンヌを第三者として知っていたらしい。けれど何故だろう、この違和感。

 私は、自分の蘇った記憶に困惑した。




 メイドのキャリーに手伝ってもらい、朝の支度を済ませて食堂へと向かう。

「おはようございます」

 食堂にはすでにお母様が席についていて、何やら手紙を読んでいるご様子だった。

「おはよう、リリー。お父様とアーサーが早馬でお祝いのカードを送ってきてくださったわよ」

 そう言って、私にカードを二枚手渡してくださった。どうやらそれぞれ一枚ずつ書いてくださったらしい。

 どうしても御用があって領地から戻れなかったお父様とお兄様。昨日も式に参加出来ないと悔しそうな様子を見せながら魔法通信でお祝いのメッセージをくださったのよね。ということは、あの通信よりも前にカードを送ってくださっていたのね、私が成長しても相変わらずなのだから。

「打ち合わせ通り、早めに学園に参りましょう。私もあの学園の卒業生ですからね、時間取りも道案内も任せておきなさい」

 そういうお母様は、私によく似た顔で綺麗に微笑んだ。


 社交界でも良妻賢母と名高い、リナリアーナ・シトナ・ホワイティ。

 私の容姿はお母様似。性格もお母様そっくりだそうで、初めてお会いする方でも必ず血縁だと言い当てられる。若々しい姿のお母様は、お忍びで市井の市場などに連れ立っていけば、姉妹と間違われる程。

 でも、本当に私の()()()()はこの人だったかしら。

 私にはお母さんがもうひとりいた気がする。

 記憶の奥底に浮かぶお母さんは、目の前にいるお母様とは名前も姿も全く違うもので、なのにその人の方が親しんでいた気がして、私は困惑しながらお母様に微笑みを返した。




 予定どおり早めに馬車に乗って町屋敷を出ると、生徒の姿もまだまだまばらな学園の門前へと辿り着いた。

 馬車が止まったのでお母様に続いて降りると、そこに広がる景色にまた既視感を感じて、くるりと見渡し目を細める。


−−私、ここに来たことがある……そう、この季節に。慣れない生活に手間取って、町屋敷を出るのが遅くなって……、学園に近づいた頃には式に参加するための馬車が渋滞を起こしていたものだから、間に合わないかもと焦って馬車を途中で降りて、走って、走って……結局迷って……。


「あら、あれはメイスン侯爵夫人とアルテナ様ね。時間に余裕もあるし、少しお話できるかしら」

 お母様の声ではっと気を取り戻し、お母様が見ている方角、これから行く先を歩く二人の女性に目を向ける。


 アルテナ・リドル・メイスン侯爵令嬢。

 艷やかな黒髪を、碧色(あおいろ)のリボンでハーフアップに纏め、残りを後ろ背にふんわりと緩く下ろした彼女は、横顔からも見える黒水晶のような瞳がアーモンド型の目縁で縁取られていて、愛らしい猫のような、それでいて凛々しさも感じられる美少女。凛と背筋を伸ばした姿勢に、憧れている貴族令嬢も多い。さっぱりした性格も人気の理由だと思う。

 私も彼女も記憶にないのだけれど、幼い頃に誘拐されかけた私を、偶然助けてくれた縁で仲良くなった。今では家族ぐるみで交流がある。

 先日王太子殿下とのご婚約も整って……、


−−第二王子の婚約者の間違いではなくて?


 私の記憶の中の彼女は、第二王子の瞳の色を表した翠色(みどりいろ)の大きいリボンで真っ黒な髪をハーフアップにし、流した髪をこれでもかという程のガチガチした縦ロールに仕立て上げ、目鼻立ちの整ったくっきりはっきりした顔をこれでもかと際立たせるような濃い目の化粧でコーティングした、気の強い女性だ。

