彼女はヒロインでヒーローで。訳あり女子高生の秘密は、重すぎる?
【短編】彼女はヒロインでヒーローで。訳あり女子高生の秘密は、重すぎる?
「おはよー、愛ちゃん」
「おはよー」
晴れやかな青空、小鳥のさえずり、賑やかな通学路……いつもの、日常。
微笑ましく繰り広げられるいつもの光景に、彼女はそっと手を振って応えた。
彼女の名前は、柊 愛。
今年で十七歳となった、花の女子高生だ。
制服に身を包み、友達と談笑する彼女の姿はどこから見ても、ごく普通の女子高生だ。
そんな彼女には、とある秘密がある……
「よぉ、愛」
「ひゃ! ……もう、尊ー……!」
ぽん、と愛の頭が叩かれる。
咄嗟のことに、思わず変な声を出してしまった。
振り返ると、そこには顔なじみの顔。
いや、顔なじみどころではない。
「ははは、相変わらずいい反応するなー、お前」
ケラケラと笑うこの男は、神成 尊。
愛の幼馴染の男の子だ。
こうやって、ちょくちょく愛のことをからかってくる。
見るからにチャランポンで、特出して良い点もない。
顔も頭も普通の男。
そんな男に、いつからだったか愛は好意を寄せているわけだが。
「もう、いい加減いきなりやるのやめてよ。
ていうか、髪いじらないで」
「っても、隙だらけのお前が悪い」
愛の頭が、尊の肩ほどの身長だ。
だから、頭を撫でやすいということだろうか。
正直、頭を撫でられるのは悪い気はしないが……
尊も尊で、女の子の髪をそんな安々撫でるなどと。
……それとも、女と思われていないのだろうか。
「そんなに嫌なら気配でも察知して、避けるんだな」
「そんなの……」
気配を読むだなんて、そんなの"殺気"が乗っていれば一発だ……しかし、言わなくてもいいことを言いそうになり、愛は咄嗟に口を閉じた。
猛は不思議そうな顔をしているが、セーフだろう。
危ない危ない。
「な、なんでもないわ」
「? そうか」
この手の感触は、心地よくそしてあたたかい。
もしもこれが、自分の頭を潰そうと伸ばされた手であったならば、即座に反応できたであろう。
それから、尊に手を離させ、くしゃくしゃになってしまった髪をいじる。
「もう、せっかくセットしたのに」
「いいじゃんか、お前の髪サラサラだし気にすることないだろ」
「なっ……」
本当にこの男は、さらっとこちらをドキドキさせるようなことを言ってくる。
この髪を褒められるのは、嫌いではない。
なんせ、昔この髪が好きだと言われ、以来伸ばしているのだから。
「お二人さん、毎度毎度仲が良いな」
「もう、やめてよ」
登校中ともなれば、クラスメートにも会う。
その度、からかわれるのもいつもの日常だ。
ただ、愛はこの時間が嫌いではない。
むしろ、ずっとこの時間が続けばいいと思っている。
ただ、そう思う度に……胸が痛む。
このあたたかな時間を提供してくれている尊にも、秘密にしていることがあるからだ。
決して、バレてはいけない秘密。
それは……
ブィイイイイ……!
スカートのポケットの中で、スマホが震える。
取り出したスマホの、その画面を見て……愛は、ため息を漏らした。
今日もまた、"出た"ということだ。
「ごめん、私ちょっと用事思い出した!」
「は? いやだってもう学校……」
「一時限目までには戻るからー!」
「おーい!?」
後ろから尊の声が聞こえてくるが、愛は構わず走る。
本当ならばその声に応えてやりたいのだが……
残念ながら、そうもいかないのだ。
なぜなら、この"報せ"は一刻を争うのだから。
…………
「きゃー!」
「げへへ、もっと怯えろ逃げ惑え!」
町中で、激しい爆音が、悲鳴が響き渡る。
この惨事を引き起こしているのは、逃げている人々の中心にいる影。
それは、人間……というには、少々異形な形をしていた。
二足歩行なのはそうなのだが、人間にはないものがある。
腕の先には手ではなくハサミがつき、皮膚は殻のようなもの。
そもそも皮膚は赤く、顔も目玉だけが長く飛び出した状態だ。
一言で言えば……二足歩行の、人型のカニ。
そう、コレは"怪人"だ。
「そこまでだ!」
暴れまわる怪人、それに待ったをかける、勇ましい声があった。
ふと怪人は動きを止めて、声の方向へと首を向ける。
どこからともなく、空から飛び降りた人影が、目の前に立つ。
「この町の平和は、わ……
俺が守る!」
「出たなレッド!」
それは、全身を赤のタイツに身を包んだ男の姿。
怪人を倒すための戦隊ヒーロー、そのリーダーであるレッドだった。
今までは悲鳴に満ちていた周囲が、レッドの登場により色めき立つ。
「きゃー、レッドー!」
「これでもう安心だ!」
怪人にとっては、面白くない展開だ。
先ほどまで絶望に満ちていた人々の顔が、希望に満ちていく。
希望など、必要のないものだ。
「けっ、ずいぶんな人気だな!
