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三上さんはメモをとる  作者: 歩く魚
第一章 三上さんとメモ帳
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レポートを進めよう その2

「違うんだ、実はあれは……生き別れた妹なんだ」

「生き別れた……妹?」

「あぁ。妹だったら一緒に歩いていても不思議じゃないだろ?」


 そんな見え見えの嘘に騙されるか。

 即興で考えたからって、雑にも程があるぞ。

 彼女の方も勢いで押されかけていたが、そんな使い古された手が通じるわけ……。


「本当に……妹なの?」

「正真正銘の妹だ。だから俺は浮気をしているわけじゃない。安心してくれ」

「そっか。妹さん……だったんだ」


 通じるのかーー!

 マジで?彼女純粋すぎないか?

 今まで嘘をつかれたことがない、赤ん坊のような純粋な心だぞ。

 彼氏の方も、そんな綺麗な心を汚しちゃいけないと思わないのか。


「それなら安心……って、タケルくん」

「どうした? あぁ、挨拶ならこの後――」

「俺は一人っ子なんだって前に言ってたじゃない!」


 はいバレました。

 当たり前だ。イマジナリー妹なんてバレるに決まっているだろう。

 もうこれ以上とぼけるのは無理だ。

 彼氏も諦めて謝罪を――。


「いや、それが俺も二日前まで知らなかったんだ」

「知らなかった? そんな言い訳が通じるわけないでしょ?」

「それはどうかな?」

「っっ!?」


 いや、それはどうかな?じゃないわ。


「もちろん俺自身も、妹がいたなんて知らなかったさ。だが二日前に突然、俺に妹がいた頃の記憶が蘇った……」

「……」

「そしてそれは妹も同じだったようで、二人は運命的な再会をした。というわけなんだ……」


 映画監督も真っ青なストーリーである。

 事実は小説よりも奇なりと言いたいところだが、さっきから無理がありすぎる。

 でも、あまりに突飛な発想が出てくるせいで、見ている方としてはますます面白くなってきた。

 これに対して彼女の方はなんて答えるのだろう。


「そ、そんな……。一体何故、記憶が戻ったっていうの?」

「実は……」


 彼女もノってきちゃったよ。

 だめだ、もうコントだこれ。

 依然として繰り広げられる物語をBGMへ格下げしながら、三上はどう思っているだろうと視線をズラす。

 すると両手を口の前で合わせ、ぷるぷると必死に笑いを堪えている姿が目に入った。

 もうお分かりだろうが、三上は普段、あまり感情を見せない。

 そのせいもあって、少しの感情表現すら可愛すぎる。

 ほら、いじめっ子が映画で良いことするとかっこよく見えるみたいな。

 別に彼女はいじめっ子ではないのだが。だがまぁそんな感じの増幅効果があるってことだ。

 三上の大きな目は笑う時には細くなるが、それとは反対に長いまつ毛が強調されるおかげで全然小さく見えない。

 微笑む姿はよく見るが、ここまで笑いそうになっている三上は久しぶりに見た。

 前に見た時は……。そうだ、教授の靴下の色が左右バラバラだった時だ。

 三上のツボはよくわからないな。

 でも、こういう話もツボだったとわかって、少し得した気分になる。

 話を広げようと、俺は小さい声で三上に話しかけてみることにした。


「やっぱり気になるよな……あのカップル。 あの話、絶対嘘じゃないか……?」

「ふ……ふふっ……黒木くん……あの人、靴下の色が左右……違い……」


 よく見てみると、確かにタケル君の靴下は左右で違う色になっていた。

 同じところで笑ってたのか……。

 新しい一面が知れたと思ったのだが、得でもなんでもなかったようだ。

 いや、こんな笑顔が見れたのだから、今日はとても良い日だな。


「えっ!? 嘘でしょ!?」


俺が三上に夢中になっている間にも、カップルの話はヒートアップしていたようだ。


「なら、遂にあの組織が動き出したというの!?」

「その通りだ……。そのおかげで、俺たち兄妹は記憶と、そして《力》を取り戻したというわけさ」

「だったら納得がいくわ……!」


 どうしよう、一瞬耳を離していただけなのに展開がわからなくなってしまった。

 ドラマ中盤の重要な一話を見逃してしまった時と同じような心持ちだ。

 まぁ、このまま話を聞いていれば理解できるかもしれないし落ち着こう。


「そんなことより俺は今朝、ミチルが一人で泣いているのを見てしまった」