 第二王子の前では優しくするのに、見えないところでは私を見下したように嘲笑してくる恐ろしい人。

 私は親友と記憶の中の彼女の違いに困惑した。




 入学式が始まり、学園長の挨拶が行われ、その後は次々と来賓からの祝辞が続く。少々退屈ではあるものの、これが終われば懇親会で軽食を食べながら見知った人たちとお話が出来ることだろう。勿論アリー様とも。彼女ともう一度顔を合わせれることができれば、この違和感の正体がわかるだろうか。

 そんなことを考えていると、生徒会長からの激励が始まった。


 壇上に上がったのは、生徒会長エドワルド・ジル・メイスン。

 この学園の現生徒会長であり、宰相閣下のご子息でもあり、侯爵家の嫡男でもあって、なによりアルテナ・リドル・メイスンの実兄である。

 妹のアルテナとは違い、白金の髪と深緑色の瞳を持った優しげな美人。メイスン侯爵夫人によく似ている。

 けれど中身は文武両道で座学も実技も学年一位を取り続け、将来は父親の後を継いで宰相にもなれるのではないかと素晴らしい評価を受けている。

 ただ、妹のアルテナとは仲が悪く、きつい性格の彼女が言う我儘に振り回されて……いいえ、むしろ彼は妹の我儘に振り回されるのを存外楽しんでいらっしゃる節があって、なんというか私の兄と同じく過保護で……。

 そう、兄とエドワルド様は仲がよろしくて、顔を合わせるたびにお互い妹話をするものだから、アリー様とも困ったお兄様方ね、なんて一緒にため息をつくのもいつものこと。

 そんなふうに仲が良いものだから、お母様ったら「リリーが第二王子殿下の婚約者候補でなければ彼との縁組も良かったかしらね」なんて冗談のように仰っていた。

 でも、見目も家格も評判すらも高いエドワルド様は、私との縁談などなくても、貴族令嬢からの縁談が沢山舞い込んでいて、迂闊にお話を進められない、なんてお話を聞いた覚えがある。


−−彼はエミリア・ルル・レバン子爵令嬢と婚約していたのではなかったかしら?


 いいえ、エミリー様は、大好きなデイジーの花束と欲しかった魔導辞典を両手に携えた幼馴染の伯爵子息からプロポーズをされて、昨年目出度く婚約したはず。

 ご婚約が整った後に招待されたお茶会で、そのプレゼントされたという、重くて分厚くてサイズも大きなハードカバーの魔導辞典を見せていただいた時には、人も殺せそうな見た目のそのご本に吃驚したものだけれど。その魔導書はかなり稀少だと言われていて、手に入れるのも難しければ読み解くのも難しいそうで、それをその場で楽しげに読み解いていたエミリー様の姿にはちょっとついていけなかったけれど。でも傍で見ている分にはとても楽しそうで幸せそうだった。

 それにしても何故、私の前世に記憶される私達の姿は、こんなにも違うのだろう。私の困惑は尽きない。




 入学式の間中、現実とは異なる記憶に困惑しながらも、なんとか無事に式を乗り越えることが出来た。

 この後は、お母様とご一緒に懇親会へと参加するため、講堂を出ることになった。

 懇親会までにはまだ少し時間があるので、準備されている控室へ移動しようとした時、後ろから聞き慣れた声が聞こえてきたので足を止めて振り返る。


「ホワイティ伯爵夫人!リリアンヌ嬢!久方ぶりだな」


 そう言いながら近寄ってくるのは、爽やかな笑顔を浮かべた金髪翠眼の王子様然とした、美しい少年。

 少年というか、少年と青年が混在している微妙な年頃で−−。


『俺は兄上のスペアなんだ。兄上のことは尊敬しているけれど、だからこそ代わりになれるとも思えないし、今の俺では臣下に降ったとしても支えることができるか自信がない−−』


