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三上さんはメモをとる  作者: 歩く魚
第一章 三上さんとメモ帳
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散歩、しませんか?



「それでは、今日はここまでにしましょう。来週提出のレポートを忘れないように」


 教授の言葉に一足遅れて、生徒たちを解放するチャイムが鳴る。


「あぁー……」


 椅子の背もたれに体重を預けながら、大きく伸びをする。

 やっと終わった……。

 現代心理学とかいう謎の講義が終わり、本日の受講科目は全て終了した。

 一限から続く腰への負担も身を潜め、晴れて自由になったのだ。

 さて、今日はこれから何をしようか。


「今は2時半……久しぶりにカラオケでも行くか……?」


 無論、一人カラオケである。

 別に友達がいないわけではなく、のびのびと歌えるから一人カラオケが好きなのだ。いや本当に。

 だって、誰かとカラオケに行ったら選曲に気を使うだろう?

 相手が知っていそうで、かつ適度に盛り上がりそうな選曲なんて、俺にはできない。

 その点一人なら、熱いラブソングの後にドロドロの失恋ソングを歌うという情緒不安定ムーブをかましても許される。

 気分はさながらワンマンライブ。


 そもそも、普段なら放課後は三上と何処かに行くのだが、今日はお互い被っている講義がない。

 それでもどちらかから誘うこともあるのだが、きっと三上も忙しいのだろう。

 誘いすぎてしつこいと思われたら最悪だし、俺は余裕のある男を演じることにしているのだ。そう思いながら、口の端をニヤリと上げてみた。

 ……ちょっと悲しくなってきたので、荷物をトートバッグに詰めて立ち上がる。

 その時、パンツの右ポケットに入れているスマホが振動しているのを感じた。

 大方、ゲームのスタミナが貯まった通知だろう。

 スタミナが勿体無いと急かされるのは好きじゃないし、基本そういう通知は切っているのだが、今日はスマホの機嫌が悪いのかもしれない。

 最近充電切れにしちゃうことが多いしな。

 申し訳なさを感じながらスマホを取り出して見てみると、予想外に、三上からメッセージが入っていた。


「珍しいな……」


 三上とはメッセージアプリの連絡先を交換しているのだが、連絡を取っても一日に一通かそこらだ。

 彼女からメッセージが送られてくる事はそうそうないし、一体どんな用件だろう。


『お散歩しませんか?』


 十五分後。

 俺は待ち合わせ場所である、大学隣の大きな公園に到着した。

 公園といっても、ここの外周は三キロほどあり、

平日の昼間であってもランニングやスポーツを楽しむ人で賑わっている。

 噴水広場やサッカー場など様々な施設も併設されていて、一般的な公園の域を遥かに超えているレベルだ。


「えーっと、カフェのテラス席……」


 公園の入り口から少し歩いたところにあるカフェで、三上は待っているようだ。

 テラス席には、名前も知らない細い犬や、フワフワなんて表現を超える愛らしさのポメラニアンを連れたマダムたちが、優雅に午後のティータイムを楽しんでいる。

 その中にいるらしい三上を、メッセージを頼りに探していると――。


「あ、黒木くん。こっちです」


 そう言って立ち上がり、軽く手を振る三上の姿があった。

 今日の彼女は、清純を外見から示すような白いシャツに、透け感のあるブラウンのロングスカート。それに黒いヒールサンダルを合わせている。

 シンプルな格好だが、女子にしては背が高く、すらっとした体型の三上が着ると上品さが際立つ。

 シンプルイズベスト。この言葉を生み出した人の気持ちが、今ならわかる気がする。


「おはよう、三上。待たせちゃった?」


 胸の高鳴りが彼女に聞こえないように落ち着けながら、テラス席の方へ歩みを進める。

 

「いえ、大丈夫です。それよりも、もうお昼過ぎですよ?」


 くすっと微笑む姿を見ると、一日の疲れなんて一瞬で吹き飛ばされてしまう。

 最新式のアロマであっても、彼女の笑顔のもたらす効力には遠く及ばないだろう。


「何か食べてからにするか?」

「いえ、ちょうど飲み終わったところなので、ありがとうございます〜」


 テーブルの上には、空になったグラスが一つ。

 僅かに残っている液体の色的にアイスティーだろう。

 会計を済ませて、俺たちは公園内を歩くことにした。

 ランニングをする人や、サッカーボールを追いかけて駆け回る少年たち、ベンチに座って語り合うカップルなど、歩いているだけで様々な人を確認できる。

 俺たちは、いったいどんな関係に見えているのだろうか。


「そういえば、今日はなんで散歩に誘ってくれたんだ?」

「とっても天気がいいし、今日は噴水広場でイベントがやってるらしいって、美奈ちゃんが教えてくれたんです」

「へえ〜。じゃあ、そっちの方面に向かってみようか」


 渋谷はそういうイベントに詳しいからな。たまに俺にもそういう連絡が来るのだ。

 今回の目的地である公園の噴水広場では――そこら辺の広場よりも遥かに広い、まさしく広場なのだが――時々イベントが開かれている。

 食べ物系だったり、陶器系の市場だったり種類は様々だ。

 テレビの取材が来ることもあるらしいし、それで渋谷は詳しいんだろう。

 それにしても、三上は意外と好奇心が強いな。

 今日は何のイベントなのかはわからないが、興味を持ったものは試して見たくなる性分なんだ。

 並木道のように樹木が生い茂っており、そのお陰で出来る日陰を通って噴水広場を目指す。

 この公園の噴水は大きな塔の下にあるが、どちらかというと広い水場のような感じだ。

 水鳥の家族が良く涼みに来ることもあり、人気のスポットとなっている。

 

「前回は何やってたんだっけか、栗フェスティバル?」

「確か……ラーメンだった気がします。鯛のラーメンがすごく美味しいって、テレビでやってました」

「ラーメンかぁ、行けばよかったな」

「次はいつやるんですかね? 年に2回くらいやってくれたら……」


 目線を斜め上にやって思索に耽る三上。

 木漏れ日が彼女の肌を撫でるように照らし、シミ一つない陶器のような肌が光り輝いている。

 毛穴が存在していないんじゃないだろうか。


「あ……」


 横目で見ている程度だったのだが、つい目が合ってしまった。

「何見てるの、キモい」とか思われていないだろうか。

 そんな心配を察したのか、三上は微笑をたたえながら――。


「大丈夫です。きっと今年もやりますよ、ラーメンフェス」

「……そうだな。楽しみにしてるよ」


 そういうことじゃなかったんだが、きっと俺の心配は杞憂だったのだろう。


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