「えっ……」

「次は俺の番だ。その涙の理由を教えてくれないか?」


 新シーズンに突入するのだろう。新展開だ、ありがたい。

 おかげで話に戻ってこれた。ミチルっていうのは多分彼女の名前だな。

 1シーズン分隠された彼女の名前を唐突に明かしてくるなんて、にくいことしてくれるな。

 それどころか、まさか彼女の方にも秘密があったなんて……。

 まずいぞ、本当に面白くなってきてる。


「そ……それは……」


 ミチルは、このことを伝えても良いのだろうか、という風な声色で俯いている。

 瞬きの数が、涙を堪えていると伝えていた。

 演技なのか本気なのかわからないが、演技だとしたら無駄に上手いな。

 そして、不安そうなミチルの様子を察して、タケルは優しく包み込むように声をかける。


「ミチル、俺たちの間に隠し事はないはずだろ? どんな理由でも、どんな過去でも受け入れるよ」


 妹のことを隠してたくせにどの口が言う。

 でも彼氏のやつ、なかなかいいことを言うじゃないか。

 するとミチルは決心したように前を向き、震える声で話し始めた――。


「私、実はあなたが力を取り戻したこと、知ってたの」

「ま、まさか!」


 衝撃の事実である。

 どんでん返しがこれでもかと言うほど続く。メンコかよ。


「妹さんの事までは知らなかったけどね。私、本当はあなたの事を守るために別の組織から派遣された戦士なの」

「な、なんだって!?」


 な、なんだって!?

 しかし、そうだったのか。

 彼氏が力を取り戻したことが嬉しくて涙したということだろう。

 言わなくてもわかる。俺にはその気持ちが手にとるようにわかるよ。


「あなたが力を取り戻したら、再び組織に狙われてしまう。もしかしたら、命を落とすかも……。そう思ったら、涙を止めることができなかった……」

「ミチル……」


 恥ずかしい。

 考察して当てましたよ、みたいな感じでいたの恥ずかしい。

 これはきっと愛なのだ。俺如きが偉そうに考察する内容ではなかったということである。

 いかん。このままだと恥ずかしさのあまり、あの席に突撃しそうだ。

 無になって二人の話に集中しよう。もう考察なんてしないぞ……。


「それにしても、なんで組織から……?

「それは……」

「……まさか、俺の力を手に入れるために?」

「最初はそうだったわ。あなたの力は強大だもの。……でも、一緒にいるうちに……あなたを心から愛していた」

「ミチル……」


 そうか、いつしか本当の愛が芽生えていたのか……。

 なんて美しい話だろう。最初の疑いが嘘のようだ。


「大丈夫だよミチル。俺とお前なら、どんな困難にだって立ち向かっていける」


 そしてタケル!よく言った!

 それでこそ男だ!そのまま突き進め!


「タケルくん……」

「だから安心してくれ。俺たちで、腐った組織を潰してやろう!」

「わかったわ! 私、頑張る!」

「よし。そうと決まれば、早速組織にカチコミだ! いくぞ!」


 そうして、昭和のヤンキーみたいな台詞を言いながらタケルは凄まじい早さで会計を済ませ、ミチルと共に出て行ってしまった。

 ラストの展開は凄い速さだったな。

 特に退店なんて目にも止まらぬ早さだったし、会計がめちゃくちゃ早くなる能力とかなのだろうか。

 いや、そんなことはどうでもいい。

 俺も最初は疑っていたのに、いつしかあの二人を応援していた。

 そして今は、何故か感動している……。


 三上を見ると、彼女の表情も少し柔らかいものになっていた。

 きっと、俺と同じように二人を応援しているんだな。

 そう思うと、自然と胸が温かくなる。

 同じ気持ちを共有することができた喜び、というやつだろう。


「分かってるぞ。最初は偽物でも、時間と共に本物になることはあるんだな」

「……? 何がですか?」

「……それもまた、愛の形だな」

「…………?」


 おそらく、俺に結論を言わせてくれたのだろう。

 こんな時でも気遣いのできる彼女に感心する。

 そうだ、それと三上に聞こうとしていたことがあるんだ。


「そういえば、時々メモに書き込んでたよな。なんて書いたんだ?」

「えっと、今日はですね……」


 なんだろう。

 第3シーズンが楽しみとかかな。


「ミチルさんの会社の人と、タケルさん兄妹の行動範囲は被っている。です」

「そこ!?」


 確かに、そういうことになるな……。

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