人間観察をしよう その6
どこがプリクラエリアかというのは、地図を見なくてもよく分かった。なぜなら、その部分の人口密度が段違いだったからだ。
中学生らしき子から高校生、大学生、さらに社会人と様々な、しかし輝かしい時を過ごす女子たちが集結している。ヒーローが大集合するお祭り映画みたいだ。
「やっぱり人気みたいですね」
「あ、あぁ……そうだな。三上と一緒だとはいえ、入るのは気が引ける……」
最近のプリクラエリアというのは、男性だけでの入場は拒否されてしまうらしい。なんでも、女子が集まるという効率の良さから声をかけるものや、盗撮なんてする輩が跡をたたないかららしい。
つまり、女子と男子という組み合わせはなんら問題はないんだが……心象的には大問題だ。
独特のアウェイ感というか、これがオセロなら俺も女子の仲間入りができるだろうが、残念ながら異物は異物のまま。
しかし、三上は「行きましょう」と俺の腕を掴んでプリクラエリアへと足を踏み出してしまう。彼女の腕を振り払うことなんてできず、ついていく。俺にはそんなプログラムは組み込まれていないからな。
プリクラの機械は、デカい壁面に垂れ幕のようなものがかかっていて、そこに女性の顔や機種名らしきものが書かれている。
何一つわからないが、きっと若い女子たちには人気のインフルエンサーかアイドルなのだろうし、言えばすぐに理解してくれる名前なはず。
「三上は、どれか知ってるのか?」
「ええと………………確か美奈ちゃんは……何かのタイトルみたいな機種が良いって言ってた……気がします」
流石の三上であっても、プリクラの名前はカバー外だったようだ。だけど良いヒントは得られた。二、三度首を振ってみると、目を引く機種名を見つけた。
「この『君と私の99%』って……ちょっとタイトルっぽくないか?」
「言われてみれば、青春系とか恋愛系の映画にありそうな名前です」
「ちょっと調べてみるか……」
人が密集しているからか、スマホの調子はかなり悪かったが、予想通り人気の機種のようだ。
「なになに……付き合いそうな2人の関係を99%まで進めてくれる、カップルの気持ちを99%重ね合わせられるようなプリを撮れます……らしい」
そう告げると、三上は「それは……」と黙り込んでしまう。
まずい。ついつい無心で読んでしまったが、彼女からしたら俺みたいな冴えない男子と、万が一にでも関係が深まってしまうのは嫌なはず。
何も言わなければ気にならないだろうが、人間は一度耳に入ると気になってしまう生き物。
「や、やっぱり嫌だよな。他のも探してみる――」
「これにしましょうか」
「…………えっ? いやいやいや、いいのか?」
問いかけるが、三上は「何がですか?」と言いた気に俺を見て、そのまま腕を引っ張っていく。
並ぶものと思っていると、ちょうど最後尾の女子高生たちがブースに入っていき、俺たちは受付というか、それと同じ仕事をする画面の前に並んだ。
『500円を入れてね!』
「ここは俺が出すよ」
「割り勘にしましょう。はい、受け取ってください」
彼女の手のひらには3枚の100円玉があった。俺はそこから2枚を摘むと、計5枚の硬貨を投入する。
視界の端では三上が口を尖らせている気がするが、気にするものか。三上と一緒にプリクラを撮れる機会なんて、もう人生で来ないんですかもしれない。むしろ筐体ごと買いたいくらいの権利だ。
小銭を入れると、画面からはポップな効果音と知らん音楽、そして女性の声が色々と説明してくれる。
「……うん。まったく意味がわからないな。ちょっと任せてもいいか?」
わかりました、と三上は頷いて、ゆっくりと画面をタッチしていく。それが1分くらい続くと、ついに俺たちの撮影モードが決まった。
『ブースに入ってね!』
前の女子高生たちが出てきた。俺たちの番が来たのだ。
三上はそのままブースに入って行ったが、俺が来ないのを不思議に思ったのだろう。カーテンから首だけを出して俺を探す。
「何かありましたか?」
「……い、いや…………なんでもない。今行くよ」
俺は今、俺の心臓は今、かつてないほどに暴れている。大暴れだ。
だが仕方ないだろう。今までにも三上と触れ合う――言い方が気持ち悪いのは重々承知の上で――機会はあったが、今回はさらに一段上というか、恋人チックというか、近い。
考えている時はまだ平静を保てていたのだが、その時が目前に迫って初めて、俺の身体が本気で物事を理解したようだった。
これじゃあダメだ。過度に意識していると三上に悟られてしまえば……。
