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三上さんはメモをとる  作者: 歩く魚
第二章 黒木くんとメモ帳

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黒木くんとメモ帳 その6

「専属マッサージ師……?」

「ついに雇われたんですね! 長いこと悩んでいましたもんね」


 予想外の単語に驚いてしまうが、南條先輩がしみじみ頷いているあたり、徳本さんにとっては重要なことなんだろう。


「本当に、自分の身体をメンテナンスしてくれる人がいるだけで生活の質が上がりまくりさ。君たちも将来、身体にガタが来かけた時に雇ってみるといい」

「はぁ……」


 なんとも返し難い。

 しかし、脚本家というのは一日中座り仕事をすることも多そうだし、身体が固まりやすいのかもしれないな。


「おっとごめんね。嬉しくてつい本題を忘れてしまったよ。それで渋谷さんがどうしたんだい?」



「――行方不明!? 急いで探さないと、彼女の身に危険が迫っているかもしれないわけだね!?」


 嬉しそうにマッサージ師について話していた時とは一変し、焦って勢いよく立ち上がる徳本さん。


「とりあえず、渋谷がいなくなった場所は分かっているんです。あとは彼女の今日の予定が知れれば手掛かりになるかなって」

「確かにそうだね。手がかりと言えば、僕と渋谷さんは1時間後に打ち合わせで会う予定だったんだよ」

「そうなんですか?」


 ここで新たな情報が出てきた。

 俺と三上がそれに食いつく。


「あぁ。……君たちは口が固そうだから言うけど、彼女には僕が次に書くドラマに出演してもらう予定でね。当て書きしてみるのも面白そうだし……ってことで、打ち合わせを計画してたんだけど……」

「スマホだけを残して姿を消してしまった、というわけです。全く謎だらけだ」


 渋谷の行方を一番知っていそうなのは徳本さんだという推理は間違っていなかった。

 だが、肝心の失踪に関する手がかりは得られない。


「君たちは、僕が何か知っている可能性が高いと感じて尋ねて来たんだろう?」

「そうです」


 彼は笑みを浮かべながら言葉を続ける。

 

「なんなら僕が犯人かもって?」

「……すみません」

「いやいや、責めてるわけじゃないよ! 立場を利用して関係を迫るって展開はドラマでもよくあるし、実際業界内で無いとは言い切れない。悔しいことにね」


 頭を下げる俺に対して徳本さんは気さくにフォローしてくれるが、彼の目は真剣そのものだった。


「でも……僕はこれ以上は何も思いつかないなぁ。君たちから何か質問はあるかい?」


 話を聞き、様子を見る限り、徳本さんに不審な点はない。

 渋谷が警戒せずに着いて行ってしまう相手が他に思い浮かばず、三上の方を見てみるが、彼女も俯いて思考に耽っているようだ。

 会議室に沈黙が流れる。


「とりあえず二人は考えていてくれ。私が雑談して時間を稼いでおく」


 南條先輩はそう言って、徳本さんと会話を始めた。


「そういえば、今日は司さんはいないんですね? 普段なら必ず部屋の外にスタンバイしているのに」

「今朝、急に体調を崩したって連絡があったんだよ。今日は自宅で休んでいるはずだよ」

「あの人もいつも寝不足みたいですし、徳本さんも気をつけてくださいね」

「ありがとう。今日は司がいないから普段よりも歩いたかな。一歩健康に近付いたってことで」


 二人の会話を聞き流していたが、三上はそちらに気を取られているようだ。

 次第に目が大きく開いていき、やがて自分も会話に加わり始める。


「あの、少し質問していいですか? その司さんという方について教えていただきたいです」

「司は僕の弟子みたいな存在でね、いつも送り迎えとかは彼がやってくれるんだ」

「……失礼ですが、司さんと渋谷さんは美奈ちゃんに接点はあったりしますか?」

「いや、ないねぇ」


 三上以外の3人は、彼女が何を聞きたいのか理解しかねていた。

 だが、徳本さんの表情は少しずつ霧が晴れるかのように変わっていく。


「……そういえば、あいつ渋谷さんのファンかもしれない」

「というと?」

「初めて渋谷さんとお話しさせてもらった時のことなんだけど、あいつ、普段は絶対に自分から部屋の中に入ってこないのに、その時だけ入って来たんだ。次のスケジュールがとか言ってたけど、僕がそこらへんルーズなのは知ってるのにだよ」

「その司さんって人は渋谷のファンで、徳本さんへの連絡を装って渋谷を見に来たってことですか?」


 たまらず俺が質問すると、彼は苦虫を噛み潰したような顔で頷いた。


「もしかしたら……だけど。あいつの熱意は本物だから信じたくは無いけど、可能性はあるかもしれない」

「あ、あの……司さんの住所、教えて貰えませんか?」


 徳本さんは少しの間考え込んでいたが、自分のポケットからメモ帳を取り出し、ボールペンで何かを書き、その紙を俺に渡してくれた。


「僕は司を信じたい。渋谷さんが待ち合わせにここに来るかもしれない。だから、学生に頼むのは間違っているかもしれないけど、君たちが行って来てくれないか?」

「いざという時は私が二人を守ります。これでも先輩なのでね」


 南條先輩が低く答えると、俺たちは席を立った。

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