 人前では王子様然とした笑顔を崩さない反面、その裏で見せる苦悩の表情。

 勉学も剣も魔法も一切手を抜かず、敬愛する兄である王太子に必死の思いでついていこうとする努力家。

 それを出来て当然という態度で追い詰める婚約者、アルテナ・リドル・メイスン−−。


「あ」


「ん?」

「どうしたの?」

 殿下とお母様が、私のうっかりあげた声に首を傾げる。

「いいえ、ちょっと忘れていたことを思い出したのです。ええと、読みっぱなしの本を片付け忘れていたな、と……」

 素早く笑顔を顔に貼り付けながら、とっさにごまかしの言葉を口にのせる。

「あら、そうだったの?」

「ええ、でもキャリーが片付けてくれるでしょう。大したことではありませんわ」

 そう言ってなんでもないことのように、もう一度微笑みを浮かべてみせた。

「驚かせてしまい申し訳ございません。お久しぶりです、アルフレッド殿下」


 アルフレッド・ルイ・セ・ハリデッド。

 私が暮らしているハリデッド王国の第二王子であり、ベタな設定に定評のあった乙女ゲーム『リリアンヌと王国の星々』に出てくるメイン攻略対象。

 金髪翠瞳の王子様らしい容姿と、剣も魔法も真剣に打ち込む真面目なその姿が、お姉様方から熱い人気を博していた。


 『リリアンヌと王国の星々』は、幼い頃に誘拐され、市井で育った伯爵令嬢リリアンヌ(ヒロイン)が、本当の家族に見つけ出され、戸惑いながらも家族と打ち解け、貴族学園に入学して、次代の王国を担う星々(ヒーロー)と切磋琢磨していくストーリー。

 リリアンヌ(ヒロイン)と彼の最初の出会いは、講堂前……丁度この場所。ただし、ゲームでは式の前。現実のように式の後ではない。警護のためにわざとギリギリに入場する予定だった第二王子とぶつかりそうな勢いで出会う。なにせ、リリアンヌ(ヒロイン)は迷いに迷って遅刻寸前で辿り着くので。

 現実のリリアンヌ(わたし)は余裕を持って一時間以上前に到着しているので、同じことになるはずがないのだ、そもそも彼との出会いは三歳の時に催された王宮でのお茶会だもの。


−−はぁぁ?どういうことだってばよ!


 と、前世の私が口悪く頭の中で喋ってくる。

 いえ、二重人格でもなんでもなく、それも私自身なのだけれど。


「今日は、伯爵はご不在なのかな?」

 一点の曇りもない笑顔で、殿下は質問してくる。

「そうなのです、実は領地で−−」

 それをお母様が受け答える。

 目前で行われる殿下とお母様のやり取りを微笑みながら聞き手に回りつつ、ちらりと王子様に目線だけを向けてみた。


 陰るものが何一つ無い爽やかな笑顔。

 彼の口癖は『俺は兄上のスペアなんだ』というゲームとは違い、


「俺は兄上の盾となり剣となるんだ!」


 と本当に、本っっっ当に、全く曇りのない笑顔で常々宣い、現在の目標は騎士団入りであり、将来は近衛騎士団長になること。

 なんというか、わかりやすく前世風に言い表すならば、脳筋ワンコ属性。

 王太子殿下の前では、常にピンとたった耳とブンブン千切れるほど振りまくっている尻尾が幻視()えている。


−−え、なんでこんなことになってるの……?


 前世の私は、心の中でとてもとても困惑しているようだ。

 まあ、それも私なのだけれど。


「−−そうか、残念だ。早くお戻りになられると良いのだが。……ところで、リリアンヌ嬢は、先日贈ったリボンをつけてきてくれたんだな」

 お母様との会話に一区切りをつけた殿下は、私の方を振り返ると、頭についた翠色(みどりいろ)のリボンを見て頬を染める。

「はい、とても気に入っていて……ありがとうございます」

「うん、本当によく似合ってる」

 私の返答を聞いて満面の笑顔になり、嬉しさを隠さない王子様。他の方が相手であれば、もう少し外面良く……感情が読めない程度の爽やかな笑みで押し通しているのに、私の前だとそんな仮面は皆無に等しい。

 更に今日に限っては、普段王太子殿下の前でしかほとんど幻視()えることのない耳と尻尾が現れている、気がする。しかももの凄いスピードでピコピコブンブン動いている、気がする。


−−どうしてこうなったの?リリアンヌに起こる苦難の道は?悪役令嬢からの嫌がらせは?卒業式に起こるはずの断罪劇は?