だがそんなお前の人気もここまでだ! なぜならこの俺、カニキング様がお前をギザギザに斬り刻んで、今晩のおかずにでもしてやるからなぁ、あっははは……」
「ふん!!」
「はべぼら!?」
高らかに笑う怪人、カニキングは……宙を舞った。
懐に入りこんだレッドの、拳を顎に打ち込まれて。
一発で、カニキングは意識を狩りとられ、地に伏した。
「あぁもう、これから学校なのに!
いちいち長いのよ!」
「うぉー、レッドー!」
「ひゃ!」
倒れたカニキングに悪態をついていると、周囲が湧き立つ。
怪人を、難なく倒したレッドに、人々が盛り上がらないわけがない。
その声に、レッドは我に返る。
いけないいけない、キャラを壊しては……キャラ作りは大事。
「ごほん。皆さん、怪人は倒しました! ご安心を!
あとの始末は警察の方にお願いします!
では!」
「あ、ちょっと!」
口早に、人々へ安心を告げたレッドは、ダッシュでその場を去っていく。
それは、いつもの光景……怪人を倒したレッドは、すぐにどこかに行ってしまうのだ。
おかげで、お礼も満足に言えない。
人々に不満があるとすれば、それだけだ。
「いつものことだけど、レッドはどうしてあんな速く帰るんだろうな」
「追いかけようにも、とても追いつけないもんなぁ」
「すんげー強い、正体もなにもかも謎に包まれたヒーローか」
「あぁ、でもそんなミステリアスなところが素敵だわ」
「きっと中にいるのは、爽やかな好青年に違いないわ。きっと、照れ屋だからすぐにどこかに行っちゃうのよ」
「いや、案外いい年したおっさんかもしれねえぜ?」
「なんでもいいさ。俺らや町を守ってくれてることに、変わりはないんだ」
「違いねえ」
怪人から、人々を守ってくれる、謎のヒーローレッド。
本人が自分のことを語らないし、彼が所属する戦隊チームも彼のことは何故か秘匿している。
だが、なんにしても……この町の人々の平和を、守ってくれているのだ。
謎のヒーロー、レッドは。
誰も、その正体を知らないレッド……
……彼には、誰にも言えない秘密が、あった……
…………
「はぁはぁ……
ま、間に合った……」
「おぉ、愛。どこ行って……
なんでそんな疲れてんの?」
「べ、別にぃ?」
"用事"を終えた愛は、通っている学校へと到着。
その足で、教室に入る。
すでにクラスメートはほとんど揃っているが、まだホームルームの予冷は鳴っていない。
ぎりぎりセーフというやつだろう。
しかし、息を切らしている愛を、尊が疑問に思うのは当然のことだろう。
「ちょっと、全力疾走しちゃって……」
「その過程が気になるんだが……
ま、それよりもだ。見ろよこれ!」
「なになに……げ!」
愛の目の前までやってきた尊の手には、スマホ。
見ろよ、と、スマホの画面を愛は突き付けられる。
……正直、尊が嬉しそうにしているのはこちらも嬉しいと同時に、嫌な予感もするのだ。
そして、その嫌な予感は……だいたい、当たる。
「また出たんだよ、レッドが!」
「……へぇー」
尊は、まるで少年のように目を輝かせている。
突き付けられたスマホの画面……そこには、とあるニュース映像。
その内容は……
今朝出現した怪人を、颯爽と現れたヒーローレッドが颯爽と怪人を倒し颯爽と去っていく映像だった。
さっきも今で、もうこんなものが出回っているのか……愛は、内心で舌打ちをした。
「すげーよなぁ、一発だぜ一発!
