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三上さんはメモをとる  作者: 歩く魚
第二章 黒木くんとメモ帳

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黒木くんとメモ帳 その7

 アパートの一室。

 部屋の電気は暗く、人がいる気配はない。

 だが、それは「外側」にそう思わせようという思惑であり、実際には二人の男女がいた。

 まずは細身の男。

 彼は喜ばしげに笑みを浮かべているが、目の下にできた濃い隈のせいか、その表情には狂気が見え隠れしている。

 彼が目を向けているのは、同じ部屋にいる女。

 しかし、ゆらゆらと部屋の中を歩き回る彼と違い、女は後ろ手を縛られ、口にはガムテープを貼られていた。

 整った顔が恐怖に歪み、美しい赤い髪がむなしく揺れる。

 普段は燦々と降り注ぐ太陽の光も、厚く閉められたカーテンに隠れてしまっていた。


「そんなに怖がらなくていいんだよ、美奈ちゃん。君だって、本当は僕と一緒にいたいんだろ?」


 男は気色悪く笑いながら問いかける。

 だが、当然答えは返ってこない。


「だからあんなに簡単に僕の車に乗り込んだんだ」


 女……渋谷美奈は今日、マネージャーとの待ち合わせ場所で待機していた。

 今後の仕事についての確認や、その後の予定である徳本とのミーティングの予行練習などが目的だ。

 こういうことは普段からあるし、彼女は慣れている。

 だからこそ、突然現れた司から「マネージャーさんは先に徳本さんと会ってる。僕は渋谷さんを迎えにきた」という言葉を信じてしまったのだ。

 司の思惑通りに車に乗ってしまった美奈。

 後部座席に乗った彼女は突然、司に麻酔作用のある液体を浸したハンカチを口に押し付けられ、ショックも相まって気を失ってしまったのだ。


「僕と二人の時間を邪魔されたくないからスマホだって捨てたんだろ?」


 十数秒は意識のあった美奈。

 力で男に勝つことはできないと悟った彼女は、最後の力を振り絞って車のドアをスライドさせ、せめてもの手がかりとしてスマホを投げていた。


「……だったらどうして縛るのかって顔をしてるね。その気持ちはわかるし、僕も本当はこんなことをしたいわけじゃないんだよ」


 司は美奈の頬から顎にかけて指を這わせ、人差し指の側面で顎を持ち上げる。


「でも、これからすることで声が出ちゃうと思うから、念のためにね。大丈夫、美奈ちゃんがいい子にしてればいつか外してあげるから」


 美奈の瞳に強く恐怖が現れた。

 これから自分がされることを想像し、身体を震わせる。


「……さ、始めようか美奈ちゃん。僕たちが一つになる時が――」


 司が美奈のパンツに手を伸ばそうとしたその時、彼の家のチャイムが聞こえ、その手が止まる。

 普段、自分の家に訪ねてくるのは徳本くらい。

 そのため彼の可能性を考えた司だったが、今日は予定が詰まっているはず。

 徳本のはずがない。

 もしかしたら隣の部屋の呼び出し音が聞こえているのかもしれないと、しばし待機するが、2度目に鳴った電子音はやはり自分のそれだった。


「んー! んん!」


 この機を逃すまいと、美奈は全力で声を出そうと喉を震わせる。

 たとえ言葉になっていなくとも、人間の声だというのは伝えられるはずだ。


「静かにしろ!」


 司は弱くない力で美奈を殴り、彼女は勢いよく倒れる。

 しかし、その目は恐怖ではなく怒りや反抗心を伝えていて、さらに大きく唸る。


「あぁ、クソっ……」


 その間にもインターホンは鳴り止まず、扉を叩く音も加わってきた。

 司は寝癖の目立つ頭を掻きむしった後、玄関へ向かい、チェーンをかけたままゆっくりとドアを開けた。


「…………?」


 あれだけ自分の存在をアピールしていたのにもかかわらず、隙間から見ても誰もいない。


「……あれは、なんで、ここに……」


 視線を下にずらすと、見覚えのある物体が落ちていた。


「捨ててたはずなのに……なんで……?」


 それはつい数時間前に渋谷が車から放り投げたはずの、彼女のスマホだった。

 スマホの裏にしまわれているプリクラが彼女のものだと告げていた。

 美奈が失踪したとバレるかもしれない物的証拠。

 なぜそれがここにあるのかは分からないが、手元に置いておければ、または秘密裏に処理できれば自分に足はつかない。

 そう思いついた司だったが、スマホまでの距離は少なからずある。

 家のチェーンをかけていては取ることができない。

 彼はスマホを取るべきかどうか悩んでいた。

 幸い、ドアの隙間から見える限りでは、周囲に人はいないようだ。

 そうこうしている間にスマホが音を立てて震え始め、その存在が他人に知られたらマズイと思い、ついにチェーンを外して外に出た。

 スマホに駆け寄って手に取る司。

 裏返っていたそれをひっくり返し、発信主をの名前を見ると――。


「黒木……? 一体だれ――」


 その後の言葉は、勢いよく顔面に飛んできた拳で空に消えていった。

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