『……黒木くん、なに意識してるんですか? ……気持ち悪いです』
――それはそれでいいかもしれないが、妄想だけにとどめておきたい。
俺はできるだけ心臓に「黙れ」と脅迫し、きっとカーテンなんて名称じゃないそれをくぐる。
「さ、さぁて。渋谷の参考になりそうなプリクラを撮らないとな。さぁ撮ろう。撮ろうな」
「……? あ、荷物はその台に置くんですよ」
「そそそそうだよな。俺としたことが、こんな時にも身体が筋トレを求めてたみたいだ」
「黒木くん、筋トレしてるんですか? カッコいいですね」
自分の失態を隠そうとしたこともダサいし、やってもいない筋トレを褒められたのも情けない。今日から筋トレをしようと心に誓う。
カメラの横にある台に荷物を置くと、三上は諸々の設定をしてくれていた。
「……これで良い、と思います。あとは真ん中に立って撮るみたいです」
「あぁ、わかった」
部屋の中央、2人分の足跡が印されている。
そこに立つと、カメラに映る自分たちが画面に表示され、真横に立つ三上を余計に意識してしまう。
「……ふふっ。黒木くん、表情が硬いですよ」
「そ、そうか? み、三上だってちょっと緊張してるんじゃないか?」
「……そんなことは……ない、です」
そうだろうな。動揺しているのは俺くらいだ。
「ま、まぁ安心してくれ。実は俺はプリクラなんて慣れ――」
『それじゃあ、画面のポーズを真似してね!』
「は、はいっ!」
どうして俺は機械に敬語を使っているんだ。
画面を見ると、2人の女子が指で作ったハサミで動脈を切り取ろうとしているようなポーズ。
これのどこが可愛いのかわからないが、とりあえず俺たちは真似をしてみる。
カウントのあと、光が目を覆い、画面に俺たちの画像が表示された。
「……目がデカいな」
「宇宙人みたいになってますね」
『次は猫のポーズ!』
引き続き、画面に表示されたポーズを真似する。
今回は手で猫の耳を模すというものだったが、三上が真似すると本当に猫のようで、思わずミャオちゃんを連想してしまう。
「……可愛い」
言った覚えはない。
ただ、俺の心が俺の身体を無意識に操っていたようで、ギョッとする。
恐る恐る横を見ると、幸運なことに三上は気付いていないようだった。
猫のポーズも撮り終わる。
『お次はカップルモード限定! 2人で抱き合ってピース!』
「――はぁっ!?」
いつから機械がセクハラを強制してくるようになったんだ?
ほら見てみろ、三上だって怒りで赤くなってるじゃないか。
モードを選んだのは彼女だが、渋谷の役のために敢えてカップルモードを選んでくれたのは理解できる。
しかし、まさかこんな指示を出されるなんて思っていないはず。
ここは俺が男として、はっきり言うべきだろう。
「いくら渋谷のためだからって、無理にやる必要はないよ。俺は全然気にしないから――」
次の瞬間、三上はその細い腕を、弱々しく俺の腰に絡めてくる。
「……く、黒木くんも……やって、ください」
俺たちの身体の距離はゼロに近く、その状態で彼女が俺の目を見ると、上目遣いの形になる。
その威力は俺が今まで経験した何よりも強く、俺は鼓動も感じないほど、無心で三上の腰に手を回した。
最初に脳内に生まれたのは「華奢だ」という感想だった。
続いて、細いのにも関わらず柔らかいという、大変気持ち悪いことを思ってしまったのだが、俺は急いで混乱の方に思考を戻す。
このまま冷静になると、本当に死んでしまうと思ったからだ。
2人してカメラの方を見ているが、喜怒哀楽の方向性は違えど、どちらも顔を真っ赤にしている。
そうして残りの指令も消化し、落書きだかなんだかができるブースに移動、全てが終わった後にプリを受け取ったが、俺はこのあたりでようやく意識が正常になった。
パキッと小気味のいい音と共に分けられたプリクラを受け取って、俺はこれを死ぬまで大切にしようと心に強く誓った。
三上も、渋谷の演技への良いアドバイスが思い浮かんだのか、思いの外嬉しそうな表情を見せてくれる。
俺たちは逃げるように、そそくさと109から出る。
地下階からはそのまま渋谷駅に向かうことができるが、彼女は途中ではたと立ち止まると、メモ帳とペンを取り出した。
「今日はなんて書いたんだ?」
「今日はですね……『プリクラは命懸け』です」
その通りすぎると、そう思った。
だが、命懸けなのは俺だけで、三上はそんなことはないんじゃないかという疑問も浮かんだが、ともかく。俺たちの人間観察は遂行されたのだった――。