はぁ、やっぱレッドはかっこいいな!」
「っ……尊ってば、レッドのこと、好き……だよね?」
「おう! めちゃくちゃ好きで、尊敬もしてる!」
「っ!」
その、屈託のない尊の笑顔に……愛は、なんとも言えない感情に襲われる。
嬉しいやら恥ずかしいやら、今にも悶え転がりたい気分だ。
だって……ヒーローレッドの正体は、なにを隠そうこの私、柊 愛なのだから。
「ふ、ふーん……」
ひょんなことから、ヒーローになってしまった愛……当時は、町の人々を守るヒーローなんて憧れたものだが。
蓋を開けてみて、びっくりだ。
『あれ、このレッドって……間違いかなぁ? ピンクとかじゃ、なくて?』
『いや、ごめんレッドしか空きがなくてのぅ。
キミにはレッドとして活躍してもらいたい』
『でも、レッドって男……
あ、女の子レッドってことですね! し、新鮮だなぁ』
『なにを言っとる! レッドと言えば男! 男と言えばレッド!
これ世の中の常識じゃ!』
『えぇ……
でも私、女……』
『あと、レッドと言えばリーダーと定番が決まっとるのでな。
今日から頼むぞ、リーダー』
『なんだって!?』
あれよあれよと、ヒーローレッドとして活躍することになった。
男として。
幸い、顔も隠す全身タイツだから、見た目でバレることはない。
男と女の容姿の違いは、スーツの伸縮性でごまかせているし。
声も、低く意識すればなんとか乗り切れる。戦闘中は喋らなくて済むし。
いつも口早なのも、女声とバレるのを防ぐためだ。
「あぁ、いつか会って握手してほしいなぁ、レッドぉ」
「……」
男として振る舞うのも、最初は困惑が大きかったが……
好きな人が、レッドのファンだと知ってからは、その困惑も小さくなっていった。
同時に、男だと振る舞うよう、より気をつけるようになったが。
なにせ……
「きっと、男の中の男! な中身なんだろうな!
な、愛もそう思うだろ!?」
「あー、うん、ソウダネー」
この男は、レッドを男だと……それも、男の中の男だと、信じている。
まあ、世の中のほとんどの人が、そう思っているだろうが。
そんな尊に、もしレッドの正体が自分だとバラしてみろ。
『はぁ? レッドの正体がお前とかマジかよ……
ないわ、二度と近づかないでくれ』
「っ!」
「おい、どうした急に腹押さえて」
「な、んでもない……」
尊はレッドに憧れている。だからレッドの正体が自分だと明かすことで、その尊敬の念は愛へと注がれる……それは、可能性のひとつ。
むしろ、男の中の男をイメージしている尊をがっかりさせてしまう。
そんなことになったら……終わる!
尊はそんなこと言わない、と思いたいが……それでも、可能性があるくらいには、尊のレッドに対する気持ちは大きい。
そして、そんなことを言われたら……想像しただけでこれなのだ。
実際にこんなことになったら、死ねる。
「俺もあんな風に強く……」
「あはは……」
好きな人が、自分の強さに憧れている……
なんだろう、これは。
それから、予冷がなっても尊におる"レッドのここがすごい"を聞かされまくった愛の頭は、ショート寸前。
教室に入ってきた先生に注意され、ようやく尊は自分の席に帰っていった。
……ヒーローはイメージが大事、と誰かが言っていた。
その気持ちが、今になってわかる。
尊だけではない……おそらく、クラスメートも、友達も、先生だって、レッドのファンは多くいるだろう。
そんな彼らの、イメージを守る……それも、ヒーローの大切な仕事だ。
そして、今更愛には、ヒーローをやめる選択肢もない。
こんなに心苦しいのに、尊がレッドのことを語っている時の顔が、とんでもなく好きだから。
「はぁ……」
なんとも、難儀なことだ。
もはや、ため息しか出ない。
怪人を倒す、戦隊ヒーローリーダー、レッド……その正体は、どこにでもいるはずの、平凡な女子高校。
彼女は秘密を抱えたまま……
ブィイイイイ……!
「……またかぁ。
先生、ちょっとお腹が痛いので保健室行ってきます!」
「またか、柊」
今日も、町が平和でありますようにと、願いながら。
少女は、教室を飛び出していく。
……これは、幼馴染に恋する乙女が、ヒーロー活動に、勤しんでいく物語。