 ……と、前世の私が叫ぶものの、序盤の誘拐事件は未遂に終わって家族仲は良好だし、私を誘拐するはずの盗賊団はすでに一網打尽になっているし、私が持っているはずだった『魅了の指輪』は封印されて厳重に保管されていると聞いているし、悪役令嬢であるアリー様とエミリー様は私の親友、王太子殿下は隣国の王女ではなくてアリー様とご婚約し、既にアルフレッド様も私をほぼ婚約者と定めているご様子で、ゲームと同じ攻略ルートなんて何一つ残っていない。


 これは私以外にも転生者がいて、ガンガン変更をかけた結果とか?

 大抵の転生しました小説は悪役令嬢が転生者なのだけれど、第二王子ルートの悪役(アルテナ)宰相子息ルートの悪役(エミリア)もそんな感じがしないのよね。確かにお二人ともゲームと性格は違うのだけれど。

 後は王宮騎士団団長ご子息の幼馴染令嬢でしょう、王宮魔法師長ご子息のライバル君に、隠しキャラである王太子殿下のご婚約者であられた隣国の王女。


−−あー、これは隣国の王女あたりが転生者かしら。


 ゲームの中では、私を誘拐した盗賊団は隣国の王族と繋がりがあって、その関係で彼女も騒ぎを起こして断罪されるのよね。でも現実の王女様は、護衛だった近衛騎士と懇意になってしまって、王太子殿下とはある意味円満に婚約解消したことになっている。王太子殿下がとてもお優しくて、賠償金をかなり引き下げて差し上げた、なんてお父様が仰っていたっけ。どちらにせよ、彼女が転生者なのかは推測でしかないのだけれど。


 だって今更。


「リリアンヌ嬢、私の気持ちを汲み取ってもらえる、と受け取っても良いだろうか?」

 王子様は、綺麗な翠色の瞳をキラキラと輝かせ、期待を浮かべた表情で私の瞳を覗き込む。私もその瞳を見つめ返す。


 前世のイチ推し。

 王道の王道だって言われるかもしれないけれど、金髪翠眼の王子様然とした姿は私の好みドンピシャ。多少ゲームよりも脳筋ワンコだろうと、記憶を思い出すよりもずっと以前からお慕いしていたのだ、それこそ三歳で参加した初めてのお茶会の時から。

 だから前世の記憶を思い出したとしても本当に今更。ゲームのルートなんかよりも、(いま)目の前にあるチャンスを捕まえておかなくては。


「はい、勿論です」

 そう言って、私は恥ずかしそうに手を頬に当てて目を伏せてみせる。多分頬がほんのり赤く染まっているはず。

 今まで通り、お淑やかな淑女(レディ)に見えていることだろう。

「そうか……ありがとう。早めに伯爵とお話したいところだな」

 満面の笑顔と嬉しくて赤くなった顔を隠しもしない王子様。

 そう、誰が転生者で、どうやって未来を変えた(ルートをなくした)のだとしても問題ない、楽をさせて貰ったのだと思おう。



 だって、好きな人と一緒になれるのだから。


幼き頃のお茶会で、二人が王子兄弟と遭遇した際に交わされたヒソヒソ話。

「アリー様、アルフレッド様に耳と尻尾が幻視えるんですけど、私の気の所為でしょうか」

「ああ、リリー様にも幻影えるのね。良かったわ、貴女が婚約者候補筆頭で」


そしてその後。

「アリー様、ご成長されてもアル様に耳と尻尾が幻視えるんですけど」

「リリー様、ご苦労されると思うけれど、頑張ってね」(肩をポン)


アルテナ、ハ、同志ヲ、得タ!


ーーーー


お読みいただきましてありがとうございました!

一応こちらのシリーズはもう少し書く予定ですので、読んでやろうじゃないか、という方は、作者をお気に入り登録していただきますと、通知が飛ぶんじゃないかと思います。

どうぞ宜しくお願いいたしますm(_ _)m。

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