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三上さんはメモをとる  作者: 歩く魚
第一章 三上さんとメモ帳
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散歩、しませんか? その3


「遅くなってごめん、待った?」

「大丈夫です。思ったより並んでて、むしろ私の方が待たせちゃったかと思いました」


 合流した俺たちは、お互い注文した料理を手に、近くのベンチへと向かう。

 人は以前として多かったが、幸運なことに席を取るのには手間取らなかった。

 2人並んで腰を下ろし、これから口にする宝物のような肉を見る。


「サイコロステーキ……輝いてるな!?」


 三上の頼んだサイコロステーキは、どの面も綺麗に、均等に焼き色が付けられていて、芸術品のようだった。

 きっと中は程よくレアで、とろけるような柔らかさなのだろう。


「黒木君のハンバーグも、風格がありますね……!」


 ハンバーグに風格という言葉を使うのは正しいのか疑問に思ったが、確かにおっちゃんさんが心を込めて焼いてくれたハンバーグだ。

 これは風格を備えていると言っても良いだろう。


「それじゃあ……いただきます」

「いただきます」


 二人は手を合わせ、互いに肉汁滴るそれにカトラリーを伸ばす。

 丸々と焼き上がったハンバーグは、ナイフを入れた瞬間肉汁が溢れ出すが、それは口に入れるまで枯れることがなかった。


「うわ、めちゃくちゃ美味しい……」


 肉の旨味だけではない。肉汁も甘く、柔らかさも相まって、もはやハンバーグ飲んでいるかのような感覚に陥ってしまう。

  

「こっちも、すごく柔らかくて溶けちゃうみたいです」


 双方から驚きと感動の声が上がる。

 ……だが、ここで俺の手はピタリと止まった。

 ここまで美味しいハンバーグは食べたことがない。

 であれば、手が止まることはないはずなのだが、俺の脳内には、ある言葉が響いていた。


『信じてるぜ?』


「……おっちゃんさん」

「え?」

「い、いや、なんでもない。美味しいなって」


「わかります」と、三上は返事をしながら食に戻る。

 大丈夫。ハンバーグが少し多い理由、理解ってるよおっちゃん。

 できる限り緊張しているのがバレないように、自然さを演出して隣へ身体を向ける。

 

「そういえば、三上もハンバーグが気になってたって言ってたな。た、食べるか?」

「え、いいんですか!?」


 若干どもってしまったが、どうやら上手く言えたようだ。

 珍しく三上が感情を露わした。

 驚いている時であっても、手でしっかり口元を隠すあたりに上品さがうかがえる。

 俺が皿を渡すと、彼女は喜びを顔に出しながら、ハンバーグを口に運んだ。


「あ〜〜、めちゃくちゃ美味しいです〜〜」

「それならよかったよ」


 顔を綻ばせる彼女を見て、俺まで嬉しくなってくる。

 ハンバーグをあげられたからなんだ、という話ではない。

 もはや、このハンバーグを三上に食べてもらうことは、俺だけの願いではないのだ。

 俺とおっちゃんさん。2人の魂が、希望が、切望が篭ったハンバーグなのだ。違うな。

 とにかく、進展というには程遠いが、高いだけあってハンバーグもものすごく美味しかったし、今日はいい一日だったな。

 あぁ、後はゆっくり話に花を咲かせて――。


「あ、黒木くん、お返しです」


 そう言って三上は、サイコロステーキを箸でつまみ、俺の口元へ差し出して来た。

 ……えっ?


「……えっ?」


 思ったことをそのまま口に出してしまった。

 いや、確かにお互いのものを交換して食べるというのは定番だが、しかしこれは――。


「み、三上? くれるのはありがたいけど、そ、その箸でいいのか?」


 若干声がうわずってしまった。

 つまりこれは、間接キスということになる。

 ピュアな男子にとって、間接キスというのはかなり徳を積まないと経験できないイベントのようなものだ。

 これはまずい、あと二千食くらい奢らないと、俺は帰りに徳不足で死ぬかもしれない。


「いいですよ〜。はい、あーん」


 三上は全然気にしていないようだ。俺はバリバリ気にするんだが。

 だが、ここで引き下がっては男が廃るし、おっちゃんさんは号泣するだろう。

 意を決した俺は、彼女の方へ口を開ける。

 口の中に入ってきたそれは驚くほど柔らかく、また、甘くもあったが、緊張で味などほとんど分からなかった。


「お、美味しいよ。ありがとう」

「良かったです〜。私、食べ終わったお皿を捨ててきますね」


 そう言って三上は、俺の皿も一緒に運びに行ってくれた。

 会場の熱気のせいか、運びにいく三上の耳が若干赤くなっていたことに気付いた俺は、近くの自販機でお茶を買っておくことにした。


「ただいまです〜」

「ありがとう。はいお茶、冷たいので良かった?」

「ありがとうございます。嬉しいです」


 一本を三上に渡し、もう一本を開封し口をつける。

 肉も美味かったが、間接キスの衝撃の前では霧散してしまった。

 未だに高鳴る鼓動を感じていると、三上がメモ帳を取り出して、何かを書き込んでいるのに気がつく。

 美味しいものを食べた満足感からか、彼女のペン捌きもいつもより大きい気がする。


「三上、今日は何を書いたんだ?」


 流石に今日は、「お肉が美味しかった」とかだろう。

 そもそも、ツッコむような変な情報は出ていないはず――。


「今日は……黒木くんはおはよう、です」

「そこ!?」


 ……だって、友達にこんにちはって挨拶、しなくない?

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